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不動産業界の透明化を目指して│私の天職、見つけました。Vol.9 稲垣慶州さん(不動産営業・キズナファクトリー代表)

自分の仕事に対して、自信をもって“天職”だと言い切れる人はなかなかいません。

でも誰もがきっと、天職だと誇れる仕事ができたらと憧れの気持ちを抱いているのではないでしょうか。

『私の天職、見つけました。』は、「天職に就いている」と胸を張って自分らしく活躍する人にインタビューを行い、「天職とは何たるか」を探る連載企画です。

今回登場いただくのは、不動産会社である株式会社KIZUNAFACTORY(キズナファクトリー)代表の稲垣慶州(いながき よしくに)さん。

20年以上にわたって不動産業界で働く稲垣さん。「人材の入れ替わりが激しい」とされる不動産業界で、稲垣さんはどんなところにやりがいを感じ、どんな使命感を持って仕事に取り組んできたのでしょうか。

稲垣 慶州(いながき・よしくに)

株式会社KIZUNA FACTORY(キズナファクトリー)代表取締役。不動産歴20年以上。レオパレス21で建築営業を経験した後、27歳で賃貸不動産会社を創業し取締役に。33歳で独立しKIZUNA FACTORYを創業し、2024年で創業10年目。売買仲介とマンション買取リノベーション再販を行う。通算3000組以上の接客経験を活かし不動産業界の透明化を目指す。「不動産屋」そのものをアップデートするためにXを中心にSNSで発信している。

https://twitter.com/inagaki_kizuna

偶然飛び込んだ不動産業界

──まずは、不動産業界に入ったきっかけや経緯を教えてください。

不動産業界に入ったのは新卒のときです。いま45歳なので、もう22年この業界にいることになります。

実は、不動産業界に特別な思いがあって入ったわけではないんです。もともと僕は「会社に勤める」というイメージをあまり持てなくて。実家が薬局を営む薬剤師の家系だったということもあり、「手に職をつけて独立して生きていく」という志向が強かったんですよね。だから学生時代は司法書士を目指していました。でも残念ながら試験には落ちてしまい……。資格浪人はしたくなかったので、「とりあえずどこかに就職しよう」と思った結果、秋採用でリクナビに出ていた中で一番有名な会社に応募しました。それが株式会社レオパレス21でした。業種や業態にもこだわっていませんでしたね。

──そこから22年も不動産業界で働き続けられたのはなぜだったのでしょう?

振り返ってみると、この仕事が自分に合っていたからだと思います。もともと僕は、人を喜ばせるのが好きなんです。友人にサプライズをして喜んでもらうのも大好きで。そんな性格なので、お客さまに家を紹介して喜んでいただけることが、ものすごくうれしいんです。住宅選びという人生の節目に関われるので、人とのつながりをしっかり築けるのも魅力でした。お客さまから結婚式に招待されたこともあるんですよ。気づけば、ある意味で中毒のような感覚になっていましたね。

そもそも営業職が向いていた、というのもあると思います。高校時代から電話回線の切り替えや牛乳販売などの営業のアルバイトを経験していて、どの仕事でも割と成果を出せていたんです。成果を出せばあとは自由、というスタイルが好きだったんですよね。

建造物が好きというのも大きいですね。新しい建物が完成するとワクワクしますし、古い建物やお寺のようなものも好きです。特に好きなのはタワーマンションで、スケール感や豪華なエントランス、使われている部材、デザインと街とのマッチング……たとえば海が近いエリアなら波をイメージした外観になっていたり。そういう工夫を見るのが本当に楽しい。いつまでも眺めていられます。

──偶然足を踏み入れたものの、人を喜ばせることや営業という仕事、そして建造物が好きという要素がうまくハマって、長年不動産業界で働き続けることができているのですね。現在は株式会社キズナファクトリーの代表としてご自身で不動産会社を経営されていますが、新卒で大手企業に就職後、今に至るまでの経緯はどんなものだったんですか?

まずレオパレス21に入社して最初にやっていたのは、地主さんのお宅を訪ねて「アパートやマンションを建てませんか?」と提案する営業でした。いわゆる飛び込み営業と電話営業ですね。ただ、「建てます」と答えてくれる地主さんはほとんどおらず、門前払いの日々でしたね。

その仕事を2年間続けたあと、3年目は法人営業の部署に異動しました。そこでは、賃貸住宅を大手企業さんに社宅として貸し出す営業を担当しました。先ほどもお話したようにもともと独立志向が強かったことから、初めから「3年で辞めて起業する」と決めていたんですよね。だから法人営業を1年担当したあと、ちょうど3年働いたタイミングで退職し、2007年に友人と一緒に賃貸仲介の会社を立ち上げました。

──キズナファクトリーの創業前にも、起業を経験されていたんですね。

渋谷・新宿・池袋などに店舗を構え、最大で5店舗展開するまでに至ったんですが、スマートフォンの普及によって状況が一変しまして……。それまでは、賃貸住宅を探すとなると希望するエリアの不動産会社に直接足を運んで相談するのが主流だったのが、スマホで不動産情報のポータルサイトを見てから来店する流れに変わったんです。結果的に、店舗の来客数が激減。毎月150人ほどだった来客数が15人程度にまで落ち込みました。良い立地に店舗を構えていたこともあって賃料もかさんでしまい、大赤字に。僕は役員だったので責任を取り、無給で働いた時期もありました。その後なんとか会社を立て直せはしたものの、株主との方向性が合わなくなり、2014年に退社し、そこから今の会社であるキズナファクトリーを立ち上げました。

──キズナファクトリーではどんな事業を展開されているんですか?

キズナファクトリーでは主にマンションの「売買仲介」と、「不動産の買取再販(リノベーション再販)」をメイン事業としています。僕たちがご提案するのは、資産としての確実性が高いマンションです。時間とお金をかけてデータを集めて分析し、価格予想を行ったうえで物件をご紹介しています。従業員数は僕を含め現在(2025年時点)8名と小規模ではありますが、対象エリアを港区・中央区・江東区の湾岸部に限定することで「都心湾岸エリアのタワーマンションに関しては、どこよりも詳しい」という状態を目指し、自信を持って価値をご提供しています。

天職で、社会的意義を果たしたい

──現在、稲垣さんはどんなお仕事を担当されているのでしょうか?

まず前提として、キズナファクトリーの集客はSNSと口コミによるもので、広告をほとんど出していません。XやYouTubeでの発信をきっかけに、興味を持ってくれた方が公式LINEに友だち登録してくださっています。LINEの登録者には30分の無料面談サービスを提供していて、毎月30組ほどの方が面談を受けられています。

そのなかで僕は、XやYouTubeで物件探しに役立つ情報発信に力を入れるとともに、お客さまとの面談を基本的にすべて担当しています。その後に物件をご案内し、契約につながる流れです。

──経営者という肩書になっても、プレーヤーとしてお客さまと関わり続けているのですね。

今でも現場の営業マンという意識のほうが強いです。正直、経営者としては向いていないと感じることもあります。総務や人事といった仕事は本当に苦手で……(笑)。やっぱり現場で営業しているほうが自分には合っているんです。これからも自分自身が直接お客さまと接することは、ずっと続けていきたいですね。

とはいえ、今は僕自身がすべてのお客さまとの面談を担当しているため、どうしても時間的な限界があり、事業をスケールしにくいといった課題があります。次のフェーズとして「僕一人に依存しない仕組み」をどう作るかを考えているところです。

──不動産営業のお仕事が、本当に合っているのですね。

今の仕事以上のものはないと感じています。天職ですね。

──天職だと思えるようになったのはいつごろですか?

じつは意外と最近で、YouTubeを始めた2020年ごろからです。

それまでは他の人と自分を比べる機会がなかったので、「自分がマンションに詳しい」という認識すらなかったんです。でも、いざ発信活動に力を入れてみると、「ここまで熱量をもってやっている人はほとんどいない」と気づいたんですよね。不動産業界は人の入れ替わりが激しかったり、マンションに関しては大手不動産会社の寡占状態という現状もあって、うちほどマンションに情熱を注いでいるところがあまりなかったんです。

──稲垣さんにとって、「天職」とはどんな仕事だと思いますか?

僕にとっての天職の定義は「自分が続けられること」「成果につながること」「社会的意義があること」。その3つを満たしているのが今の仕事です。

若いころは「お金を稼ぎたい」という野心も多少はありましたが、今は社会的意義のほうが断然大切になっている。「この業界をより良くしたい」という思いが強くなりました。「困っているお客さまを減らしたい」「ブラックな環境で働いている業界の仲間を助けたい」という社会的な側面の比重がどんどん大きくなってきています。

まだ理想の5%。業界の未来を変えるために

──「不動産業界をより良くしたい」という想いについて、ぜひ詳しく聞かせてください。そう考えるようになったきっかけがあったんでしょうか?

働く環境を良くしたいという面では、業界に根付いた“長時間残業は当たり前”という慣習や、ノルマを達成しなければ帰れないという仕組みに違和感を覚えるようになったきっかけがありました。以前の会社でもうすぐお子さんが産まれそう、という状況の社員がいたのですが、僕は「帰るのは今日の打ち込み(不動産物件に関するデータ入力業務)が終わってからにして」と言ってしまったんです。結果的に、その社員は出産に立ち会うことができませんでした。そのできごとがものすごく心に残っていて。申し訳なさとともに、「これで本当にいいのだろうか?」と、それまで当たり前に思っていた業界の慣習に違和感を持ち始めたんです。お客さまは喜んでくれていても、働く人が幸せじゃなければ意味がない。誇りを持って働き、人生を楽しめるような業界にしたい、という想いを抱くようになりました。

キズナファクトリーの場合は、SNSで僕たちが発信する価値観に深く共感してくださるお客さまに相談いただく、というビジネスの構造になっているため、ほとんどのお客さまがそのままご契約に至ります。こういった仕組みも、働きやすさにつながることだと考えています。

──「困っているお客さまを減らしたい」という想いは、なぜ抱くようになったんでしょうか?

長年この業界で働くなかで、不動産取引の世界では、お客さまファーストとは言えない営業手法がとられることも少なくないと実感してきた、というのが大きいですね。営業担当を選べない仕組みだったり、お客さまに対してあまり誠実ではない駆け引きのようなものが行われることがあったり。もちろん、すべての会社がそうだというわけではありませんが。

こういった現状を変えたいという想いで、キズナファクトリーでは「不動産業界の透明化」をミッションに掲げています。会社を設立した動機のひとつでもありますね。

──具体的に、どんな点を透明化したいと考えていますか?

いくつかありますが、大きいのは「囲い込み」の問題です。

不動産の情報は、業界内ではすべてオープンになっています。マンションや戸建て、土地などの最新情報が、不動産仲介会社の間でインターネットなどを通じて常に共有されているということです。ただし、一部の会社が物件情報を独占してしまうケースがあるんです。これは売主からも買主からも手数料をもらう“両手取引”を目的にしたもので、売主からすると「もっと高く売れたかもしれないのに……」と機会損失につながったり、売れるまでに時間がかかるといったデメリットがあります。2025年から、法律によって囲い込みに対する規制が強化されましたが、こうした問題の改善にもっと寄与していきたいと考えています。

もうひとつ気になっているのは、ポータルサイト経由での集客の仕組みです。ポータルサイト経由だとお客さまは物件ベースで問い合わせをするため、担当営業は“ガチャ”のような状態になります。不動産取引に関しては正直なところ営業担当によって大きな差が出るので、それを選べないのはお客さまに対して不誠実だと考えています。アメリカなどでは、物件を探す際にエージェントを自分で選ぶのが一般的になっているんですよ。もちろん、現状の日本での仕組みがすべて悪いというわけではありません。ただ、「それしか選択肢がない」という現状を見直したいんです。

──実現への道のりはどんなものになりそうでしょうか?

正直、難易度はかなり高いです。僕一人でできることではなく、業界の多くの人の力を借りて、みんなで変えていく必要がありますから。

ただし、できることから動き始めています。たとえば業界の大きな団体に所属し、こうした場で少しずつ意見を出し、業界全体の改善につなげていこうとしています。ほかの不動産会社の方や経営者の方と話すと、「稲垣ならできるよ」と言っていただけるんです。業界歴が長くさまざまな現場を見てきたことや、XやYouTubeで発信力を着実に伸ばせているからこそ期待してもらえるのかなと思います。

──これからの目標について教えてください。

大きく2つあります。

ひとつは、明海大学の不動産学部で特任教授のような立場になること。不動産を専門に学べる学部は日本でここしかありません。そこで「不動産業界はやりがいのある、良い仕事だよ」と学生さんに伝えていきたいんです。

もうひとつは、不動産関連の法律や政策に関わる省庁の会議などに呼ばれるようになること。特に囲い込み問題に関して、今後のガイドライン作りに関われたらと思っています。

──明確な目標で素敵ですね。

ハードルはとても高いですけどね(笑)。今の段階では理想の5%くらいのことしか実現できていません。行きたい国や見たい建造物も、まだまだたくさんありますし。もちろん、営業マンとしてお客さまともできるだけ長く関わり続けたい。やりたいことが尽きないので、ずっと健康でいたいですね。

──最後に、これから天職と出会うことになるであろう読者に向けてメッセージをお願いします。

僕がもし別の会社に就職していたら、それはそれで天職になっていたと思うんです。今の自分があるのは、つらいことが9割、楽しいことが1割でも、そのわずかな楽しい瞬間が、とても強烈でたまらない経験だったから。その積み重ねがあって、この仕事にどっぷりとハマっていきました。

ですから読者の皆さんには、まずは成果が出るまで踏ん張ってみてほしい。その成果が出て、しかも誰かに喜んでもらえる状況を味わえたとき、きっと仕事に対する価値感が大きく変わると思います。


稲垣さんのお話を伺って印象的だったのは、「不動産営業」という仕事を通じて、成果や利益を追い求めるだけでなく、そこに社会的な意義を見いだされている姿でした。
偶然の出会いから始まったキャリアが、気づけば“天職”と呼べるものになっていく。その過程には、苦難も葛藤もありながら、それ以上に「人を喜ばせたい」という一貫した想いがあったことが伝わってきます。

また、不動産業界の透明化や働く環境の改善といったテーマは、一人の営業マンや経営者の枠を超え、業界全体を見据えた大きな挑戦です。

「まだ理想の5%」と語られた稲垣さん。だからこそ、その先に広がる未来が楽しみでなりません。
働く人もお客さんも笑顔になれる仕組みづくりに挑み続ける稲垣さんのこれからを、応援しています。

稲垣さんの最新著書『住む資産形成』(KADOKAWA)は、不動産営業の現場での豊富な経験を持つ稲垣さんが、「マンション購入で資産を築く」ためのノウハウや実例を徹底解説した一冊です。舞台は東京都心部。これまで稲垣さんが取り扱ってきた事例や具体的なポイントを惜しみなく紹介し、読者がそのまま実践できるような内容で構成されています。稲垣さんいわく、「都心でマンションを探している人には、年齢やライフスタイルを問わず役立つ内容です。個別具体的で超実践的だからこそ、この本を読めば人生の資産が数千万円単位で変わると本気で思っています」とのこと。今回のインタビューを通して稲垣さんのお仕事に興味を持った人、資産形成や住まい選びについて考えたいと思っている人は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

https://www.amazon.co.jp/dp/4041159806/

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材

安井省人
株式会社スカイベイビーズ代表取締役/クリエイティブディレクター

クリエイティブや編集の力でさまざまな課題解決と組織のコミュニケーションを支援。「自然体で生きられる世の中をつくる」をミッションに、生き方や住まい、働き方の多様性を探求している。2016年より山梨との二拠点生活をスタート。
note: https://note.com/masatoyasui/

執筆

笹沼杏佳
ソラミドmado編集部

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。

撮影

イワイコオイチ

写真家。​​​​​​東京都青梅市を拠点に活動しています。築40年の小さな平屋をDIYで改装し、庭の畑を協生農法で野菜づくりをしながら妻と子供2人の4人ぐらし。家庭内自給率(食料とエネルギー)を上げるを目標に日々邁進中。

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