CATEGORY
POWERED BY
SKYBABIES
SKYBABIES

作品を観る時間は、自分自身を観る時間。村上静香さんと考える“自然体で生きる”ためのアート鑑賞

忙しい日々のなかで、何か新しいことに出会いたい気持ちはあるけれど、これといったきっかけが見つからない。そんなふうに感じることはありませんか?

アートもそのひとつ。興味はあるけれど、「なんだか敷居が高い」「自分には縁がない気がする」と、少し距離を感じてしまう人も多いかもしれません。

けれど、アートを「正しく理解する」必要は本当にあるのでしょうか。

作品を前にして浮かんだ気持ちや、ふと引っかかった違和感。そこに正解や不正解はなく、「自分はこう感じた」という感覚そのものが、実はとても大切なものなのかもしれません。

村上静香さんが主宰する「大人のやさしいアートゼミ」は、そんな“わからなさ”を抱えたままでも、安心してアートと向き合える場所です。作品を介して自分の感じ方を言葉にし、他者と分かち合う。その時間は、知らず知らずのうちに自分の内側を整え、自然体の自分を取り戻していくプロセスにもつながっているように感じます。

本記事では、村上さんの活動を通して、アート鑑賞が私たちの暮らしや心にどんな変化をもたらすのか、「自然体で生きる」ためのヒントを探っていきます。

村上静香さん
大人のやさしいアートゼミ主宰/株式会社KYTE代表
愛知県豊橋市出身。法政大学国際文化学部卒業。大学時代にアートと出会い国内外で多くの作品を見ながら、アートと社会の関係性を学ぶ。卒業後は大手デベロッパー、空間デザイン会社や人材系ベンチャーなどで広報PRを担当。
2022年に「大人のやさしいアートゼミ」を立ち上げ。同年京都芸術大学アートコミュニケーション研究センターにて対話型鑑賞ファシリテーション講座を受講。2023年に株式会社KYTEを設立。
https://www.instagram.com/shizuka.mrkm

大人のやさしいアートゼミ
「大人のやさしいアートゼミ」は、アート作品を見て感じたことを、自分の言葉で語り合いながら鑑賞することで、視点の柔らかさや多様な価値観に触れる時間を提供するプログラム。オンラインでの対話型鑑賞セッションから美術館での鑑賞会、約2ヶ月間にわたる世界史×美術史の連続講座、企業向けの研修プログラムまで、幅広いスタイルでアート鑑賞の機会を提供している。
https://www.otona-art.jp/

「一緒に観る」楽しさから生まれたアートゼミの原点

──村上さんが「大人のやさしいアートゼミ」の活動を始めるまでの経緯はどんなものだったんでしょうか? 

私自身、大学生の頃からずっとアートが好きで。大学のゼミでは、アートと社会のつながりを考えるようなテーマを学んでいました。友人ともよく美術館に行っていましたね。

美術館って一人で行くこともできますけど、私は仲の良い人と一緒に行くことが多かったんです。鑑賞し終えた後に「どれが好きだった?」などの感想をシェアしあうと、「この人にはこんなふうに見えるんだ」とか、「ここに惹かれるんだ」なんて、自分とはまったく違う視点に驚かされることが何度もありました。それがとにかく楽しかったんですよね。

そういった経験の積み重ねから、自分がアートから受け取ってきたものとか、広がった世界っていうのがすごくあって。だけど周りを見ていると、アートの鑑賞をあまり楽しめていない人が多いんじゃないかと感じることがありました。そもそも敷居の高さを感じていたり、いざ鑑賞しても自分の心の動きを感じ取ることに慣れていなかったり……。

たとえばリンゴの絵があったとして、ぱっと見て「あ、リンゴだね」で終わっちゃうと、もったいないなって。どんな筆のタッチで描いたのかなとか、影に目を向けてこれはどんな時間帯なんだろうと想像していくと見える世界がどんどん変わっていくし、本当に面白いんですよね。だからアートをもっと気軽に楽しめる人が増えたらいいのにな、という気持ちをずっと持っていました。

とはいえ、私自身「アートを仕事にしたい」「もっと気軽に楽しめるものにしたい」と思ったものの、なかなか形にできなくて。「どうしたらいいんだろう」と模索していた時期も長かったです。

──その後、どんなきっかけで活動をスタートできたんですか?

背中を押してくれた人がいたんです。「村上さんと一緒に美術館に行くだけでも、きっとみんな楽しいんじゃない?」という言葉をもらったのが、大きなきっかけになりました。「あなたと一緒に美術館に行って、ちょっと解説を聞いたり、そのあと感想を喋ったりするだけでも、そういう機会を持っていない人は多いから、きっと楽しんでくれると思うよ」――そんな意図の言葉だったんじゃないかな、と思います。それから、みんなで一緒に美術館に行くという活動を少しずつ始めて、今の「大人のやさしいアートゼミ」へとつながっていきました。

「どれが好き?」から違いに出会い、理解が生まれる

──アートゼミでは、どんな“対話”が行われるのでしょうか?

たとえば、美術館での鑑賞会では、展覧会を見たあとで一杯飲みながら感想を語り合います。そこではシンプルに「どの作品が一番のお気に入りでしたか」、そして「それはなぜですか」という問いを投げかけるんです。その答えを聞くと、やっぱり人によって視点が全然違うんですよね。その人らしさが滲み出てくるところが、すごく面白い。人物に感情移入する人もいれば、純粋に「色や形がユニーク」と惹かれる人もいます。

──いろんな人の意見や感想を聞いていると、「自分も話していいんだ」と、自分自身の考えや気持ちもどんどん話しやすくなっていきそうですね。

そうなんです。親しい間柄でも実は、何かについて深く語り合ったり、自分の内面をさらけ出すのって、ちょっとハードルが高かったり、恥ずかしかったりしますよね。でもアートを一緒に鑑賞すると、「この人って、こういうことを大事にしているんだな」とか、その人の価値観や内面が自然と見えてきます。だから、自己開示をするための“土台づくり”として、すごくいいなと思うんです。初対面の人同士でも、意外と深いところまで話せたり、つながりが生まれたりする。その良さは、やっていて本当に強く感じますね。

それから、セッションの中では、作品の詳しい説明は基本的にほとんどしません。誰の作品で、どういうアーティストなのか、という最低限の情報は簡単に伝えますが、それ以上はあまり踏み込まないようにしています。

──それは、なぜでしょう?

アートには正解がないんですよね。作者の意図はあるかもしれないけれど、「こう見なきゃいけない」という決まりはありません。鑑賞する側が、この人はどんな感情なんだろう、どんな状況なんだろう、と観察から読み取って物語を考えていくんです。昔見たことがある絵でも、自分の状況が違えば、見え方や解釈まったく変わったりもします。一緒に見る相手の言葉を聞いて、また見え方が変わったり。だからこそ自分が見ている世界や価値観がすごく表れやすいんじゃないかな、と思っています。

あとは、「自分の見方がこんなに偏っていたことに気づいた」という声も、よく聞きます。

この体験自体が、すごく大事ですよね。「自分が見えているものは正しくて、みんなも同じものを見ているはず」と思い込んでしまうと、すれ違いが起きやすい。「一人ひとり、見えているものも考えていることも違う」と自覚すれば、相互理解や対話の重要さを認識できます。それもあって「大人のアートゼミ」は、企業の研修プログラムやチームビルディングとしてもご依頼をいただくことが多いんですよ。

──そうなんですね! 確かに、人の意見を耳にして初めて”自分の偏り”に気づくことも多いですよね。

それぞれの物の見方に“偏り”があるのって、当たり前なんです。だって、自分の目で何十年も世の中を見てきているわけだから。そして私は、その偏りこそが、一人ひとりにとっての大きな強みだとも思っているんです。自分の経験をもとに見えてくるものって、その人だけの視点だし、考え方なんですよね。そういう“偏り”を強みとして伸ばしていくためにも、人との違いを知ることはとても意味があると考えています。

対話型鑑賞がもたらす、ものの見方の変化

──これまでに印象に残っている参加者さんの声などはありますか?

頻繁に参加してくれていた方に、「参加を続けてみてどんな変化がありましたか?」と聞いたときに、面白いことを話してくれました。

その方は、「自分はこれまで、出来事に対しても、人に対しても、すぐにジャッジを下してしまうタイプだった」と言っていて。何かが起きたときに、「この人はこうだからダメだ」とか、「合う・合わない」をすぐに決めつけてしまっていたそうなんです。

でも、いろんな角度からアートへの解釈を深めるうちに、人との向き合い方も変わった、と話してくれました。「今はこういう状況だけれど、もしかしたらこんな事情があるのかもしれない」「もう少しちゃんと話してみようかな」など。すぐに答えを出すのではなく、保留しながら他者の立場に寄り添えるようになったというのが、すごく印象的でしたね。

──村上さんご自身も、学生時代からアート鑑賞を続けるなかで、何かご自身の変化を感じることなどはあったのでしょうか。

対話型鑑賞のファシリテーションを学ぶ社会人向けプログラムに通ったことは、ひとつの変化のきっかけだったかもしれません。

対話型鑑賞とは、作品を前にして見えたものや感じたことを言葉にし、参加者同士で対話しながら味わっていく方法です。知識や正解を求めるのではなく、「自分はどう感じたか」を大切にします。まさに、「大人のアートゼミ」で軸としている鑑賞方法ですね。

正直、以前の私はピンとくる作品もあれば、全然こない作品もある、という感じでした。でも対話型鑑賞を学んで作品をより深く、多角的な視点で鑑賞できるようになってからは、アートから受け取れるメッセージがすごく増えた感覚があります。自分の中で、作品と自分がつながりやすくなった、という感覚でしょうか。

たとえば、「今の自分、こんなに不安なんだな」とか、「目の前のことを見ていなくて、遠くばかり見ているな」とか。そういう自分自身の状態に、アート鑑賞を通して気づくことも増えました。

わかりにくいものと向き合う時間が、自然体をつくる

──さきほども、「同じ作品でも自分の状況が違えば見え方がまったく変わることがある」とおっしゃっていましたね。アートを通じて初めて自覚する自分の内面もあるのは面白いですね。

今って、わかりやすいものが求められる時代じゃないですか。情報はどんどん短くなっているし、起承転結がわかりやすいものが好まれる。でもアートって基本的にすごくわかりにくいし、ぱっと見ただけでは理解できないものも多いと思うんです。そういう意味では、効率がいいとは言い難い。

でも、わかりにくいものに向き合うことでしか見つけられないものや、受け取れないメッセージって、やっぱりあると思っていて。ロジックで検討して、すぐに答えを出せる人からすれば、「これは何なんだろう?」とみんなでモヤモヤしながら時間をかけて何かと向き合うのって、頭の使い方がまったく違うんですよね。だから「大人のアートゼミ」でのセッションの時間がリフレッシュやリラックスになる、と言ってくれる方も多いです。

──わかりにくいものに向き合う時間。最近ではAIなどの進化もあってインプットもアウトプットも時間をかけずにできてしまうので、なかなかそういった機会は減っていますよね。

AIは便利なので私も使うことがありますが、使いすぎると本当に頭を使わなくなるな……という危うさも感じています。スピードは上がるけど、その先に何があるんだろう、って。消費するだけになってしまうのはもったいないし、ちょっと怖いと思うんです。

アートを20分、30分じっくり鑑賞することは、正解のないものについて自分の頭で考える機会になる。自分にはどう見えているんだろう、どう感じているんだろう、と立ち止まる瞬間。じっくり見て感じて、考えて、自分の感情に目を向ける時間ですよね。

そういった時間を過ごすことで、「自分はどんな暮らしがしたいんだろう」とか、「本当はこういう働き方がしたいのかも」とか、大事にしたいものがふっと見えてくるように思います。

──やっぱり、じっくりと自分の頭を使って考えてこそ見えるもの、得られるものがあるということですね。では最後に、そうやってアート鑑賞を通じてご自身の内面とも向き合ってきた村上さんにとっての“自然体”をお聞かせいただけますか?

自分自身の“自然体”について考えたとき、私にとっては「軽やかでいること」が結構大事なんだろうなって思いました。

というのも、自分は「こうありたい」とか「自分はこれだ」みたいな強い軸を、そんなに持っていなくて。人と話したり、触れ合ったりする中で影響を受けて、逆に自分も何かしら影響を与えて、そのやりとりの中で、自分の輪郭が少しずつ見えてきたり、変化していく、みたいな感覚が好きなんです。

──まさに「大人のアートゼミ」での対話型鑑賞を通して、村上さんもご自身のあり方にさまざまな影響を受けているのですね。

そうなんです。だから、これからも自分の強いこだわりを持つというよりは、出会う人と影響し合いながら、軽やかに変化していきたい。それが今の自分にとっては、いちばん自然体なことなんだなって思います。


アート鑑賞というとどこか特別な時間のように感じてしまうけれど、村上さんのお話を聞いていると、それは決して敷居の高いものではないのだと気づかされます。

正解を探さなくていいこと。“わからない”を面白がっていいこと。そして、「自分はこう感じた」と言っていいこと。そのひとつひとつが、忙しい日常のなかで置き去りにしてきた感覚を、そっと呼び戻してくれるように思いました。

作品を観る時間は、同時に自分自身を観る時間でもあります。

軽やかに揺れ動きながら、人と影響し合い、そのときどきの自分に気づいていく。そんなあり方を肯定してくれるのが、「大人のやさしいアートゼミ」での対話型鑑賞なのかもしれません。

もし今、自分自身を見つめてみたい気持ちがあるなら、まずは何かをじっくりと観てみるところから始めてもいいのではないでしょうか。

読者アンケート実施中

感想や印象に残った言葉、取材してほしい人やテーマなど、ぜひみなさんの声をお聞かせください。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の考えを発信しています。各種SNSでも情報を発信中。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。

Instagram / note / X

取材

貝津美里

生き方を伝えるライター・編集者
1996年生まれ。“人の生き方の選択肢を広げたい”という想いでライターになる。女性の生き方・働き方・ジェンダー・フェミニズムを中心に、企業のコンテンツ制作やメディア寄稿、本の執筆を手掛けています。埼玉県と新潟県糸魚川市の二拠点生活をしながら、海外にもよく行きます。柴犬好き。
プロフィール:https://lit.link/misatonoikikata

執筆

笹沼杏佳
ソラミドmado編集部

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。

撮影

飯塚麻美
ソラミドmado編集部

フォトグラファー / ディレクター。東京と岩手を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身。旅・暮らし・人物撮影を得意分野とする。2022年よりスカイベイビーズに参加。
https://asamiiizuka.com/

注目記事