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音と上手に付き合っていくために。働き者の聴覚を休ませてあげよう|認知心理学者・重野純

部屋の窓を開けると、車やバイクの音、人の話す声、足音、動物の鳴き声など、さまざまな音が聞こえてくる。パソコンやスマホを使えばいつでも音楽が聞けるし、テレビやラジオをつければひっきりなしに音が聞こえてくる。

あまり意識したことはなかったけれど、ぼくらは音の影響をものすごくたくさん受けているのではないだろうか。もう少し、どんな音を聞くか考えた方がいいだろうか。

つまるところ、音とどう付き合っていくといいのだろう。

そんな疑問から、青山学院大学名誉教授で、ことば・感情・音楽の認知心理学を専門とされている重野純先生にお話を伺うことにしました。

音を知覚する聴覚のこと、人にとって心地よい音と不快な音、適切な音との付き合い方など解説してくれています。ぜひこの機会にご自身を取り巻く音に対して、意識し直してみてください。

聴覚器官は働き者

ーー人間は音からたくさんの影響を受けていると感じているのですが、実際はどうなんでしょうか?

人間は五感と呼ばれる基本的な5種類の感覚をはじめ、少なくとも9つの感覚をもっていると言われています。また人間が得る全情報量を100としたとき、視覚は80%ほどを、聴覚は10%ほどを担っているとも言われています。

したがって、人間は視覚を中心に生きている動物なんです。

でも、たった10%ほどしかない聴覚もさまざまな働きをしています。聴覚があることで私たちは、他者と円滑なコミュニケーションが行えますし、音楽を楽しむこともできます。

それから真っ暗なところでも音がすれば、人がいることやものがあることを認識することもできますよね。

過去に18歳から28歳の初対面の男女32名を対象に行った実験では「BGMが流れている場所で会話をすると、BGMがないときに比べて、異性の話し相手に対する好感度が上がる」という傾向が認められました。

そういった多大な影響を私たちは音から受けているんです。また、聴覚はとても働き者なんですよ。

ーー働き者?

視覚の場合は、目をつぶれば情報を遮断できますが、聴覚の場合は耳を動かして閉じることはできませんよね。耳栓やイヤホンをしたとしても、頭蓋骨などの骨を通して音は伝わってきます。

音は常に入ってくる刺激であり、聴覚は休まずに働き続けているんです。

それに、生まれる前から聴覚は働き出しているとも言われています。お腹の赤ちゃんに音楽を聞かせたり、絵本を読み聞かせたりする「胎教」というものがありますが、人間は生まれる前から音を聞き続けているんですね。

ーー寝ているときも聴覚は働いているんですか?

脳は眠っているので「聞いている」という意識はないのですが、音は常に聞こえています。物音やアラームで起きるのは、聴覚が働き続けている証拠ですね。

また、無響室という限りなく音が反響しない部屋があるのですが、そこでも無音というわけではありません。どんな場所でも、どんなときでも、聴覚が働いていない瞬間はないと言ってもいいと思います。

人にとって、心地よい音と不快な音

ーー好きな音楽を聴いていると、心が癒される感覚があります。心地よい音にはどのような特徴があるのでしょうか?

音に限らず、一般的によく言われるのは「1/fゆらぎ」ですね。

「1/fゆらぎ」とは、不規則的なものと規則的なもののどちらの要素も程よく兼ね備えているものを指します。たとえば、ろうそくの火や焚き火を見ていると心が落ち着くと思うのですが、これにも「1/fゆらぎ」が関わっているんです。

音で言えば、波の音や小鳥のさえずり、風にそよぐ木々の音、小川のせせらぎなどの多くの自然の音は「1/fゆらぎ」を示しますし、モーツァルトを代表とする多くのクラシック音楽も「1/fゆらぎ」を有しています。

ーー自然の音が人にとって心地よい音であるというのは、なんだか不思議ですね。

これも不思議なんですが、聞こえない音で「超音波」と言われる周波数が2万Hz(ヘルツ)以上の音波も、人間にはプラスの影響を与えると言われています。

たとえば、レコード。CDや配信音源よりも「レコードの音にはあたたかみがある」という人がいますよね。これはCDや配信音源でカットされている超音波がレコードには含まれているためと考えられています。

また実際のコンサートではレコードよりも高い音波が出ていて、「ライブに勝るものはない」という人がいるのも超音波が関係していると言えるんです。

超音波検査や超音波治療というものがあるように、医療の分野でも超音波が活用されていたりもしますね。

ーー聞こえない音の影響も受けているんですね。反対に、不快に感じる音にはどのような特徴があるんですか?

一般的に人間が不快に感じる音は騒音と呼ばれていますが、物理的な定義と心理的な定義があります。

物理的な定義では、波形が乱雑で振幅が非常に不規則に変わる音のことを指し、心理的な定義では、物理的な定義に当てはまっていなくても人が嫌だと思った音のことを指します。

つまり、人によって騒音と感じるかどうかは変わってくるということです。

たとえば、バイクの音がうるさいなと思う人は多いかもしれませんが、バイクが好きな人や、恋人が迎えに来てくれたときのバイクの音は不快に思わない人もいますよね。

音楽でも同じことが言えて、先ほどクラシック音楽は心地の良い音の例として挙げましたけど、嫌いな人にとっては騒音になってしまうこともあるんです。

ーーどんなに心地よい音であっても、人によっては騒音になり得る可能性もあるんですね。

どんなに多くの人がうるさいと思うような音でも好きな人もいますし、どんなに心地よい音だと言われても嫌だと感じる人もいます。一概にこの音は良い、この音は悪いとは言い切れないんですね。

だから自分が心地よいと感じる音を聞いていただくのが一番だと思います。人から勧められたものを聞いてもしっくりこないなら、その人にとっての良い音とは言えないですから。

どんな音を聞くかよりも、大きな音で聞きすぎないということに気をつけてもらいたいですね。

聴覚は再生できない消耗品

ーー日常生活でそれほど大きい音を聞いている感覚はあまりなかったです。

そもそも昔に比べると、大きな音が出せるものが格段に増えたんですよ。

電気がなかった時代は、それほど大きな音も出せませんでした。しかし文明が進化したことで、電子機器や車、電車、飛行機、楽器など非常に大きな音を出せるものがどんどん増えてきています。

一方で人間の身体は、昔と比べれば多少は体格が良くなった部分もありますが、ほとんど進化していません。文明の進化に人間は追いついていないわけです。

私たちの耳も同じで、大して進化していないので、大きな負荷がかかっているんです。だから若くても難聴になる人が最近増えているんですよ。

ーー働き者でただでさえ負荷のかかっている聴覚に、さらに負荷をかけるようになっているわけですね。

耳は外耳、中耳、内耳の3つに分かれています。音は外耳を通って鼓膜を振動させ、その振動は中耳の耳小骨を経て内耳に伝えられます。

内耳にはカタツムリのような形をしている蝸牛という器官があり、その中に音の振動を電気信号に変えて脳に伝える有毛細胞というものがあるのですが、あまりに大きな音を聞き続けたりすると有毛細胞が壊れてしまい、音を感じ取りにくくなってしまうんです。

また有毛細胞は中耳に近い方から順に高い音を処理し、奥に行くほど低い音を処理します。より多くの音が通る中耳に近いところの有毛細胞の方が壊れやすいため、難聴の症状として高い音が聞きづらくなることが多いわけです。

ーーヘッドホンやイヤホンも難聴の原因としてよく挙げられますよね。

ヘッドホン(イヤホン)難聴という呼び方をします。耳の中に直接音が届くので、有毛細胞を傷つけやすいんです。

スピーカーだと音は色々なところに反射してから耳に入ってくるので、そこまで大きな音ではない限り有毛細胞への影響は少ないと思います。

ただ有毛細胞は加齢と共に壊れていきますし、一度壊れてしまうと再生することができません。

そのため大事なのは、聴覚は消耗品であるという認識を持つことですね。お金をたくさん使ったら節約しようと思うじゃないですか。

耳も同じように考えて、ライブに行ったり、イヤホンで音楽を楽しんだりしたあとは、できる限り静かな空間で過ごして耳を休ませてもらえたらと思います。

音は人間関係や生活を豊かにするものでもある

ーーこれまで目を休ませようと思ったことはあっても、耳を休ませようと思ったことはありませんでした。

普段何気なくいろいろな音を聞いているので、負担になっていると気づけないんですよね。でも少し意識してもらえたら、どれだけ多くの音を聞いているかわかると思います。

古い情報ですけど、1962年にスーダンのマバーン族という人たちの聴力とアメリカの都会に住む人たちの聴力を比較調査した研究があります。当時のマバーン族は鉄砲も太鼓も使わず静かに暮らしていた部族でした。

調査の結果、マバーン族の70代の人はアメリカ人の20代の人と同じぐらいの聴力があることがわかったんです。静かに暮らしていれば聴力はある程度維持できるんですね。

ーーとはいえ、電子機器や車、電車、飛行機、楽器などは、現代人にとって切っても切れないものかなと思います。

そうですね。生活に必要なものだから、仕方がないことだと思います。

それに仕事や勉強をするときに人によってはBGMがあった方が集中できるという人もいますよね。そういう人のことを「スクリーナー」、その逆で静かな方が集中できる人のことを「ノンスクリーナー」と言います。

スクリーナーの人に静かな時間を作ってくださいといっても難しい場合もあるので、せめてBGMの音量を大きくしないで、スピーカーで聞くことを意識してもらえたらと思います。

ーー聴覚を維持していくことの重要性はどういったところにあると思いますか?

難聴になれば人とのコミュニケーションが取りづらくなって、引きこもりになったり、認知症になってしまったりする人もいます。自然界の音も聞こえづらくなる可能性がありますね。

また難聴までいかずとも、高い音が聞こえなくなってくると、音楽を楽しめなくなるんですよ。同じ音楽を聞いても、若いときほど感動を覚えないという人がいますけど、高い音の成分が聞こえなくなっている可能性があるんです。

ーーそれまで楽しめていたものが楽しめなくなるのはつらいですね。

音はそういう人間関係や生活を豊かにするものでもあるので、聴覚を大切にすることは非常に大事です。働き者の聴覚を少しぐらい労わる意識を持ってもらえたらと思います。

ーー自分を取り巻く音について思いを馳せることがほとんどなかったのですが、重野先生のお話を聞いてもう少し意識を向けてみようと思いました。好きな音や音楽を聞いて心を癒しつつ、音の大きさには注意します。ありがとうございました!

重野 純(しげの すみ)
認知心理学者/青山学院大学名誉教授/サウンドワールド研究所所長

東京都生まれ。東京大学文学部心理学科卒業、同大学院博士課程修了、文学博士。専門は、ことば・感情・音楽の認知心理学。主要著訳書に「心理学入門(改訂版)」(北樹出版、1990)、「聴覚・ことば」(新曜社、2006)、 「言語とこころ」(編著、新曜社、2010)、「音の世界の心理学〔第2版〕」(ナカニシヤ出版、2014)、「本心は顔より声に出る」(新曜社、2020)、「心理言語学」 D. マクニール(共訳)(サイエンス社、1990)、「外国語はなぜなかなか身につかないか」(翻訳)(新曜社、2000)など。

ソラミドmadoについて

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ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

執筆

佐藤純平
ソラミド編集部

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu

撮影

橋野貴洋
フォトグラファー

大阪在住。フリーランスで、コーチングやカメラマンなど関わる裾野を広げています。自分がご機嫌でいられる生き方を模索中。多様な在り方を受け止め、一緒に考えられる人でいたい。

Twitter:https://twitter.com/hashinon12

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