「女として、男としてこうすべき」「家族とはこうあるべき」「母としてこうすべき」
そんな固定観念にしばられずに、自分らしい選択がしたい、大切な人と共に生きたい。
そう願う全ての人たちにお届けする、連載『ジェンダーの“mado”——わからないけど、話してみたい。ジェンダーのこと、わたしたちのこと』。
この連載では、日々の“モヤモヤ”を出発点に、ジェンダーの専門家や実践者の“生き方”に耳を傾けながら自然体な生き方を探究していきます。
私(編集部・貝津)もまさに、「わからないけど話してみたい」と思っているひとり。それならばまず、いろんな方と対話することから始めてみようと連載を立ち上げました。
読み終えたあと、少し気持ちが軽くなったり、「私もこんなふうに生きていいんだ」と思えたり。 あなたと社会をつなぐ“mado(窓)”のような記事をお届けします。
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第一回目は、どうしてそもそも「自然体な生き方を考えるメディアで、ジェンダーをテーマに連載をやろうと思ったの?」というところからお話していこうと思います。
“モヤモヤ”を出発点に、浮かび上がってきた問い

今回の連載の発起人である私(編集部・貝津)は、20代後半に差し掛かったあたりからジェンダーについてもっと深く知りたい、探っていきたいと思うようになりました。 きっかけは、日々の中で感じた小さな違和感が、少しずつ心の中に積もっていったこと。
「30歳までに結婚しなきゃ」と自分も周りも焦っていく。
「子どもは?」と問われ、うまく言葉が出てこない。
結婚したら女性が名字を変えるのが“当たり前”とされている。
少子化の責任を、あたかも“産まない女性”に押しつけるような報道。
同じ親なのに、育児の負担はなぜか女性の肩にのしかかる。
そんな場面に出会うたび、胸の奥にモヤモヤが積もっていきました。けれど同時に、「こんなふうに感じる自分のほうがおかしいのかも」とも思ってしまう。
「自分さえ我慢すれば丸く収まる」
「気にしすぎかもしれない」
「どうして“嫌だ”と言えなかったんだろう」
気づけば、感情の矛先はいつも自分に向いている。 気持ちを押し込めるうちに、少しずつ自信や自己肯定感が削られていってしまったのです。
海外の女性の生き方が、モヤモヤの正体をつかむ突破口に

そこから私は、ただ悩むだけでなく「モヤモヤする気持ちとちゃんと向き合ってみたい」と思うようになりました。きっかけは、たまたま観た海外ドラマです。
ミレニアル世代の女性たちが、仕事や恋愛、家族、セクシュアリティなどに悩みながらも、自分らしく生きていこうと奮闘する姿が描かれていました。結婚するかしないか、子どもを持つか持たないか、働き方を変えるかどうか。どんな生き方にも“その人なりの理由”がある。彼女たちは困難の中でも決して「自分の人生を、自分で選ぶ」ことを手放さずに生きていました。
もし“女性だから”という理由で権利や自由を奪われれば、声を上げ、怒り、仲間と立ち向かう。そして彼女たちは何度もこう言いました。
「I am a feminist.」
力強く言い放つその言葉を聞いたとき、お腹の底から込み上げてくるものを感じました。
ああ、女性として生きづらさを感じてきたあの気持ちは、間違いじゃなかったんだ。私は私のままでよかったんだ。
そう気づいた瞬間「もしかしたら私、フェミニストかもしれない……」と呟いていました。
けれど同時に、強い不安や怖さも感じました。SNSやニュースでは、ジェンダーやフェミニズムが“対立”や“炎上”の文脈で語られることが多く、その言葉を口にすること自体、どこか怖さを感じていました。
「こんなこと言って、嫌われたらどうしよう」「面倒な人だと思われたら嫌だなぁ」
それでももう、自分の中に芽生えた感情を見て見ぬふりはできません。
「このモヤモヤの正体を、もっと知りたい」
そう思った私は、海の向こうの世界に目を向けてみることにしました。
他の国で暮らす女性たちは、どんなふうに生きているのだろう。
彼女たちは何を大切にして、どうやって“自分らしさ”を守っているのだろう。
社会の仕組みや文化が違えば、生き方の形も違うはず。その違いの中に、私の感じているモヤモヤをほどくヒントがあるかもしれない。そんな想いで、“海外の女性の生き方”を自分の目で見て、話を聴いてみることにしたのです。
「私から、はじめてみよう」フィリピンで取り戻した自分の声

最初に訪れたのはフィリピンでした。語学学校に通いながら、同世代のフィリピン人女性の先生たちに「どんなふうに生きているの?」と英語でインタビューをする。そんな小さな実践から、私の挑戦は始まりました。
フィリピンは、アジアの中でもジェンダー平等が進んでいる国だと言われています。もちろん、すべてが理想通りというわけではないけれど、女性だから、男性だからといった線引きよりも、ひとりの人としてお互いを尊重しようとする明るさがありました。
ある日の授業で、20代のフィリピン人の先生とジェンダーについて話し合う中、思い切って自分の気持ちを打ち明けました。
「日本でモヤモヤすることはあるけど、怖くて言えない。怒ってる人だと思われたくないし、我慢してやり過ごすことが多いかな」
すると彼女は、キョトンとした表情を見せた後、笑いながら言いました。
「いやいや、なに言ってるの!怒るのは当たり前でしょ? It’s normal!」
その一言にハッとしました。
“怒るのは悪いことじゃない。
これまで「波風を立てないように」と生きてきた私には、その当たり前が、まるで新しい発見のように感じられたのです。彼女たちは、私がどんな話をしても、ちゃんと最後まで聞き、肯定しながら自分の意見をまっすぐ伝えてくれました。
フェミニストであることや、ジェンダーについて声を上げることは、誰かを否定することでも、偉そうにすることでもない。ただ、自分らしく生きたいと願うことと、誰かを大切に思う気持ちがつながったときに、自然と生まれるものなのだ───。
私が弱音をこぼすたび、彼女たちは不思議なほど力をくれました。同世代のフィリピン人女性たちのまっすぐな強さに支えられながら、ある日、私は彼女たちに尋ねました。
「どうしてそんなに自信があるの?どうして自分を好きでいられるの?」
Stop comparing. You need to accept yourself.(比べるのをやめて、自分を受け入れるんだよ)
ほら私、腕の毛、剃ってないでしょ?これが私の“好きなスタイル”。「女性はツルツルの肌でいるべき」っていう広告も目にするけど、気にしない。My body, my decision───私の身体は、私が決める。もし女性として求められている理想と違うパーツがあったとしたら、それは愛すべきユニークさだよ。
そう言って、腕をまくりながら笑うのです。その姿があまりにまぶしくて、思わず涙が出そうになりました。彼女たちは、誰かに押し付けられる価値観や基準ではなく、自分が信じるものを信じたいと、自分の言葉で語るのです。
ある日、私は英語で自分の考えをプレゼンする機会がありました。

日本で感じていたモヤモヤ、フェミニズムを語ることへの怖さ、そしてフィリピンで出会った先生たちのおかげで“自分の声”を取り戻したこと。それらをステージに立って話し終えると、会場いっぱいに拍手と歓声が湧き上がりました。
「Yes!!」「Agreeee!!!」
その瞬間、胸の奥が熱くなり、涙がこぼれました。
ほんの数ヶ月前まで、“フェミニストかもしれない”と呟くことさえ怖かったのに、今の私は自分の足でステージに立ち、自分の声で語っている。まるで光いっぱいに包まれているような高揚感がありました。
───私には、自分の言葉で伝える力がある。
そう気づいたとき、初めて自分を信じられた気がしました。
最後に、先生はまっすぐなまなざしでこう私に語りかけました。
「世界を変えたいなら、まず自分から変わること。あなたが自分を信じられたとき、きっと誰かもあなたを信じてくれるよ」
私はずっと、社会を諦めるふりをして、本当は自分を諦めていたのかもしれません。
私から、はじめてみよう。
そう思えた瞬間、胸の奥に小さな希望の灯がともりました。社会はすぐには変わらないかもしれない。でも、自分が変われば、見える景色が少しずつ変わっていく──。
そう信じてみたいと思ったのです。
カナダで本を書きながら「ジェンダーと生き方」を見つめ直す

そこから私は、カナダ・バンクーバーで8ヶ月間暮らしてみることにしました。
多様性が尊重され、LGBTQ+の権利が法律で守られ、首相がフェミニズムを語る国。そんな場所で暮らしたら、どんな景色が見えるのだろう。ジェンダーと生き方の関係を、自分の目で確かめてみたいと思ったのです。
バンクーバーの街を歩くと、あちこちにレインボーフラッグが掲げられていました。なかでも印象に残っているのは、バンクーバー公共図書館(Vancouver Public Library)の入口に書かれた言葉です。
図書館はコミュニティ全体のための場所です。私たちの違いを尊重し、共に祝福しましょう。
VPL is a place for the whole community.
Respect and celebrate the differences among us.

その言葉を目にしたとき、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
“違いを祝福する”という感覚が、街の空気のように当たり前に息づいている。そんな場所で暮らすうちに、自分の中にあったモヤモヤや小さな気づきを、誰かと分かち合いたいと思うようになりました。
互いを認め合いながら共に生きる多様な社会が、確かにここにある。「人と違ってもいい」「こんな生き方もいいのかも」と、心の奥でそっと思える瞬間がある。その感動を、物語として残したい。ここで出会う人々の生き方を見て、聴いて、書いていこう。そして、それを一冊の本にしてみよう。
そう思えたとき、なぜか心がふっと軽くなりました。
“学びたい”から“伝えたい”へ。
その想いが、私の背中を押してくれたのです。
そうして出会ったのは、日本から移り住んだ20代から70代までの女性たち、そしてLGBTQ+の人たちです。取材を重ねるなかで、母や妻としての役割、多様なパートナーシップや家族のかたち、自分らしい働き方について、彼女たちの言葉を一つひとつ丁寧にすくい上げていきました。
誰ひとりとして同じ物語はない。けれど、どの物語にも「それだけが正解じゃない」というメッセージが息づいている。“女性として”や“セクシュアルマイノリティとして”ではなく、「自分として」生きたい。その揺るぎない意志に触れるたび、「同じように感じていたのは私だけじゃなかったんだ」と自分を肯定されたような気持ちになりました。
ひとつの取材を終えるたびに、私はカナダの空を見上げ、日本に想いを馳せました。
───結婚、出産、仕事、パートナーシップ、セクシュアリティ、そして人生そのものにおいて、「こうしてもいい」が増えていくこと。それが、これからの“新しい当たり前”になりますように。
カナダで多様な生き方に触れるうちに、私の中で「自然体で生きる」という言葉の意味が、少しずつ輪郭を持ちはじめた気がしたのです。
ソラミドmadoから、ジェンダーを考える意義とは?

フィリピンとカナダで、多様な女性たちの生き方に触れたあと、帰国してからの私は、まるで別の景色を見ているような感覚がありました。
カナダで取材をした原稿を書き上げ、ジェンダーに関する本を読み、専門家の講座に通ううちに、心の中の霧が少しずつ晴れていったのです。
自分の気持ちに嘘をつかないこと。「おかしい」と感じたことを飲み込まずに声にしてみること。そして、誰かを責める前に「どうしてこんな仕組みになっているんだろう?」と問いを向けてみること。そして社会構造を知り「私が悪いわけじゃなかったんだ」「母もきっと辛かったんだろう」「祖母なりの生きづらさもあったのかもしれない」と思えた瞬間、胸の奥につかえていたモヤモヤがふっと軽くなって、ようやく深く息ができた気がしました。
そして気づいたのです。日本で「自然体に生きたい」と願いながら記事を書いてきた想いと、いま深く知りたいと思っている“ジェンダー”のことは、実は同じ根っこから生まれていたのだと。
「女なんだから」「母親なんだから」「家族はこうあるもの」そんな“こうあるべき”に縛られず「じゃあ私にとっての自然体はなんだろう?」と一緒に考えていきたい。その想いは、日本を発つ前と少しも変わっていません。
正直に言えば、「ジェンダー」という言葉を掲げて連載を始めるのは、今でも少し怖いです。でも、私が届けたいのは、“誰かを責めるための言葉”ではなく、“誰もが自然体で生きられる社会を一緒に考えるための対話”です。
この連載では、“小さな問い”を出発点に、ジェンダーや生き方をめぐるさまざまな物語を紡いでいきます。どれも特別な誰かの話ではなく、私たちのすぐそばにある日常そのものです。
ひとりでは難しいことも、“連帯”することで変えられることがたくさんある。そして言葉は、人をつなげる力を持っている。だからこそ私は、分断が起こる社会であっても諦めずに「明日をつくる言葉」を届けていきたいと思っています。
自然体に生きたいと願うすべての人へ。
ジェンダーという窓から一緒に、新しい世界を覗いてみませんか。
ソラミドmadoについて

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media
執筆

生き方を伝えるライター・編集者
1996年生まれ。“人の生き方の選択肢を広げたい”という想いでライターになる。女性の生き方・働き方・ジェンダー・フェミニズムを中心に、企業のコンテンツ制作やメディア寄稿、本の執筆を手掛けています。埼玉県と新潟県糸魚川市の二拠点生活をしながら、海外にもよく行きます。柴犬好き。
プロフィール:https://lit.link/misatonoikikata
編集

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。














