「女として、男としてこうすべき」「家族とはこうあるべき」「母としてこうすべき」
そんな固定観念にしばられずに、自分らしい選択がしたい、大切な人と共に生きたい。
そう願う全ての人たちにお届けする、連載『ジェンダーの“mado』。
私(編集部・貝津)もまさに、「わからないけど話してみたい」と思っているひとり。それならばまず、いろんな方と対話することから始めてみようと連載を立ち上げました。
この連載では、日々の“モヤモヤ”を出発点に、ジェンダーの専門家や実践者の“生き方”に耳を傾けながら自然体な生き方を探究していきます。
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今回お話を伺ったのは、ジェンダーやセクシュアリティについて、読者の実体験をもとにしたマンガやイラストで発信を続けるメディア『パレットーク』編集部のみなさん。
私自身も日頃から、読者の一人としてモヤモヤの正体に気づいたり、新しい視点や学びをもらってきました。
ふと読んでいるうちに、気持ちが少し軽くなる——その理由はどこにあるのか。
インタビューを通して浮かび上がってきたのは、さまざまな視点を“そっと差し出す”という、パレットークのあり方でした。
一人ひとり違う人生があること。言葉にしきれない感情に、名前をつけること。そして、ときに湧き上がる怒りさえも否定せず、「そのままでいいんだよ」と背中を押すこと。
SNSという気軽な入り口から、その先のつながりや行動へ——。やわらかく、それでいて確かな意思を持って発信を続ける編集部の3人に、運営の裏側にある想いを伺いました。
<今回お話を伺った人>

1992年生まれ。株式会社TIEWAの設立者として「ジェンダー平等の実現」など社会課題をテーマとした事業を行う。広告制作からワークショップまで、クリエイティブの力で社会課題と企業課題の交差点になるようなコンサルティングを行う傍ら、ジェンダーやダイバーシティについてマンガでわかるメディア「パレットーク」編集長をつとめる。

パレットーク編集部メンバーで主にマンガを担当。ジェンダー・フェミニズムを勉強中で、ものづくりをするオタクとして自分のセクシュアリティに沿った創作活動、発信も行う。

パレットーク編集部メンバーで主にライティング・編集を担当。ジェンダー・セクシュアリティをとりまくさまざまなトピックに関心を寄せながら、イベントの運営やZINE制作、選書フェアの企画など、ゆるやかに活動している。
ジェンダーは、わかりにくい?話しづらい?
───ジェンダーと聞くと「ちょっと身構えてしまう」「なんだか話しづらい」と感じる方も、まだ少なくないのかなと感じています。お三方はメディアを運営しながら、届け方に難しさを感じることはありますか?

ジェンダーって、本当は人権、生活、政治……いろんなことにつながっているテーマなんですよね。でも、いざ言葉で説明されると、「難しそうだな」とか「自分には関係ないかも」と、少し距離を置いてしまう人も多いように思います。

カタカナや漢字が並ぶ用語も多いですしね。私自身も専門的に学ぶなかで「日常生活で使う言葉とは距離があるな」と感じていました。友だちに話そうとしてもうまく伝わらないことがあって……。
でも、普段の言葉に言い換えてみると「それ、わかる!」って共感してもらえることも多いんです。
ジェンダーやセクシュアリティって、日常のあらゆることとつながっているテーマだからこそ、その距離のズレにもどかしさを感じます。

実際、数年前はパレットークにも「なんで政治的な話をするんですか?」とか「難しくてよくわからないです」といったコメントをいただくこともありました。
ジェンダーと政治はつながっているけれど、「イメージしづらい」と感じる方がいるのも事実です。


だからこそ、そういう声も大切にしながら、「どうしたらもっと親しみやすく、自分ごととして受け取ってもらえるか」を考えて発信しています。
絵と文字のバランスを工夫したり、いろんな立場の視点を取り入れたり。
マンガ1ページを作成するのにも、試行錯誤しながら続けていますね。
個人の実体験を、物語に“翻訳”して届ける
───いろんな発信方法がある中で、なぜ読者の実体験をもとにしたマンガやイラストで発信をし続けているのでしょう?

誰かの実体験として描かれていると、「こういう人もいるんだな」って、ふと想像が広がる瞬間があると思うんです。
頭で理解しようとすると難しいことも、物語だとすっと入ってくることもありますよね。

マンガって、疲れているときでも読める気軽なものじゃないですか。そういう身近さの中で「なんとなく読んでみたら、ちょっと役に立ったな」って思ってもらえたら嬉しいです。

今でも心に残っている出来事があって。
以前、「自分の気持ちを言葉にしてもらえた気がして、モヤモヤが晴れました。生きてていいんだと思えました」という感想をいただいたことがありました。
すごく嬉しかったと同時に、物語の力を深く実感した瞬間でしたね。
マンガを読んで、自分の中の当たり前が揺らいだり、見える世界がほんの少し広がったり。そんなきっかけを届けられたらいいなと思っています。


誰かを傷つけようとして傷つけている人ってそんなに多くないと思っていて。「知らなかった」とか「そんなつもりじゃなかった」とか。
だからこそ、マンガを通して他の人の人生を少し覗いてみることで、考え方や行動が少し変わる人がいたら嬉しいです。結果的に、傷つく人が減ったり、誰かの生きづらさが少しでも和らいだらいいですよね。

そういう意味でも、パレットークの発信は、ある種の「翻訳」だと思っています。
人って、自分の人生しか経験できないからこそ、他の人の視点に触れる機会ってすごく大切だと思うんです。
マンガは気軽に読める一方で、自分だけでは見られなかった景色に連れて行ってくれる。その力強さも、魅力の一つだと感じています。
「10人いたら、10人の人生がある」という前提を大事にする

───多様なセクシュアリティや立場に置かれている人の実体験を届ける上で、メディアとして大切にしている価値観についても教えてください。

同じセクシュアリティでも、それぞれの背景や感じ方は、とても多様ですよね。
同じアイデンティティを持つ、様々な人物を多角的に描くことで、はじめて社会の実態に近づけることができると思っているので、意識しています。

最近は「男性特権」という言葉もよく聞くようになりましたよね。もちろん、家父長制が今も根強いこの社会では、まだまだ男性が「基準」とされている場面が多くあります。
ただし、「男性」の中にも、性的指向や民族的ルーツ、障害の有無など、いろんな立場・属性をもつ人が含まれている。だから、ひとまとめに語ることが難しいのも事実です。


誰かを悪者にするというより、「こういう考え方もあるかも」「こんな視点もあるかも」と、そっと差し出すような発信をしていきたい。そのスタンスが、パレットークの核になっている気がします。

SNSってどうしても言い切ったほうが広がりやすいじゃないですか。でもLGBTQ+やフェミニズムって、すごくグラデーションのあるテーマなので、その意味では相性の難しさも感じますね。
文字数が限られてしまうSNSだけでなく、言葉を尽くして、ゆっくり時間をかけて話していきたいテーマだと思います。

SNSでいろいろな意見が飛び交うこともありますが、その背景のひとつに、ジェンダーやセクシュアリティが白黒はっきり分けられるものではなく、揺れ動くこともあるのだということが、まだ十分に知られていないからかもしれないと感じることもあります。

そういうときは、もっと前提知識を伝えたほうが分かりやすかったかもしれない。などと、振り返りますね。
たとえば意図しない反応が大きかったときも次の伝え方へのヒントとして受け取れるように、体制やメンタルを準備するのも大切だと考えています。

ある意味、次の企画のネタとして昇華していく感覚に近いかもしれません。どんなコメントであっても「じゃあ次にどう活かせるかな」と考えることが多いです。

社会の流れに目を配りながら、読者の声にも耳を傾ける。そして、自分と社会の間に適切な距離を保つために、ちゃんとバウンダリー(境界線)も引く。
その両立があってこそ、多様な人にひらかれたメディア運営につながると考えています。
「怒ってもいい」と背中を押すメディア

───フェミニズムは怒りの感情とも隣り合わせのテーマだと思います。怒りとの向き合い方で、意識していることはありますか?

こうした課題を前に進めてきた歴史を見ても、「怒り」は大切なキーワードだと思っています。「声を上げてもいい」「怒ってもいい」と伝えることも含めて、パレットークの役割の一つだなと。
世の中には、繰り返しの差別や理不尽さに、怒りを抱えている人もたくさんいます。その怒りの正当性が、今までその問題を考えたことがなかった人にも伝わるようにと、意識して書くことも多いです。

怒っているときって、自分でも戸惑うことがあると思うんです。
どう伝えたらいいのかわからなかったり、「なんでこんなに怒ってるんだろう」って整理できなかったり。
だからこそ「その怒りは間違ってないよ」と、そっと背中を押せるようなマンガを届けたい。それはずっと、大切にしていることです。

パレットークは「それ、言ってくれてありがとう」とか「ずっとモヤモヤしてたけど、それが言いたかったんだよね」っていう声をいただくことも多くて。
「感情の言語化」をお手伝いするメディアでもあるのかなと。読者の中にある怒りや違和感を、いろんな立場の人にも伝わる形にして届けている、そんな感覚がありますね。

怒りを大事にするという意味では、編集部の中で自分たちの感情をそのまま吐き出す時間も大事にしているんですよ。
「これはひどいよね」って率直に話したり。怒りもエネルギーのひとつなので。

そのうえで、私たちは“伝え方のプロ”として、どうすればより届くのかをいろんな角度から考え、コンテンツを作り続けています。
怒りに寄り添うことと、伝え方に責任とプライドを持つこと。その両方を大事にしたいと考えています。
必要以上に孤独にならないために。つながりも届けていきたい

───今後、パレットークとして力を入れていきたいことはありますか?

人が集まれる場所が必要だと思うんです。オンラインでもオフラインでもいいんですけど、自分が望んでいる以上に孤独でい続けることは、できるだけ避けられたらいいなって。
これは、自分のこれまでの経験の中で感じてきたことでもあって。LGBTQ+やフェミニズムというテーマがあったからこそ出会えた仲間もいますし、共感し合えたり、安心して話し合えたりする関係は、私にとって本当に大きな支えでした。
パレットークをはじめてよかったなと思う一番の理由も、そうした仲間に出会えたことです。
───私もパレットーク主催のイベントに参加して、実は初めてフェミニストの友達ができました。自分の気持ちを嘘なく話せる仲間ができたことで、生きるのがずっと楽になって、参加して良かったと感じています。

わあ。そういう話を聞けると、本当に嬉しいです。

そうですね。パレットークはSNSから始まりましたが、そこで完結させないことも大切にしています。
パレットークの発信はあくまできっかけで、その先にある気づきやつながりも大切にしてほしい。だからこそ、他の活動や団体、本なども紹介しながら、「ここから先もあるよ」と橋渡しするような発信を模索していきたいですね。

SNSは気軽に触れられる入口ですが、見ているのは現実を生きている私たち自身です。
だからこそ、マンガを読んで「いいな」と思ったことがあれば、小さくても行動に移してみてほしい。その一歩のきっかけをつくることも、パレットークの役割だと考えています。
フェミニズムをはじめとする人権問題に関わるアクションにはさまざまな手法があり、「すべての人にとっての普遍的な正解」があるわけではないと思っています。
それぞれができる形で関わっていける、その広がりを大切にできたらいいですよね。
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まだ恐る恐る、フェミニズムに触れ始めたばかりの頃、仲間が欲しいと勇気を出して足を運んだのが、パレットーク主催のイベントでした。
イベントの終わりに思い切って感想を伝えに行ったところ、
「思っている以上に、仲間はたくさんいるから」
という言葉をくれた人が、編集長のあやさんでした。
その瞬間、蕾がぱっと花開くように、縮こまっていた自分の気持ちが晴れやかになっていったのを今でも覚えています。いただいた言葉は、今も自分なりの一歩を踏み出すときの心の糧になっています。
そうして迎えた今回のインタビュー。編集部のみなさんから何度も語られた「物語の力」という言葉が、あの日の記憶と重なり、“仲間はたくさんいる”と改めて感じられる時間となりました。
ジェンダーというと、どこか専門的で難しいもののように受け取られがちです。けれど紐解いていけば、一人ひとりのアイデンティティや生活そのもの。だからこそ、パレットークのマンガのように“誰かの人生”という物語を通して届けることで、自然と共感が生まれていくのだと思います。
これからも、パレットーク編集部のような物語の力を信じる同じ想いを持つ仲間とつながりながら、性別を問わず、誰もが自分らしく生きられる社会を、読者のみなさんと一緒に考え続けていきたい。そう改めて思えた取材でした。
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感想や印象に残った言葉、取材してほしい人やテーマなど、ぜひみなさんの声をお聞かせください。
ソラミドmadoについて
ファシリテーター・執筆

生き方を伝えるライター・編集者
1996年生まれ。“人の生き方の選択肢を広げたい”という想いでライターになる。女性の生き方・働き方・ジェンダー・フェミニズムを中心に、企業のコンテンツ制作やメディア寄稿、本の執筆を手掛けています。埼玉県と新潟県糸魚川市の二拠点生活をしながら、海外にもよく行きます。柴犬好き。
プロフィール:https://lit.link/misatonoikikata
編集

1990年生まれ。大阪在住のライター。毎日noteを書き続けること1000日以上。日々の小さな出来事や考え事を記録し、自然体な自分とは何か? と向き合い続けている。















