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逃げるのがうまくなれば、ぼくたちはもっと自由になれる|人生に必要な「余白」を考える vol.4小さく逃げる日・今井峻介さん

働く日々に“余白”を設け、よりよい生き方を模索する人をインタビューする連載「人生に必要な“余白“を考える」。今回は東京都高円寺のシェア型書店で読書会「小さく逃げる日」を主催する今井峻介さんに話を伺った。

「小さく逃げる日」は、逃げたいという気持ちを抱える人のための読書会だ。やることはシンプル。好きな本を持ち寄り、黙々と本を読むだけ。コーヒーやお菓子を味わったり、ぼーっとしたりと思い思いの時間を過ごすこともできる。一般的な読書会と大きく異なるのは、他の参加者との交流や会話がほとんどないこと。本の感想を語り合うことも、悩みを聞き合うことも、ここでは求められない。

逃げたい人が集まる場とは、一体どんな場なのか。なぜ参加者同士で交流はしないのか。「小さく逃げる」とはどういうことで、私たちの心にどんな変化をもたらすのだろう。今井峻介さんに話を伺った。

今井峻介

1984年1月29日生まれ。農学系大学院を修了後、食品会社の研究開発職、ベンチャー企業のコンサルタント、NPO法人のマネージャーを経験。2023年からは兼業主夫として、2人の子どもたちのホームスクーリングを行いながら、個人事業主として社会問題解決に取り組む企業や団体のサポートをしている。2024年よりシェア型書店「本屋の実験室」にて棚主となり、「火星が出ている」を開業。同書店内では、読書会「小さく逃げる日」や、誰にも言いたくない言葉を手紙で受け取る企画「受け取るよ」を定期的に開催中。

「渦中」から離れ、宙ぶらりんになってみる

――逃げたい人たちが集まって読書をするって、なかなかイメージがつかなくて……。具体的にどんなふうに読書会が行われているのですか。

「小さく逃げる日」は、月に1回、書店の定休日にお店をあけて開催しています。参加資格は特になくて、逃げたいという気持ちがあれば誰でもOK。

参加者の方には来店時にルールだけ説明して、あとは好きに本を読んで過ごしてもらっています。いつ来ても帰ってもいいので、ふらっと店に来て少し読書して帰る人もいれば、5時間くらい滞在する人もいて、過ごし方は人それぞれ。参加者の方とはあえて会話しないようにしているので、その人がどういう人なのか、なぜ逃げてきたのかはわからないままなんです。

――本当に、黙々と本を読むだけの会なんですね。

一般的に読書会は、本を読んだ人同士の交流の場として開催される場合が多いと思いますが、僕はそれをやりたくなかったんですよね。僕は一人で読書をすることが好きなんですが、同じことを考えている人が他にもいるんじゃないかと思っていて。自分とそういう人たちのための読書会をやりたいなと思って始めたのが、「小さく逃げる日」なんです。

家で読書をしようにも、生活や仕事に追われて余裕がなかったり、時間をつくることが難しかったりする。そんな中で、読書のための場所に足を運んでもらうことで家や学校、会社などから「逃げる」きっかけになるといいなとも思いました。

――読書会のテーマでもある「小さく逃げる」ですが、今井さんにとってそれはどういうことなんでしょうか?

仕事でも生活でも、忙しさに追われていると、本当はやりたくないなと思っていたり体や心が疲れたりしていても「絶対にやらなければならない」という考えにとらわれてしまうことってありますよね。いわば、「渦中」に巻き込まれた状態です。

僕にとって、小さく逃げるというのは、その「渦中」から一旦離れることだと思っています。本を読めば、現実から本の世界に逃げ込むことができる。読書は、誰もができる一番小さい単位の逃げる行為なんじゃないかと思っています。

――「大きく逃げる」との違いは何でしょうか?

大きく逃げるというのは、例えば「仕事を辞めて南の島で暮らす」みたいに、今の環境と完全に離れ切るようなイメージです。でも、それってちょっと大変じゃないですか。大きな決断をするのは怖いし、労力もかかるし。結局逃げた先で「仕事どうしよう」とか、「南の島で暮らしていくのも大変だな」とか、次の問題と直面しなきゃいけなくなってしまうかもしれません。

それに対して、「小さく逃げる」は、もっと気軽に生活の中に取り込めるもの。目の前の問題から一旦離れて、宙ぶらりんになることだと考えています。

――気軽さや身近さがあるからこそ、「小さく逃げる」なんですね。逃げるという言葉はネガティブに捉えられがちですが、良い面はどういうところだと思いますか?

逃げることがうまくなれば、人はもっと自由になれると思うんです。

本来、僕たちは自由で「逃げる」という選択肢を持っています。でも社会では立ち向かうことや一生懸命頑張ることが評価されてしまうから、逃げる練習ができない。だから「逃げる」を選べるようにならないんですよね。「大変だけどやるしかない」となってしまうんです。それって、すごく不自由だなと思っていて。

でも、逃げるのがうまくなると、「逃げる」という選択肢が「立ち向かう」「頑張る」と同じように自然に選べるようになります。「大変だけど頑張る」だけじゃなく、「大変だから逃げる」も選べるようになる。そうやって、生き方の自由度を増していけるんじゃないかと思っています。

――たしかに。当たり前のように「逃げる」という選択肢を自分に提示できるようになると、気持ちが楽になりますね。

「渦中」にいるときは、「頑張る」以外の選択肢が考えられなくなっちゃうんですよね。でも、逃げることで、追い詰められて視野が狭くなっていた状態から一歩引いて全体を見られるというか。「渦中」にいたときの自分とは違う自分になれるんです。

その状態で、例えば仕事に対してどう思っているのか、続けたいのか、辞めたいのかをあらためて考えてみる。ロックされた状態ではなくなっているから、より冷静に考えられるし、狭いところから抜け出して、より自由に考えたり、感じたりできると思います。

――学校や会社を一回休んだらもう行きたくなくなるように、一度逃げたら元の場所に戻れないということはないですか?

逃げたことで「戻らない」という結論が出たのだとしたら、それも一つの選択だと思います。ただ一方で、小さく逃げることで「元の場所に戻る」を選ぶこともあると思うんです。仕事がつらかったとしても、逃げる経験を積みながら何年も続けて、一人前になれることもあるんじゃないかなと。先のことはわからないし、考えすぎるとと逃げられなくなってしまうので、とりあえず逃げてみるのがいいんじゃないかなと思っています。

あのとき、逃げる場所やきっかけがあれば

――なぜ、読書会のテーマを「小さく逃げる」にしようと思ったのですか?

逃げることの大切さを実感した経験があるからです。

実は僕、前職で精神的に追い詰められてメンタルの調子を崩したことがありまして。多忙な業務に加え、不慣れなマネジメント業務も重なり、無理を重ねた結果、心身のバランスを崩してしまったんです。

一生懸命頑張ったのに、どうしてこんな結果になってしまったのか。もっとうまいやり方はなかったのか。振り返ってみて、逃げることができていなかったのが原因だったんじゃないかと思うようになりました。つらいときにちゃんと逃げることができていれば、一歩引いて状況や自分を客観視したり、誰かを頼ったり、助けを求めたりすることができたはず。でも当時の自分は、目の前の状況に立ち向かうことしかできなかったんです。

あのとき、逃げる場所があれば、逃げることを勧めてくれる人がいれば、心を病むことなく別の結果を迎えていたかもしれない。そう気づいてから、逃げることを大切に思うようになりました。

――心身のバランスを崩してしまった後はどうなったのでしょうか?

一時は精神状態が安定し、復職して楽しく仕事をしていたのですが、家庭の事情や仕事の忙しさなど、いろいろなことが重なって退職することになりました。家庭と仕事の両立が現実的でなく、どう考えても無理だろうと思って……。その決断は「大きく逃げる」になると思うのですが、冷静に、かつ前向きに逃げることができたと思っています。

その後、個人事業主として独立して、いろいろな事業を始めました。その中の一つが、シェア型書店の棚主です。

今、逃げることを大切にできているのも、あのときちゃんと逃げて、逃げても大丈夫だと確認できたからだと思っています。当時も今も、これがベストな選択だったなと思っています。

――逃げることが良い選択、といえるのは素敵ですね。

そうやって逃げることって大事なんだなと感じるようになったときに、ちょうど読書会の企画を考えていたんですよね。読書が持っている「現実から本の世界に逃げ込む」要素と、僕が実践していた「逃げる」という行為が自然と重なって見えて。それで、「逃げる」をテーマにした読書会をやってみようと決めました。

逃げたいと思うことや追い込まれることって、きっと誰にでもありますよね。そんなときに、逃げるための場所や「小さく逃げる」という概念が世界に一つでも転がっていたら、それが今逃げたいと思っている人たちにとって、逃げるきっかけになるんじゃないかと思っています。

逃げることは、自分の気持ちに耳を傾けること

――「小さく逃げる日」が始まって約1年ですね。続けてみてどうですか?

僕自身、逃げるのがすごくうまくなったと思いますね。仕事や生活の中で追い込まれることはありますが、そうなったときはすぐに「今日は仕事を切り上げよう」とか「銭湯行ってから考えよう」といった具合に、かなり軽く逃げられるようになりました。逃げることが、日常の一部としてナチュラルに溶け込んでいる感じです。

また、逃げることは、自分の気持ちに耳を傾けることと紐づいていることにも気づきました。大変な状況に追い込まれたとき、「やらなきゃいけない」という選択肢しかないと、自分の気持ちに目を向けられなくなるんですよね。やるしかないなら、どう思っていようが関係ないと思ってしまう。

でも、「逃げる」という選択肢があると、「向き合う」か「逃げる」かを決めるために、自分の感情に目を向ける必要が出てきます。つらいのかつらくないのか、つらいけどやりたいのか、つらいからやりたくないのか。そうやって、まずは自分の感情に目を向けてから選択することができるようになりました。逃げるのがうまくなったということは、自分の気持ちに耳を傾け、認めることが増えたのと同じことだなと思っています。

――「逃げる」という選択肢があるからこそ、自分の感情に目を向けられる。

なので、「逃げる」という選択肢を自分の中から消してしまうのは、自分の気持ちを無視することと同じだとも思っています。目の前の問題から逃げずになんとか乗り越えたとしても、心はしっかりとダメージを受けているんですよね。後になってどっと疲れたり、モチベーションが上がらなくなったり、僕みたいに心の不調をきたしたりすることもあります。

だからこそ、今はそうならないように、「やりたくない」って思ったらすぐ逃げるし、たとえ気持ちに負荷をかけざるを得なくても、頑張った後にしっかり休む。自分の気持ちがはっきりしないときも、まずは一旦逃げて落ち着いてから、あらためて考えるようにしています。

そうすることで、以前と比べてメンタルがだいぶ安定するようになりました。以前よりもずっと自由になったとも感じています。

――それは大きな変化ですね。「小さく逃げる日」に参加した人を見ていても、何か変化はありましたか?

読書会に来てくれた人とはほとんど会話をしないので、正直なところ、具体的な変化はわかりません。でも、僕の中で気づいたことがありました。

世の中には、逃げたいと思っている人はたくさんいると思いますが、実際、今まさに逃げている人に会うことってなかなかないじゃないですか。走っていてもただ急いでいるだけかもしれないし、見た目だけではその人が逃げているのかわかりませんよね。

でも、読書会に来てくれる人は、みんな逃げるために来てくれた人です。その場にいる人全員が逃げたいという気持ちを抱えているんだと思うと、逃げているのは自分だけじゃないんだって心強くなるんですよね。やっぱり、そりゃみんな逃げたくなるよねって(笑)。心の中ではいつも、「大変なこともあるけど、みんなで一緒にうまく逃げてなんとかやっていこうね」って思っています。

――みんな逃げていると思うと、もっと気軽に「逃げる」ことができるようになりそうですね。

そうですね。逃げることって、世の中ではポジティブに語られる機会はほとんどありません。だから、多くの人が「逃げちゃだめだ」と、つい思い込んでしまう。でも、その理由を問われると、うまく説明できないことのほうが多いはずです。その時点ですでに、僕たちは目の前の状況、「渦中」に巻き込まれすぎて、思考が完全にロックされてしまっていると思うんです。

だからこそ、本当に大切なのは、そうした「渦中」から距離をとること。もし、明確な理由もないのに「逃げちゃダメだ」と感じてしまったら、まずは一度小さく逃げてみてほしいんです。逃げてもまだ抜け出せないのなら、何度でも逃げたらいい。そうやって、逃げる経験を積んでいくことで、きっと誰もが逃げるのがうまくなっていくはずです。そして、今よりも自由に、楽に生きていけるようになればいいなと思っています。

今井さんのお話を聞き、「逃げる」という選択肢は「頑張る」ことと並んで、もっと当たり前に存在していいのだ、とまるで自分を許せたような気持ちになった。実際にまだ逃げてみたわけでもないのに、「逃げても大したことにならないだろう」という安心感さえも抱いた。それはきっと、かつて逃げることが苦手だった今井さんが、「逃げるのが最善の選択になるときもある」と、穏やかに伝えてくれたからだと思う。

仕事の締め切りに追われているとき、家族のことで手一杯なとき、仕事や家事、育児と「すべてをこなさなければ」という気持ちになっているとき。これからは、そうした日々の局面で一旦立ち止まって、「逃げる」という選択肢を自分にそっと差し出してみたい。「本当はつらくないか」「今、私に必要なことは何か」と、自分の気持ちにしっかりと耳を傾けようと思う。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

企画・取材・執筆

上野彩希
ソラミドmado編集部

岡山出身。大学卒業後、SE、ホテルマンを経て、2021年からフリーランスのライターに。ジャンルは、パートナーシップ、生き方、働き方、子育てなど。趣味は、カフェ巡りと散歩。一児の母でもあり、現在働き方を模索中。

X:https://x.com/sakiueno1225

編集

佐藤純平
ソラミドmado編集部

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu

撮影

飯塚 麻美

1996年、神奈川県生まれ。フォトグラファーとして、東京と岩手の二拠点で活動。ソラミドmado編集部所属。ライフワークとして海や港で生きる人たちの写真を撮っている。

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