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気づいたら“なりたい自分”になっていた。他人の視点を活かした目標の立て方 │「タニモク」開発者・三石 原士さん

新しい年や期が始まるとき、気持ちを新たにしたいとき、私たちはよく目標を立てる。良い目標を立てられると、気持ちが前向きになったり、日々の過ごし方が充実したりして、毎日がいきいきとし始める。

でも、自分にとって本当に良い目標を立てるのは、意外とむずかしい。毎年同じような目標になってしまって気合いが入らなかったり、ハードルの高い目標を立てて数日後には挫折してしまったり。そして結局、何も変わっていない自分に落ち込んでしまう。

もっと自分を前向きにさせられるような目標を立てられたらいいのに。そんなことを考えていたとき、「タニモク」というワークショップの存在を知った。公式ページにはこう書かれている。

“「タニモク」は3人ないし4人1組で、参加者同士が目標を立てあうワークです。他人に話を聞いてもらい、質問してもらい、自由に目標を立ててもらう。その目標は自分の考えのワクを飛び越えた、新しい切り口を提供してくれます”

他人に目標を立ててもらうって、どういうことなのだろう。目標って自分で立てるものじゃないの? 疑問が浮かんだが、目標設定で悩んでいた私には、これが突破口になりそうな気がした。

そこで今回は、「タニモク」開発者の三石原士(みついしもとし)さんにお話を伺った。

三石 原士(みついし もとし)さん

大学卒業後、渡独。設計事務所にてキャリアをスタート。帰国後は、大手人材情報サービス会社を経て転職サービス「doda」の立ち上げメンバーとしてパーソルキャリア株式会社に入社する。2017年には3~4人1組でお互いに目標を立てあうワークショップ「タニモク」を開発。現在は、企業・官公庁・学校など、多くの組織で開催されている。

タニモク公式ページ:https://tani-moku.jp/

他人に目標を立ててもらうことの意義

――まず初めに、「タニモク」とはどんなワークショップなのか、詳しく教えてください。

「タニモク」とは、他人に目標を立ててもらうことをテーマにした、3〜4人1組で行うワークショップです。

やり方を簡単に説明すると、まず目標を立ててもらう「主人公」となる人が、今の悩みや現状を図にして他のメンバーに話します。他のメンバーは質問をすることで主人公の思いをさらに掘り下げていき、目標を提案します。最後は、主人公が他のメンバーから提案してもらった目標をヒントに、自分自身の目標を決める、という流れです。

一番重要なルールは、目標を提案するときに「私があなただったら」という枕詞をつけること。もしこの言葉がなければ、「〇〇さんはこうすべき」「あなたは〜したほうがいい」などのように、押し付けがましくなってしまいます。

でも、「私があなただったら」という言葉があるだけで、客観的かつ肯定的な提案になり、主人公にとっては一つの選択肢となる。そうすることで主人公はプレッシャーを感じることなく、前向きに目標を決めることができるんです。

――たしかに「私があなただったら」という言葉をかけてもらえるだけで、決定権は自分にあると思えますね。

さらにその枕詞は、目標を提案したメンバーにもメリットがあるんですよね。例えば「私だったら今の会社を辞めて転職する」と提案したとします。一見、大胆で無責任な発言に思えますが、その言葉には自分の潜在的な価値観が表れているんです。

人はどうしても自分に対しては慎重になりがちですが、他人に対しては冒険的な視点で考えられるようになります。「私だったら」と主観で伝えた言葉は、自分に対しても言えること。他人に言ったつもりが、自分を省みることにもなるんです。

――他人に目標を立てるときも、気づきがあるのですね。ちなみに、他人に目標を立ててもらうのは、自分で目標を立てるときと比べてどんな良さがあるのでしょう。

よく勘違いされるのですが、「タニモク」も最終的に目標を決めるのは自分自身で、他人からは目標を立てるための切り口をもらっているにすぎません。

それを前提にお話しすると、他人に目標を立ててもらうことの良さの一つは、自分の中にはなかった「言葉」をもらえることです。

一人で悶々と目標を考えていても、自分が知っている言葉の範囲内でしか表現できません。そうすると毎回同じ目標になってしまったり、自分のなりたい姿にピタッとはまる言葉が見つからず、曖昧なイメージしか描けなくなったりします。

――たしかに、私も目標を立てるとき、毎回同じ言葉を使っている気がします。

でも、他人から言葉を補完してもらうことで、曖昧だった自分の目標の定義が、より具体的で明瞭なものへと変わっていく。さらに、思いもしなかった言葉をもらうことで、選択肢も広がるのです。

僕が好きな言葉の一つに、「人の限界は、能力ではなく、想像力で決まる」というものがあります。つまり、目標や夢を実現できるかどうかは、なりたい姿のイメージをどこまで具体的な言葉に落とし込めるかで決まるということ。それだけ、ボキャブラリーがあるということは重要なんですよね。

――言葉がそんな力を持つとは思いませんでした。

もう一つの良さは、「話をちゃんと聞いてもらえること」です。以前行った調査では、「タニモク」への満足度が高い人ほど、その後の行動や意識が変わったと答えていました。それは当然の結果なのですが、その人たちは何に満足していたかというと、「良い目標を立ててもらえたから」ではなく、「話をちゃんと聞いてもらえたから」だったんですよね。

「タニモク」のワークショップで自分の話をしている時間は、合計するとわずか10分程度です。たったの10分、話を真剣に聞いてもらい、メンバーからの質問に答えていくだけで、自分の状況や思いが整理され、その後の行動や意識も前向きに変わる。逆に言えば、人に話を聞いてもらえない環境は、私たちが自分の将来を前向きに考える機会を減らしてしまっている、とも言えるのかもしれません。

――「タニモク」の本質は、人に話を聞いてもらうことでもあるのですね。

そして、他人に目標を立ててもらうことの一番の良さは、自分が無意識に作り上げていた枠を打ち壊すきっかけができること。「タニモク」のワークショップを見ていると、「こうしたほうがいいんだろうな」とうっすら考えていたのとまったく同じことを、他のメンバーにも言われるという場面がよくあります。

一人で考えていると、たとえ自分の中で「こうしたい」という思いがあっても、無意識に制限をかけ、諦めてしまいがちなんですよね。でも、他人から同じようなことを言われると、その考えに自信が持てるようになる。この後押しこそが、自らを囲っていた枠を取っ払うきっかけになるんです。

目標は変えてもいいし、失敗したっていい

――今まで多くの参加者を見てこられたなかで、目標設定に関する“よくあるつまずき”のようなものはありましたか?

完璧な目標を立てようと思うあまり、身動きがとれなくなってしまう方が非常に多いなと感じますね。

目標から逆算して考えるのは、「バックキャスティング」という考え方。「こういう自分になりたい」という明確な最終ゴールをまず設定して、そこから逆算して今やるべきことを決めていく方法です。ゴールまでの道のりがはっきりし、行動計画を立てやすいという面では良いのですが、その一方で、肝心の最終目標が決まらず、いつまでたっても最初の一歩が踏み出せなかったり、上司が変わった、異動になったといった想定外のことが起こると行動しにくいという状況に陥りやすいんです。

――学校や会社などで言われてきたのは、バックキャスティングの考え方だったかもしれません。

そうですよね。でも、よく考えてみると、最初に立てた目標を何の狂いもなく達成している人って、周りにあまりいないと思うんですよね。

というのも、キャリアとは上司の交代や部署異動、会社の業績、あるいはコロナ禍のような社会情勢など、自分でコントロールしきれない要素によってどんどん変わっていくものなんです。目標を立てたとしても、計画通りにいかないことが前提なんです。

――では、私たちはどう考えればいいのでしょうか?

そこで大事になるのが、「フォアキャスティング」という逆の思考法です。バックキャスティングがゴールを起点に考えるのに対し、フォアキャスティングは現状の環境を最大限活かして、おおまかな方向を定めて前進していく考え方。「タニモク」は、まさにフォアキャスティングの思考法を用いています。

「タニモク」で立ててもらうのは、あくまで仮目標です。途中で変えてもいいですし、会社の目標のように具体的な数値を使わなくてもかまいません。他人からもらった目標をヒントに、一旦、「1年後、どうなっていたいか」という仮の目標を立てたら、とりあえずその方向に向かうためのベビーステップ(小さな一歩)で行動してみる。誰かに相談するとか、気になるイベントを予約するとか、書店で本を買ってみるとか、誰でもできるようなハードルの低いもので大丈夫です。

肝心なのは、そのベビーステップを実行した後に、自分の心がどう動いたかを確かめること。もしワクワクしたのであれば、もう一度同じ方向性のベビーステップを試せばいいし、手応えを感じないのであれば、次のベビーステップは少し角度を変えてみればいい。そうやって小さな検証を繰り返していくうちに、ぼんやりしていた最終目標もだんだん明確になっていきますし、それを決めきっていなくても、気づいたら人生が大きく変わっていた、なんていうことも少なくありません。

――目標というと、決めたらそれに向かって突き進むという印象があって少し重荷に感じていましたが、フォアキャスティングやベビーステップの考え方なら少し気持ちが楽になりますね。

さらに、もし他人から提案された目標に対して、できるかどうかという不安を感じたとしても、ベビーステップであれば失敗してもリスクは小さいので、一歩が踏み出しやすいんですよ。「タニモク」のワークショップでは、よく「自分の枠組みを外すためにも、まずは騙されたと思ってやってみてください」と参加者の方に声をかけ、今日からできるようなベビーステップを立ててもらっています。 もちろん、バックキャスティングの考え方が悪いわけではありませんし、ある程度ベビーステップを重ねて方向性や最終目標が定まってきたら、逆算して目標を立てて行動することも有効です。ただ、今の社会には自分でコントロールできないことが多いからこそ、目標を柔軟に変えながら自分をより良くしていくという発想も大事だということはお伝えしたいですね。

――自分のワクワクする気持ちを大切にベビーステップを積み上げた結果、今までになかった自分が存在しうるということですね。

はい。そして、実は僕もその一人なんですよ。今は、多くの人の前で「タニモク」のファシリテーションを行っているのですが、もともとは人前で話すなんて苦手だと思っていました。

でも、「タニモク」が世に出始めた2017年ごろ、僕自身が仲間に目標を立ててもらっていた時に、「私だったら『タニモク』が認知され出したこの機会を利用して、ファシリテーションのスキルを身につける」と言われて。そんなこと考えてもみなかったのですが、とりあえず「1年後にファシリテーションができるようになっている」という目標を立て、騙されたと思ってやってみることにしたんです。

僕がまずやってみたベビーステップは、20人ほどの知り合いだけで「タニモク」のワークショップを開き、そこでファシリテーションに挑戦してみる、というものでした。お金をもらうわけでもないし、失敗しても謝って済むようなハードルの低いベビーステップだったからこそできたのだと思います。

実際にやってみると、意外と快感を覚えていることに気づいたんですよね。そこから、2回、3回と続けていくうちに規模もどんどん大きくなり、気づいたら学校や企業、自治体でファシリテーションをする自分がいました。

――「気づいたら、なりたかった自分になっていた」というのがまさに「タニモク」の醍醐味なのですね。最後に、三石さんの今後の目標を教えてください。

今まで「タニモク」でたくさんの方々を見てきて、どんな人にも人生をより良く生きる選択肢と可能性があるということを感じてきました。だからこれからも僕は、人が選択肢や可能性を広げられる機会を最大限に提供していきたいですね。 さまざまな目標を試した末に、僕がたどり着いた目標は、学校や自治体、企業など、どんな場所でも「『タニモク』やろうぜ」と気軽にワークが実施されている状態です。そういう状態を実現できれば、自分の可能性を開けて、はたらくを楽しむことができるひとがもっと増えると信じています。

「タニモク」は、会社の同僚や友人同士 3〜4人で集まって気軽に数時間で行うことができます。メンバーさえ集まれば、あとは場所と紙・ペンがあれば、すぐに始められます。

自分でメンバーを集めてやってみる:マニュアルを見る

イベントに参加してみる:イベント情報を見る

目標はきちんと立てて、達成しなければいけない。取材をする前は、そんなふうに自分を縛っていたけれど、取材後は「目標は柔軟に変えていいもの」という考えに変わり、心がだいぶ楽になった気がした。目標を立てるとき、未来のことをイメージするのも大事だけど、今の気持ちや今できることをもっと大切にして、小さく始めてみてもいいのかもしれない。その積み重ねが、想像もつかなかった自分に導いてくれると思うと、なんだかワクワクしてきた。

そして後日、実際に「タニモク」にも参加してみた。強く感じたのは、「タニモク」は自分の声に耳を傾ける時間だということ。人に話をじっくり聞いてもらったり、他人に「私だったら」と主観で目標を提案したりすることで、自分の奥底にある思いを再認識できたのだ。そんな自分の言葉に励まされ、翌日には早速ベビーステップを踏むこともできた。

本当は、やりたいことも、一歩踏み出す勇気も自分の中にあるのかもしれない。それに気づかせてくれ、背中を押してくれるのが”他人”の存在なのだと改めて感じた体験だった。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

企画・取材・執筆

上野彩希
ソラミドmado編集部

岡山出身。大学卒業後、SE、ホテルマンを経て、2021年からフリーランスのライターに。ジャンルは、パートナーシップ、生き方、働き方、子育てなど。趣味は、カフェ巡りと散歩。一児の母でもあり、現在働き方を模索中。

X:https://x.com/sakiueno1225

撮影

大舘 由斗

東京都在住。ある一枚の写真に魅せられてフォトグラファーの道へ。
スタジオ、アシスタントを経て東京を拠点にフリーランスで活動している。

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