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誰かに話すことで辿り着く。「核心」が導く最適な選択|Otonatachi・長谷川亮祐さん

今でもたまに就職活動の時のことを思い出す。やりたいことがわからないまま、キャリア指導の先生に言われるがままに動き、周囲の雰囲気に合わせてなんとなく就職先を選んでいた日々。そこに自分の意思はなかった。だから、入社してもその会社で長く続かないのは当然のことだった。

もしあの時、自分が本当にやりたいことを見つけられていたら。
それを、一緒に考えてくれる誰かがいたら。

ただ、大人になった今でも、仕事や生活に胸を張れない自分がいる。もしかしたら、その「誰か」は今の私にも必要なのかもしれない。

「やりたいことがわからない」。そんな多くの人が抱えがちなモヤモヤに、真正面から向き合うチームがある。長谷川亮祐さんが手掛けるOtonatachi(オトナタチ)だ。Otonatachiでは、教師でも親でもない「他人」の立場で、学生の話をただ聴き、問いかける『1on1 college』を展開している。

「高校生・大学生が “自身の選択を最適化する”ツール」

公式サイトに書かれた、1on1 collegeの本質を示す言葉だ。人に話を聴いてもらうことで、自身の価値観や大切にしたいことが見えてくる。そうして得られた気づきは、他の誰でもない、自分本位の選択へとつながっていくという。

そんな1on1 collegeでなら、自分の本当にやりたいことを見つけ、人生の選択を自分で行えるようになるのではないか。 私はすでに社会人で、1on1 collegeの対象の学生ではない。だけど、「やりたいことがわからない」という状態から一歩踏み出せるのではないか。そんな期待を胸に、取材を打診した。

言葉にすることで、「核心」が明確になる

――1on1 collegeは、どのような人たちが、どのような目的で活用しているのでしょうか?

対象は、高校生と大学生。基本的には、オンラインで1時間、担当のメンターと1on1をする流れで行なっています。話題は本当に何でもよくて、進路のことや学校生活、部活、創作活動、家庭のことなど、利用者によってさまざまです。その人がその時に話したいことをテーマにしますね。

目的もバラバラで、目標を達成するために使っている人もいれば、何か課題を解決するために使っている人もいる。「ただ話したい」という人もけっこう多いですよ。でも、みんな「核心」を知りたがっているという点は共通していると思います。

――「核心」ですか。長谷川さんが考える「核心」とはどのようなものなのでしょうか。

その人にとって最も重要で、最も根底にある価値観だと考えています。幸せの定義や行動原理とも言い換えられますね。その人のすべての行動や選択が紐づいている価値観というか、強烈に惹かれることや、どうしても譲れないこと。極端にいうと、それが「やりたいこと」であり、「核心」に辿り着くことこそ、自己理解の終点の一つだと考えています。

ただ、「核心」は不変のものでも、唯一解でもありません。人生の経験や環境の変化で変わっていくこともあるし、複数あったっていい。だからこそ、その時々で自分が何を感じているかを言葉にして確かめていくことが必要なんです。

――なぜ多くの人が、自分の「核心」を知りたがっているのでしょうか?

日本人の多くが、自分のやりたいことに気づきにくい環境にいるからです。というのも、日本では昔から人に合わせることが美徳とされてきました。そのおかげで、他人への配慮や気遣いは国民性として根付いている。でも裏を返せば、空気を読むことを重視するあまり、自分が何を感じ、何を考えているのかを置き去りにする天才になってしまっているんです。

でも今は昔より個人の幸せが求められる時代になりました。求めなきゃいけない時代、といってもいいかもしれません。選択肢や価値観が多様化し、「結婚したら幸せ」「良い大学や企業に入ったら幸せ」というような強力なサクセスストーリーはもう存在しない。だからこそ、自分で自分の物語を紡いでいく必要があるんです。

そうすると、今まで他人に合わせてきた人たちは、大きなよりどころを失い、悩んでしまうんです。「どうしたらいいんだ」と。日本人が持っている特性と、選択肢や情報の多い現代社会の相性が非常に悪く、多くの人が立ち止まってしまっているんです。

――今の時代を生きるうえで、自分の価値観を理解することは欠かせないのですね。でも、「核心」ややりたいことと聞くと、どこか特別な人だけが持っているような印象があります。

いえ、「核心」はどんな人でも持っているものです。ただ、それに気づくまでには時間が必要なのかもしれません。1on1 collegeの利用者でも、何年もかけてようやく自分のやりたいことを見つけられた学生もいました。誰でも、考えを深めていけば、きっと見つかると思います。

――「核心」を見つけるために、どんなことを意識したら良いのでしょうか。

まずは、言葉にしてみることではないでしょうか。誰かに、自分の考えや気持ちを話してみる。

人って不思議なもので、話していると自然と思考が整理されていくんです。何に悩んでいるのか、何を大切にしているのか、何が好きか、嫌いか、やりたいか、やりたくないか。そういったことが話しながら見えてくる。私たちは、その「言葉にする」という力を信じています。

日記など一人で行う内省もいいですが、書くよりも話すほうが圧倒的に楽ですし、直感的なことや漠然と感じていたことなどが言葉になりやすいんです。

「教えない」「評価しない」からこそ生まれる本音

――まさに1on1 collegeでは、話を聴くことで、その人の「核心」に迫ろうとしているわけですよね。長谷川さんが話を聴くときに大切にされていることは何でしょうか?

「教えない」、「評価しない」ということです。これは私たちの唯一であり、絶対的なルールです。

ここでの「教えない」は「アドバイスをしない」という意味ですが、これをルールにした理由は、アドバイスはほとんど心に響かないものだと思っているからです。僕とその人ってまったく違う人間じゃないですか。経験値や価値観、スキル、環境、時代など、すべてが違うので、僕のアドバイスがその人にそのまま刺さるわけがないんです。

アドバイスは本人の気づきには到底勝てないということは、人を見ていて強く感じてきました。だから、Otonatachiでは「教えない」というスタンスを貫いているんです。

――では、「評価しない」というのはどういうことでしょう。

評価しないというのは、その人がやったこと、やらなかったことに対して、私たちが褒めたり、否定したりしないということです。

例えば、学生がたくさん勉強したことに対して、「すごいじゃん」と褒めてしまうと、その人は「長谷川さんは、私にたくさん勉強することに価値を置いてほしいんだ」と感じてしまう。そうすると、勉強しなかった話や、勉強をしたくないという気持ちを話しづらくなるんです。だから極端な話、すべてに対して「へぇ」という相槌でもいいくらいで。もし本人が何かを達成して嬉しそうにしていたとしても、「それ、やっぱり嬉しかったの?」「実際達成してみてどう感じた?」というふうに、その人の感情を深掘る問いを意識しています。

何かをした、あるいはしなかったということに対して、良し悪しを決めるのはその人自身です。その人が、自分にとっての正解を見つけることを何よりも大切にしているからこそ、私たちは「評価しない」ことを徹底しているんです。

――教えられ、評価されることは、それほど自分の価値観を分かりづらくしてしまうものなのですね。学校や組織と違って、1on1 collegeのやり方は新鮮に感じました。

学校に限らず家庭や会社でも、何かしら評価のようなものを感じている場所では、話しづらさを感じたり、話題を選んだりすることは自然なことです。だからこそ、評価されない1on1 collegeでは、親にも先生にも話せないことを話してもらえることが多くて。実際、学生からはよく「ここでしか話せないことがある」と言ってもらえるんですよ。

――それはすごい! 自分のことをオープンに話している人が多いんですね。

メンターである私たちが、学生と「他人」を保っていることも大きいと思います。

1on1 collegeは基本的にはオンラインで、どんなに長く利用している人とも直接会うことはありません。もし直接会っちゃったら、「飲み物どっちにする?」「帰り道どっち?」みたいな何気ない会話から、だんだんと他人じゃなくなっていくじゃないですか。そうすると、きっと面倒くさいと感じてしまうこともあると思うし、話しづらいことも出てくると思うんです。

でも、1on1 collegeは1時間話したら終わり。「僕とあなたは違う人生だし、あなたの人生に僕は関与しない」と言葉を尽くして積極的に伝えたりもしています。

――「他人」と割り切れているからこそ、安心して何でも話せる。

私たちが目指すところは、学生が私たちとの「関係」を意識することなく、必要なときに都合よく使える「道具」として活用してもらうことです。

道具って、例えばせっかく買ったコップを使わなくても、コップは怒らないし、何を注いでも、どんな使い方をしても文句を言いません。私たちメンターも、そうでありたいと思っていて。利用者の人生にはまったく関係がないけれど、その人が良い日々を送れるようになるための道具としてそこにある。そんなふうに、必要なときに好きなように使える道具でありたいなと思っています。

創造的な問いで、思考を深める

――1on1 collegeをする際に、他に気を付けていることはありますか?

創造的な問いをすることを心がけています。

すでにその人が考えたことのある問いをもう一度投げかけることで、新たな気づきが生まれる場合もあります。ただ、それだけだと思考が立体的にならなかったり、本人が本当に探しているものを見つけられなかったりする。そこで重要になるのが、その人が考えたことのない角度からの問いなんです。そういった視点で問い続けていると、学生自身が辿り着くんですよね。彼らが本当に知りたいことや、気づきたいことの「核心」に。

――考えたことのない角度からの問い、ですか。学生さんたちと話す中で、そういう創造的な問いから「核心」に迫れたエピソードはありますか?

1on1 をするたびに1ページ分のメモを残しているノート。こちらを見返しながら、話してくれました

例えば、キャリアについて話していたある学生が、「美術普及をやっていきたい」と話してくれました。でも、それが具体的にどういう仕事に落とし込まれるかわからない、という状況で。いくつか質問をする中で、その人にとって重要になったのが「誰に普及させたいのか?」という問いだったんです。

彼女はその問いに、「美術に興味はあるけれど、そこまでのめり込んでいない人」と答えました。そこから「どんな年代の人?」「性別は関係ある?」と、どんどん具体的な質問をしていくと、彼女が思い描く対象は「昔の自分」のような学生だということがわかったんです。

中学生時代の彼女は、たまに美術館に通ってはいたものの、特段美術に詳しいわけではなく、作家に対しても「絵がちょっと上手い人」という認識どまりだったらしいんですよね。それが、ある日美術史で作家について詳しく知ったことで、美術の面白さを知った。そしてそれを機に、美術の道に進もうと決めたらしいんです。その体験が彼女の人生を変えるほど大きかったからこそ、昔の自分のような学生に美術を普及したいと気づけたようでした。

――素敵です!その問いによっていつもと違う視点から考えられるようになり、「やりたいこと」の輪郭がはっきりしたのですね。

そうなんです。他にも、違う視点で考えてもらうためにしていることはあって。長く1on1 collegeを利用している学生やたくさん1on1を重ねている方には、「昔こう言ってたよ」と、過去の発言を引き合いに出すことがよくあります。他の誰でもない本人の発言を引用すると、けっこう衝撃を受ける人が多いんです。

過去の発言と比較して、現状が変わっていなくても、あるいは大きく変わっていても、私たちはそれを評価することはありません。ポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかは本人次第。重要なのは「変化したのは、あるいはしなかったのはなぜか」「変わったこと、変わっていないことを、なぜポジティブ、あるいはネガティブに捉えているのか」と問いを立て、深く考えることです。そこからまた、新たな気づきが生まれ、その人の「核心」に迫れたりするんです。

――自分の変化を見つめることで、新たな気づきを得る。面白いですね。

あとは、いろいろと雑談してみるのも良いと思います。例えば「昨日何食べた?」とか「今週何か楽しいことあった?」とか。私たちも実際に1on1 collegeのなかで、雑談の時間を多くとっています。1on1メインテーマにとらわれすぎず、日常でその人が何を感じているかを聴くんです。

自分の好きなことや得意なことって、息を吸うように、無意識にやっているものです。当たり前すぎて、それがどんなにユニークであっても、本人には気づきにくい。だからこそ、日常の話をすることが大事なんです。

――雑談をすることで、本人が気づいていなかった「核心」に迫れる。

そうです。どんなことが楽しかったか、何が悲しかったか、何が印象に残ったのか。そうやって自分の感情の動きに気づくこと、つまり日常にもっと素直になることが、次の1on1や人との対話で「核心」に迫るための糧になるんです。

私たちの目的は、一回一回の1on1を充実させることではなく、日常を幸せに生きてもらうことです。日常に素直になることで、自分の幸せに気づき、より良く生きてもらえる。それほど望んでいることはありません。

次の大人たちが、自分で人生を選択できるように

――「核心」を見つけた人は、どのように生きられるようになるのでしょうか?

自分の「核心」を見つけられたからといって、成功が保証されるわけではありません。でも、1on1 collegeを長く利用した人に共通していることは、迷いや不安が少なく、「自分で自分の人生を決める」という姿勢が身についていることです。「核心」を見つけられたからこそ、自分にとって最適な選択ができ、その選択に深く納得できるというのはありそうです。

ある学生が「自分で決めた選択は失敗しても後悔しない」と言っていたことがありました。裏を返すとそれは、人に従って選んだときの失敗は後悔するということ。自分で選んだことであれば、たとえ失敗しても、そこからまた考えることで「核心」の解像度が高まります。それを実体験で学んでいるからこそ、彼らは自分で自分の人生を決めるスタンスでいられるし、迷いなく行動や選択ができるのだと思います。

1on1 collegeを卒業し、今社会人になっている人たちは、“なんくるないさぁ”精神がすごいんですよ。たまたま話す機会があって「最近、どう?」と聞くと、それぞれやっていることは違えど、みんな「まあ大丈夫っしょ」っていう考え方で。どんな選択をしても、たとえ失敗に終わったとしても、「また考えたらいいんだし」というマインドなんです。

――「核心」を見つけるまで、試行錯誤を重ねるからこそ、「考えて選択につなげる」という癖がついていくのですね。最後に、長谷川さんの描く、理想の未来を教えてください。

まさにその「自分で人生を選択できる」状態が当たり前な社会になることですね。

自分で自分の人生を決められるということは、比較的幸せに生きていけることだと思うんです。自分にとって最適な選択をし続けるわけですから、仕事や学校でもその人にとっての最大のパフォーマンスを発揮できると思いますkし、うまくいくかいかないかにかかわらず、自分の存在を信じられる状態になれる。

そういう状態の大人や親たちが増えていったら、これから生まれてくる子どもたち、ひいては社会全体にすごく良い影響を与えていくと思います。それは僕の最も奥にある野望です。

だから、最終的には1on1 collegeがなくなる社会が一番の理想かもしれないですね。その頃には、1on1 collegeのような道具がなくても、みんなが自分で最適な選択を取れているということですから。そのためにも、今は1on1 collegeをどれだけたくさんの人に提供できるか。そこが私たちの勝負どころだと思っています。

長谷川亮祐

東京都西荻窪育ち。1985年生まれ。Otonatachiのメンター・創業者。

Otonatachi ウェブサイト:https://www.otonatachi.com/

経歴
■インテリジェンス(現:パーソルキャリア):法人営業
■ 衆議院議員秘書:渉外担当
■ ポピンズ:経営企画・社長室
■ チームラボ:ミュージアム領域の採用・人事・管理部門責任者、新規事業PM

チームラボでの採用の経験をもとに2018年より『1on1 college』を創業。

お話の中で、「核心はどんな人にもある」という長谷川さんの言葉にとても勇気づけられた。仕事や人生に100%の自信を持てていない私でも、いつか「核心」を見つけられるかもしれない。そして、たとえ少しずつでも、その気づきを行動や選択へとつなげていけば、きっと人生への納得度は上がっていくはず。そんな希望が感じられたのだ。

長谷川さんが、「日常に素直に」と語っていたように、私も日々の心の動きに耳を傾け、少しずつ自分の「核心」に近づいていきたい。

ソラミドmadoについて

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ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

企画・取材・執筆

上野彩希
ソラミドmado編集部

岡山出身。大学卒業後、SE、ホテルマンを経て、2021年からフリーランスのライターに。ジャンルは、パートナーシップ、生き方、働き方、子育てなど。趣味は、カフェ巡りと散歩。一児の母でもあり、現在働き方を模索中。

X:https://x.com/sakiueno1225

編集

笹沼杏佳
ソラミドmado編集部

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。

撮影

大舘 由斗

東京都在住。ある一枚の写真に魅せられてフォトグラファーの道へ。
スタジオ、アシスタントを経て東京を拠点にフリーランスで活動している。

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