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キャリアは、選ぶ前に試していい。「仕事旅行」がつくる探索の機会|仕事旅行社・田中翼さん

大人になると、「こんな仕事も経験してみたかった」と、ふと考える瞬間があります。

けれど日本では、いまもなお一つの企業で長く勤めることが“安定”とされ、キャリアを変えるには大きなエネルギーとリスクを伴います。

「向いていなかったらどうしよう」「生活が変わってしまうのが怖い」

そんな不安から、一歩を踏み出せずにいる人も少なくないのではないでしょうか。

もっと気軽に、いろいろな仕事を体験できたらいいのに。

そんな思いを抱く中で、「仕事旅行」というサービスを見つけました。

仕事旅行は数時間から数日間、さまざまな職場を訪れ、実際の仕事に触れることができる、いわば“大人の職場体験”サービスです。

本記事では、仕事旅行社代表・田中翼さんに、サービス立ち上げの背景やご自身のキャリア観について伺いました。

なぜ日本では、キャリアを越境することが簡単ではないのか。

そして、キャリアを変える以外に、どのような選択肢があり得るのか。

「転職ではなく、まずは試してみる」という新しい選択肢を通して、これからの働き方と、自分らしく働くことの意味を考えていきます。

田中翼さん

株式会社仕事旅行社 代表取締役/創業者

神奈川県生まれ。米国ミズーリ州立大学、国際基督教大学卒業後、資産運用会社勤務を経て2011年に株式会社仕事旅行社を設立。全国500社以上の現場と連携し、「仕事を体験できる社会」を形にしてきた。著書『働くコンパスを手に入れる』では、”動くことで見える学び”を提唱。人と人の出会いから変化を生む、体験型人材育成の先駆者。

https://www.shigoto-ryokou.com

キャリアの迷いから生まれた、“仕事を旅する”という発想

──まずは、「仕事旅行」の立ち上げのきっかけや経緯についてお伺いします。田中さんのブログなどには、いろいろな会社を訪問する中で得た気づきが仕事旅行社の立ち上げにつながったと書かれていましたよね。そもそも、そうした訪問に至った背景はどのようなものだったのでしょうか。

僕が新卒で最初に入った会社はいわゆる金融系の企業でした。当時は金融やコンサルに進むことが、ある種の王道であり、ステータスのように見られていたんです。なので、正直そこまで深く考えず、「かっこよさそう」「給料が良さそう」といった理由で金融業界に進みました。

ただ、実際に働き始めてみると、4〜5年ほど経った頃に「自分は本当は何がしたかったんだろう」「このままでいいのだろうか」と悩むようになりました。いくら考えても答えが出なかったので、それならば実際に面白そうだと感じる人に会ってみようと思い立ち、いろいろな人の職場を訪ねるようになったんです。

──どんな職場を訪れたんですか?

訪問先は業種で選んでいたわけではなく、メディアなどの情報から「この人に会ってみたい」と思った人を軸に選んでいました。だからベンチャー企業もあれば、花屋さんやカフェもあったりと、本当にさまざまな職場に行きましたね。明確に言語化できていたわけではないのですが、「楽しそうに働いている人」に惹かれていたのだと思います。

ほとんどが一からのアプローチだったので、まずはその人たちが参加しているイベントに足を運び、名刺交換をして、その流れで「今度遊びに行ってもいいですか」とお話しして、OKをいただいた方のところに伺う、というのが基本的な流れでした。

──訪問を重ねた中で、特に印象的だった企業として挙げられていたのが、カタログギフトの会社とのことでした。

はい。「ソウ・エクスペリエンス」という会社です。もともとは、働き方に関するイベントで知り合った方から「面白い働き方をしている人がいる」と紹介されて興味を持ち、代表の方とつながって訪問させてもらいました。

実際に行ってみると、それまで自分がいた日系の金融企業とはまったく違う環境で、とても衝撃的でした。スーツを着て静かに働くのが当たり前だった世界から一転して、くだけた会話も多く、鼻歌が聞こえるような、自由で楽しそうな雰囲気だったんです。「こんな働き方もあるんだ」と、自分にとっての“仕事とはこうあるべき”という固定観念が一気に崩れました。

当時は、ユニークな企業文化を紹介する本なども流行っていて、そうした世界があること自体は知識としては知っていました。ただ、それが自分ごととしては捉えられていなかったんです。実際にその場に身を置いたことで、「本当にこういう世界があるんだ」と実感できたことが大きかったですね。

──そうした経験を経て、「仕事旅行」というサービスの発想に至ったのはどのような流れだったのでしょうか。

少し話が前後するのですが、もともと両親が教員で、自分自身も教職課程を取っていたこともあり、「いつか教育に関わりたい」という思いがありました。ただ、まずは社会人経験を積もうと思い、金融業界に入ったという背景があります。

その中で、いろいろな職場を訪れることで自分の視野が広がったという実感がありましたし、その体験自体に価値があると感じました。そして、その価値を誰かに伝えたい、共有したいという気持ちが自然と生まれてきたんです。

それならば、この“職場訪問”を他の人にも体験してもらえるサービスにできないか、と考えたのが「仕事旅行」の始まりです。自分の中では、ある意味で“教育”の文脈でこのサービスを捉えています。

“転職”ではなく“探索”という選択肢をつくる

──「仕事旅行」の立ち上げ当初は、ご自身の体験を共有したいという思いが強かったとのことですが、その時点で社会的な課題意識はあったのでしょうか。

当時は、社会に対してそこまで強い課題意識があったわけではありませんでした。どちらかというと、「自分がやって楽しかったこと」「価値があると思ったこと」を共有したいというシンプルな動機でしたね。

ただ、事業を続けていく中で、後から見えてきた課題はあります。たとえば日本では、かなり早い段階でキャリアの方向性を決める必要がありますよね。新卒一括採用で入社し、そのまま同じ会社、あるいは同じ業界の中でキャリアを積んでいくケースがまだまだ主流です。以前よりは転職もかなり自由になったとはいえ、まったくの未経験で他業界に飛び込むケースなどは稀です。つまり、十分にキャリアを探索する機会がないまま一つの選択をし、そのまま進み続ける構造になっています。

その結果、もしそれが合わなかったとしても、我慢して続けるしかない、あるいはモチベーションを失ってしまう、といった状況が生まれる。自分は、この「探索の機会がないこと」が、日本社会における大きな課題だと考えています。

──その「探索の機会」は、どのタイミングで必要だと考えていますか?

特定の時期だけではなく、人生の節目ごとに必要だと思っています。学生時代はもちろんですが、たとえば30代で結婚や出産といったライフイベントがあったとき、40代で人生の折り返しを意識したとき、50代でセカンドキャリアや定年後の生活を考え始めるときなど、それぞれのタイミングで見直しの機会があるのが自然だと思います。

──確かに、人生の節目を迎えると、ほとんどの人がキャリアについて考えると思います。そのタイミングで探索ができるとより良いということですね。では参加者には、仕事旅行を通じてどのような気づきを持ち帰ってほしいと考えていますか。

こちらから何かを誘導したいわけではなく、まずは「世界を見てもらうこと」が大前提です。ただ、実際に参加された方の声として多いのは、「仕事は自分の想いや好きという気持ちを大切にしないと続かないと感じた」というものです。

また、「自分の仕事や会社の良さに気づいた」という声も非常に多いです。外の世界を見ることで、改めて自分の環境を見直すきっかけにもなっているんですね。これは、海外旅行することで日本の素晴らしさを再認識するのに似ています。

受け入れ側の事業者のみなさんにも、とにかく面白がっていただいていますね。普段接することのない人と関わることで、「自分の仕事の意味や役割を見直すことができた」という声をいただくことも多いです。自分たちの仕事に興味を持ってくれる人がいるということを認識し、仕事に対してプライドを持つようになったという声もあったりして、非常に嬉しいですね。

旅行先の業種は多種多様。「花屋になる旅」「歯科技工士になる旅」「アナウンサーになる旅」「スパイスセラピストになる旅」「小さな民間図書館の館長になる旅」など、さまざまな旅先がサイト上に並ぶ。

──仕事旅行では「参加者側がお金を払って仕事を体験する」という仕組みをとっています。最近では、スポットで働けるアルバイトサービスなども広がっていますが、そういったサービスと違う仕組みになっている理由も教えてください。

たとえばスポットバイトの場合、多くの人は「稼ぐこと」が目的ですよね。一方で、仕事旅行はあくまで探索が目的なので、そもそも前提が違います。以前、似たような形のサービスを試したこともあるのですが、結果的に目的がぶれてしまうと感じてやめたという経験もあります。

仕事旅行が参加者からお金をいただく仕組みをとったのは、単なる「転職サービス」にしたくなかったからです。あくまで“探索”のための場にしたかった。参加者からお金をもらわないとなると、どうしても企業側への課金が中心になり、結果的に転職を前提としたサービスになってしまいますから。

──目的をぶらさず、参加者がキャリアを探索する機会にするための最適な仕組みをとった結果というわけですね。

また、企業課金にすると、登録いただける企業が限られてしまう恐れもありました。お金を出せる企業だけが並ぶことになり、結果として多様な世界を見てもらうという目的から外れてしまう。だからこそ、参加者負担の形にしました。その結果、個人経営のお店なども含めて、幅広い職種の企業が“旅先”として登録してくれるようになりました。

仕事旅行社の場合は、最近では法人研修として提供する形に力を入れています。企業が費用を負担し、そこで働く従業員が無料で仕事旅行に参加できる形にすることで、より多くの人に機会を届けられるというものです。

──法人研修としての活用が増えている背景はどういったものなんでしょうか。

仕事旅行では、ここ3〜4年で、40〜50代の参加が増えてきているんです。背景には、終身雇用からジョブ型への移行や、主体的にキャリアを考えることが求められる社会の変化があると思います。特にミドル層は、これまでのやり方とのギャップに直面して、「このままではまずい」と感じている方が多いのではないでしょうか。そういった流れもあり、法人研修として導入されるケースも増えていると考えています。

法人研修として大事にしているのは、社員に転職を促すことではなく、外の仕事に触れることで、自分の仕事や会社をもう一度見直すきっかけをつくることです。

企業の中には、社内公募や学び直し、副業・兼業、キャリア面談など、社員が主体的に動くための制度を用意しているところも増えています。ただ、制度があっても、本人の中に「自分はどう働きたいのか」「次に何をしてみたいのか」という問いが生まれていなければ、なかなか行動にはつながりません。

仕事旅行は、その前段階として、社員が会社の外の世界に出て、自分とは違う働き方や仕事への向き合い方に触れる機会をつくっています。その体験を通じて、自分の仕事を見直したり、社内で次に動くきっかけを持ち帰ったりする。そこに法人研修としての意味があると考えています。

──法人研修も、先ほど例えに挙がった“海外旅行”のように、外の世界を見ることによって自分の状況を再確認したり、今の仕事の意味や良さを実感するきっかけになるということですね。

この記事を読んでくださっている方たちにも、「自分の会社でもこういう取り組みができるのではないか」と持ち帰ってもらえると嬉しいですね。実際に大手企業でも研修として導入されているケースが増えていますし、個人だけでなく、組織としても活用できるものだと思っています。

そしてこれからは、こういった法人研修としての導入と、自治体とコラボしたサービスの展開をさらに広げていきたい。個人が自己投資としてお金を支払って仕事旅行に申し込む、というのにはどうしてもある程度のハードルの高さがあると感じていますが、法人や自治体と協力することで、より幅広い人が仕事旅行を体験できる機会が生まれます。今後は、我々のノウハウを共有しながら、企業や自治体の皆さんと協力して、全国的に体験の数を増やすことにも力を入れていきたいと考えています。

自治体とコラボしている取り組み

答えが出ないなら、まず試してみる

──仕事旅行のような「仕事を試す機会」が広がっていくことで、社会はどのように変わっていくと考えていますか?

先ほどの話にもつながるのですが、日本社会は構造的に“探索”の機会が少ないと思っています。そのために、さまざまな問題が生まれているのではないかと。

探索の機会が増えることで、まず「世の中にはこんな仕事があるんだ」「こんな働き方があるんだ」ということを、より具体的に理解できるようになります。今はどうしても給与や勤務時間など、限られた条件でしか仕事を比較しづらい状況ですが、実際の仕事内容や働き方、職場の空気感をベースに比較できるようになる。

そうすると、自分に合っている・合っていないという軸で仕事を選べるようになりますし、その中で「自分はどうありたいのか」といった価値観も見えてきます。結果として、「一度入った会社にずっといなければいけない」という前提が崩れ、「他にも選択肢がある」という前向きな感覚が生まれると思います。

──そうやって前向きに働ける人が増えれば、どんな社会になっていくでしょうか。

多くの人が自分の人生に納得感を持てるようになると思います。そうすると、「やらされている」という状態ではなく、「やりたいからやる」という人が増えていく。たとえば、仕事終わりの飲みの場でも、愚痴を言い合うのではなく、「明日はこんなことがやりたい」といった前向きな会話が増えていくかもしれません。

全体として、ポジティブな空気が広がり、社会全体の幸福度が高まり、人々が互いを尊重する空気に満たされ、多様性も自然と広がっていくのではないかと思います。

田中さんの著書『働くコンパスを手に入れる
――〈仕事旅行社〉式・職業体験のススメ』(晶文社)「自分らしく働く」を実践する仕事人たちへの取材を通して、これからの働き方のヒントを伝える内容の一冊。

──キャリアに悩んでいる人へ、メッセージをお願いします。

やはり「まず動いてみること」ですね。多くの人が動く前に考えすぎてしまうのですが、それだと「食べたことのない料理の味を想像している状態」なんですよね。考えるだけでは、答えは見つからない。だからこそ、まずは試してみることが大事です。

最近は仕事旅行に限らず、いろいろな形で仕事を体験できる機会があります。そうしたものを活用して、小さくでも動き出してみるのがいいのではないでしょうか。

とはいえ、頭ではわかっていても、なかなか行動に移せないというのは誰でもあることだと思います。行ったことのない場所に飛び込んだり、初めて会う人のもとを訪れたりすることには、エネルギーや、ちょっとした心構えみたいなものも必要ですよね。だから僕たちとしては、仕事旅行のサービスをもっと気軽で楽しいもの──まさに“旅行”のようなものとして広げていくことが、大切なミッションだと感じています。

──最後に、田中さんにとって「自然体」とはどのような状態でしょうか。

自分の物差しを持っていることだと思います。他人の基準ではなく、自分の基準で物事を判断し、それに従って生きている状態。それが自然体なのではないでしょうか。

自分自身で言うと、「こうありたい」「こう生きたい」と思うことを、そのままやっている状態ですね。好きなことをやっている、というシンプルな状態だと思います。


今回お話を伺っていて印象的だったのは、「考えているだけではわからない」「それは食べたことのない料理の味を想像している状態」というシンプルな事実でした。

頭の中でいくら想像しても、実際に体験しないと見えないものがある。

大きく環境を変えることだけが選択ではなく、まずは少し外の世界をのぞいてみること。

そんな小さな一歩が、これからのキャリアを考えるヒントになるのかもしれません。

今の自分に働き方を見つめ直したい人は、仕事旅行などのサービスを通じて、大人の職場体験をしてみてはいかがでしょうか。

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ソラミドmadoについて

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ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の考えを発信しています。各種SNSでも情報を発信中。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。

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取材・執筆

笹沼杏佳
ソラミドmado編集部

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。

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