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ぬいぐるみは“命ある存在”。その思いが世界をやさしくする│ぬいぐるみ病院理事長・堀口こみちさん

ものでも人でもない。だけど、たしかに私たちの心を支えてくれる。
「ぬいぐるみ」は、そんな不思議であたたかな存在です。

小さなころからぬいぐるみと一緒に過ごしてきた筆者自身も、ぎゅっと抱きしめるたびに心がほっとするのを感じてきました。

癒やされる。安心できる。ただそこにいてくれるだけで救われる。ぬいぐるみには、そんな力があると思うのです。

同じようにぬいぐるみに癒やされてきた人は、きっと少なくないはず。
そして、これまでぬいぐるみがそれほど近い存在ではなかった人の中にも、ぬいぐるみが心のよりどころとして馴染む人がいるのでは。

この記事では、そんなぬいぐるみという存在の魅力や、心の支えとしての力を感じてもらえたらと思っています。

みなさんは、ぬいぐるみ専門の“病院”があることを知っていますか?
そこでは、全国から届くたくさんのぬいぐるみたちが治療を受けて、また元気な姿で大切な家族の元へ帰っていきます。

ぬいぐるみ病院に入院する患者さんたち

ぬいぐるみ病院の理事長を務める堀口こみちさんも、ぬいぐるみの存在に救われた経験を持つ一人。今回は堀口さんご自身の体験を通じて、ぬいぐるみが持つ心の支えとしての力や、ぬいぐるみを大切にする心の尊さについて伺いました。

堀口こみちさん

ぬいぐるみ専門の治療施設「ぬいぐるみ病院」の理事長であり、同病院を運営する株式会社こころの代表取締役。同志社大学文学部卒業後、医療機器メーカー勤務を経て、2013年に株式会社こころを設立。自身の経験から“ぬいぐるみも大切な家族の一員”という想いを形にし、心のケアを重視した独自のサービスを展開している。

ぬいぐるみ病院では、ぬいぐるみを単なる“もの”としてではなく「心を持った存在」として丁寧に扱い、診察・入院・手術・リハビリという本格的なプロセスを通じて“元気”を取り戻すサポートを行う。その手厚い対応や、写真付きの診療記録など心を込めたケアが評判を呼び、これまでに全国から2万3000体以上のぬいぐるみが入院。2018年にはグッドデザイン賞ベスト100も受賞し、多くのメディアで注目されている。

そばにいるだけで、ほっとする。幼い私を守ってくれた存在

──まずは、堀口さんご自身がぬいぐるみに心惹かれたきっかけについて教えてください。

幼いころから、人よりも感受性が強かったのかなと思います。たとえば、お花が倒れていたら「かわいそう」と思って包帯を巻いてあげるなど、いろいろなものに対して擬人化して接するところがありました。それでいて、いわゆる“繊細さん”で不安を感じやすく、人と話すことが苦手だったのもあり、物心がついたころからぬいぐるみが心を許せる存在だったんです。当時はクリスマスにプレゼントしてもらったハムスターのぬいぐるみがパートナーでした。

ぬいぐるみを手にする幼いころの堀口さん

──どんなところに惹かれていたのでしょう?

フォルムの可愛らしさ、やわらかさ、手触りやにおい、雰囲気……すべてが愛おしかったです。いつも持ち歩いたり、そばにいるだけで安心する感覚がありました。目に入るところにいてくれるだけで心がほっとするんです。

それに加えて、私の場合は家庭や学校でさまざまなできごとがあって、心を守らなければならない状況がありました。いじめや両親の喧嘩、先生からの虐待などがあって……。もともと傷つきやすい心に、さらに深い痛みが積み重なったんです。

子どもって、心を守るために感覚をマヒさせたり、別の人格を作ったりすることがあるっていいますよね。私も一時期、現実を感じないようにしていた部分があったと思います。そんなとき、ぬいぐるみがそばにいてくれるだけで、ありのままの自分でいられるような安心感がありました。

──ぬいぐるみが心を守ってくれる、という感覚だったのですね。

ぬいぐるみは基本的に裏切ることはない。だからこそ「オアシス」や「安全地帯」のような存在だと感じますし、ぬいぐるみ病院の患者さまのご家族も、同じように感じている方が多くいらっしゃいます。

イギリスでは成人のおよそ3分の1の人が、子どものころから持っているテディベアと一緒に寝ていると聞きます。ぬいぐるみは性別関係なく、安心をくれるパートナーになりうる存在なんですよね。心理学的にも、ぬいぐるみは親離れのタイミングで、心の支えになる存在と言われているんですよ。

──確かに、ぬいぐるみはそばに置いたり、触れたりするだけで、どこか心がほっとする気がします。

そうなんです。ぬいぐるみは、ある方にとっては「癒し」であり、「リラックス」や「喜び」、あるいは「愛」や「安らぎ」、またある方にとっては「精神安定剤」や「分身」、「親友」や「宝物」と表現されることもあります。

「心の宝石」「違う世界に連れて行ってくれる扉」「平和の使者」「祝福のかたまり」「旅の友」なんていう声もあります。ぬいぐるみは本当に奥深くて、多くの人にとってかけがえのない存在なんだなと、日々感じています。

ご家族からのメッセージとともに入院するぬいぐるみ

「自分の心は、自分のもの」──人生を変えた気づき

──堀口さんは現在、ぬいぐるみ病院の運営や、ぬいぐるみとその家族の幸せのためのさまざまな事業を展開されています。現在の活動に至るまでの経緯はどんなものだったのでしょう?

大学時代に、少しだけ心理学の講義を受けたことがあったんです。そこで「ねんねのくまさん症候群」という症例を知りました。スヌーピーに出てくるライナスの毛布、あれと似たような「それがないと安心して眠れない」といった依存の話が出てきて、「これ、私のことだ」と思ったんです。そこから少しずつ自分の気持ちや心の状態を見つめるようになり、初めて「自分の心は自分のものなんだ」と気づいたんですよね。

それまでは、“自分の心”という感覚があまりなくて、常にぼんやりとした状態でした。自分の意見や意思がなかったように思います。でも、その講義での気づきをきっかけに、「自分で考えて行動してもいいんだ」と思えるようになりました。

──「自分で物ごとを考えてもいい」。大きな気づきですね。

それから少しずつ心理学についての本を読んだり、自分自身の体験を振り返ったりするなかで、子ども時代のできごとが人に与える影響について考えるようになりました。

どんなにやさしく育てられた子でも、なにかしらの「傷つき」はあると思うんです。それが人間関係の中でちょっとしたクセになって表れたり、コミュニケーションのスタイルに出たりすることがある。そういった人の心に寄り添い理解することに、自然と興味が向いたし、自分自身の生い立ちと向き合って気持ちを昇華させるきっかけにもなりました。

──過去のできごとや気持ちと冷静に向き合えたことが、その後の人生でご自身がやりたいことを追求していくための転機のひとつとなったのですね。それから実際にぬいぐるみ関連のお仕事を始めるのに、何かきっかけがあったのでしょうか?

私は2回の離婚を経験しているのですが、最初の離婚のときにかなりショックなできごとがあって、ご飯が食べられなくなり、眠れなくなり……。一年間、笑うことを忘れてしまったんです。そんなときに出会ったのが、フモフモさんシリーズの赤いクマのぬいぐるみでした。そのぬいぐるみに面白い性格を設定して話をしたりするうちに、まただんだん笑えるようになり、心が回復していったんです。幼いころからぬいぐるみに救われてきたことに加えて、大人になってから再びぬいぐるみの存在に助けられたことで、いつかぬいぐるみを通して人の心に寄り添う仕事をしたいと、少しずつ考えるようになりました。

その後2回目の結婚をしたときに、当時の夫が医療機器の製造業を営んでいて、社内でぬいぐるみのネットショップをオープンさせてもらったんです。

堀口さんの赤いクマさん

──ご自身の体験をもとに、安心や癒やしを届けるためのぬいぐるみショップとしてオープンされたんですか?

そうですね。運営元が医療機器の会社という背景もあって、「心の健康も、体の健康と同じくらい大切」で、「ぬいぐるみはその助けになる」ということを広めたくてスタートしました。そこから独立して起業するかたちで、現在のぬいぐるみ病院の活動へとつながっていきました。

ぬいぐるみは、今も変わらぬ心の安全地帯

──堀口さんは、いまもぬいぐるみと一緒に過ごされているんですか?

いまでも一緒に寝たり、写真を撮ったりはしますけど、以前のように“ぬいぐるみがいないと生きていけない”という不安な感覚ではなくなってきたように感じています。それは、私にとっての心のよりどころが増えてきたということなのかもしれません。安心できる場所が増えてくると、ぬいぐるみとの関係も自然と変わっていくのかもな、と。

でもこれはあくまでも私の場合であって、どんな状況でもぬいぐるみが一番の心のよりどころだと感じている方もいますし、ぬいぐるみとの関係性に正解はありません。

──ぬいぐるみとの関係も、それぞれにとっての“ちょうどよさ”があるんですね。

そうなんです。ぬいぐるみ病院に来られる方は、みなさん本当に熱い想いを持っていらっしゃいます。そして、ぬいぐるみを大切にされている方は、すごく純粋で、繊細で、人のことを優先してしまうような方が多いです。過去に大きな悲しみを経験されて心が壊れそうになったとき、ぬいぐるみが命綱になっていた、という方もいます。

一見するとぬいぐるみと無縁に見えるような人が、鞄の中にぬいぐるみを忍ばせていることもあったり。表には出さなくても、心の支えにしている人がたくさんいるんです。

私たちはこれまでに2万3千以上のぬいぐるみさんを治療してきましたが、それは同じ数だけ、ご家族の想いに触れてきたということでもあります。私自身、同じようにぬいぐるみに救われた経験があるので、そうした方々の心を守りたいという想いが、年々さらに強くなっています。

──いまの堀口さんにとっては、ぬいぐるみはどんな存在なのでしょうか。

いまの私にとっても、ぬいぐるみは「安全地帯」みたいな存在ですね。自分らしくいられる場所。外に出るとつい気を遣ってしまって、素直な自分でいられないときもあります。でも、ぬいぐるみの前では、何も飾らなくていい。見栄を張る必要もなくて、そのままの自分でいられるんです。

感情って、自然に湧き出てくるものですよね。「こんなことを思ってはいけない」と抑え込むより、「どうしてそう感じたの?」と、自分にやさしく問いかけてあげるほうが大切なんだと思います。どんな感情にも善悪はなく、自然に湧いてくるものとして受け止めてあげる。それが自然体なんじゃないかな、と。ぬいぐるみは、そうやって自分の感情と向き合い、受け止めるときにも寄り添ってくれる存在なのだと感じます。

──今後、ぬいぐるみを通して人の心に寄り添っていくために、どんな活動を続けていきたいと考えていますか?

ぬいぐるみ病院での治療を通じてご家族の心のケアをしていくのはもちろんのこと、これからは、ぬいぐるみを命ある存在として大切にする心のすばらしさを実感できるような機会や場所をつくっていきたいと考えています。

今年、美しい森の中に、鳥や動物たちが幸せに暮らせる森と、「ぬいぐるみ神社」を創建する予定です。ぬいぐるみが人の心を癒し、支え、命を守ってくれていることに感謝を伝える場所にしたいなと思うんです。

もともと「すべてのものに命がある」というのは、人々が当たり前に持っている感覚でした。日本では“八百万の神”の考え方がありますし、世界中の多くの文化でも“アニミズム”の考え方が根付いている。でも、現代ではそうした感覚を忘れてしまっているように感じます。

ぬいぐるみを愛する人々は、ぬいぐるみをただの“もの”ではなく、生きているような存在として大切にしています。ですが最近はぬいぐるみが“もの”として簡単に捨てられてしまうことが増えているようにも感じていて、命が軽んじられているようで悲しくて。

──確かに、ぬいぐるみを大切にする心は、ものを大切にしたり、自分以外の存在にやさしくしたりする心にも通じるように思います。でもおっしゃるとおり、命あるものとして何かを大切にするという心は、現代では薄れがちになってきているように感じます。

私たちはいま、それを思い出す時期に来ているんじゃないかなと思うんです。以前のように「あらゆる存在に命が宿る」と考え、思いやりの心を持つことができたら、世界中がもっとやさしい世界になるのではないかと思います。


ぬいぐるみは、ただの“もの”じゃない。

大人になっても、苦しいときも、うれしいときも、変わらずそばにいてくれる存在です。

もしいま、あなたのそばにぬいぐるみがいるのなら、そっと手に取ってみてください。きっと、胸の奥からあたたかい気持ちが湧いてくるはず。

「ぬいぐるみは、自分の感情と向き合い、受け止めるときに寄り添ってくれる存在」。

堀口さんのこの言葉は、どんな気持ちを抱えていても、そのままの自分でいていい、と語りかけてくれるようでした。
嫌なことがあった日も、うまく笑えないときも、ぬいぐるみはただ静かにそこにいてくれる。無理に元気になろうとしなくても、その存在にそっと心をゆだねることで、気持ちがふと和らぐこともあるのだと気づかされました。

「あらゆる存在に命が宿る」というやさしい視点は、思いやりの心につながり、世界を少しずつあたたかくしていく。
堀口さんの活動を通して、ぬいぐるみを大切にする人たちの想いが、これからも優しい輪となって広がっていきますように。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材

佐藤純平
ソラミドmado編集部

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu

執筆

笹沼杏佳
ソラミドmado編集部

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年からは株式会社スカイベイビーズにも所属。

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