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自分を信じ、殻を破るからこそ、表現が楽しくなる。|自然体な「自己表現」に向き合う vol.4-アニー・玲奈・オーバマイヤーさん(画家)

様々な表現活動をする人に取材し、自分らしく生きていくための“自己表現”とは何たるかを探る連載企画「自然体な 『自己表現』に向き合う」。

今回話を伺ったのは、画家のアニー・玲奈・オーバマイヤーさん(以下、アニーさん)。アニーさんは、大学を卒業すると同時に似顔絵作家として独立。現在は車にベッドと画材を積み込み、日本中を旅しながら創作活動をしています。

一見華やかで自由奔放に見えるアニーさんの生き方。しかし、取材中「コンプレックスだらけなんです」という意外な言葉がこぼれました。アニーさんは、表現者としてどのようなコンプレックスを抱え、乗り越えてきたのでしょうか。旅を通してさまざまな人や景色に出会い、アニーさんらしい“自己表現”に辿り着くまでの軌跡を語っていただきました。

何者でもない自分に絶望

── アニーさんは、大学を卒業と同時に似顔絵作家として独立されたそうですね。どのような経緯でその道を選んだのですか?

子どものころから、誰かの誕生日や祝い事のたびに、その人の似顔絵を描いてプレゼントしていたんですよね。大学時代にアメリカ留学をした時も、英語が苦手だったので周りの人と仲良くなるために似顔絵を描いて渡していました。私にとって絵は、人を喜ばせ、人と繋がるための手段だったんです。

そんなことを続けているうちに、バイト先や学校で、あいつは絵が描けるヤツと評判になったんですよ(笑)。絵を描いてほしいと頼んでくれる人が増え、ついにはお金を払ってくれる人まで現れました。当時、私は大学3年生でちょうど就活のことを考えていた時期。留学中に美術の基礎を学んでいたものの、美術や絵に関係のない大学に通っていたので、企業への就職が王道でした。

でも、自分の絵にお金を払ってくれる人が現れたことで、一度自分に賭けてみてもいいんじゃないかと思ったんですよね。若いうちなら失敗してもやり直せると思い、帰国後、周りが企業に就職していく中、個人でオーダーメイドの似顔絵販売を始めました。

── その賭けは、うまくいきましたか?

最初は、想像以上にうまくいったんですよ。結婚式のギフト用に特化していたのが功を奏して、絵だけで食べていけるくらいの収入が入ってきました。でも、1年経たないうちにコロナが流行りだして、結婚式もオーダーも一気になくなってしまったんです。終わったなって思いました(笑)。

どん底の状態から抜け出すために、まずは環境を変えようと京都の実家から東京に移住したんです。友人の家やホステルを転々とし、最終的に滞在することになったのが「アーティスト・イン・レジデンス」。アーティストが作品を制作する代わりに無料で滞在できるコンセプトビルで、数々の有名アーティストを輩出していた場所でもありました。

── 素敵な場所ですね。可能性が広がり、状況も好転しそうに思えます。

いや、その逆でした。そこには、名だたるアーティストがたくさんいて、彼らの活躍ぶりを見るうちに、私は何者でもないと落ち込むようになってしまったんです。お客さんの要望通りに描くだけの私は、彼らのように自分から何も生み出せていない。かといって自分が何を表現したらいいかも分かりませんでした。

私はここに住む資格がない。アーティスト用のおしゃれなフロアに住むことが身分不相応に感じられて、窓もエアコンもない、コンクリートに囲まれた屋上の物置小屋で半年間過ごしました。

── 自分から何かを生み出していないことに落ち込んだのですね。

絵に限らず、昔から他人に認められることで自分の価値を見出そうとしていたんですよね。

世間や誰かからダメなヤツと思われたくなくて、他人が評価することや一般的によしとされていることを「すべき」と思ってきました。でも本当は、自分軸で生きたかった。だからこそ、自分らしく生き、表現している人がうらやましかったんです。

自分らしく生きたいけど、その方法が分からない。だったら自分らしく生きている人に話を聞いてみようと始めたのが『LAMPPOST』の制作でした。

自然に身を置くと、描きたいものが溢れ出てきた

── 『LAMPPOST』とは?

自分軸で生きている人々に、その理由や困難の乗り越え方などを取材し、彼らの言葉と人物画をまとめた作品集です。最終的には1冊の本にすることを目標にして、当初はインタビュー記事とともに線画で描いた似顔絵をnoteで発信していました。

人に話を聞くことで、自分らしく生きるヒントが得られると考えたんですよね。まさに、自分が自分のために作ったものでした。

『LAMMPOST』制作当初、noteの記事と一緒に発信していた絵

── 言葉と人物画をまとめた作品集、とても素敵です。

制作中、ある方のインタビューで宮崎を訪れたことがとても印象的で。自然豊かな場所で、毎朝朝日とともに起き、日中はサーフィンをする生活を9日間続けていました。そんな中、ある時夕日を眺めているだけで「ありがとう」という言葉が自然と溢れ出てきたんですよね。東京のコンクリートだらけの中では絶対に味わえない、純粋な感動でした。

その感動を忘れたくない。自然の中にいたら、何か描きたいものが見つかるかもしれない。そう思い、東京に戻った後、雄大な自然を求めて小笠原諸島の父島に拠点を移すことに決めたんです。

── 自然の中に身を置くことが必要だと感じたんですね。

父島では、自分は何を表現したいのか見つめ直すために、まずは目の前の活動を全部辞めました。似顔絵作家としての活動も、掛け持ちでしていたアルバイトもいったん全部手放したんです。

そしたら、驚くほど道が開けたんですよね。自然を見た感動をそのまま絵にするようになったり、制作途中だった『LAMPPOST』の人物画も、こう描きたいという欲求のまま描けるようになったり。

それまでは、お客さんの要望通りに似顔絵を描くことしかできなかったけど、自然や人から受けた印象を、自分の思うまま表現できるようになった。父島は、まさに自己表現の礎が築かれた場所です。

── 『LAMPPOST』の人物画は、具体的にどのように描いていったんですか?

最初にnoteで発信していた時は、どの方も線画で描いてスタイルを統一させていたんですよね。でも父島に滞在してからは、さまざまな色や技法を用いて、どうやったらその方の個性を最大限に表せるか考えながら描くようになりました。

例えば、ある写真家の方からはレトロな雰囲気を感じたので、油絵で少し懐かしい感じにしてみたり、作品をモチーフにした背景にしてみたり。鼻筋や目の堀りの影から色が連想されることもあるので、その色をメインカラーにしたりもしました。それまでは、誰かの要望を満たすことを一番に考えて絵を描いてきましたが、ようやく自分の中から湧き上がるものを表現できるようになったんです。

「生きているだけでOK」旅が教えてくれたもの

── ようやくアニーさんの自己表現のかたちが見つかったのですね。その後は順調にアーティストの道を進まれたんですか?

それが、なかなか表現者としての自信を持てなかったんです。アーティストって、技法や色の使い方、描く対象など、独自のスタイルを確立させている人が多いのですが、私にはその決まったスタイルがなくて。風景画も描くし、人の絵も描くし、技法も定まっていない。アーティストならスタイルを統一させるべきと思い込んでいたので、できていない自分を認められずにいました。

さらに、ようやくできた『LAMPPOST』を広めようとしていたのですが、思うようにいかず苦戦していて。それに追い打ちをかけるように、当時のパートナーに「広がらないってことは価値がないんじゃない?」って言われたんです。ケンカの最中の言葉で悪気はなかったのは分かっているのですが、その言葉にかなり傷ついてしまって。私って価値がないのかな、私はこの表現をしていていいのかな、と考えてしまう悪循環に陥りました。

結局、その言葉をきっかけにパートナーとは別れました。そして、その失恋をきっかけに車旅を始めることにしたんです(笑)。

── 失恋が「旅する絵描き」の始まりだったとは…!

でも、その旅のおかげで、少しずつ自分で自分のことを認められるようになってきたんです。

旅中、移動しながら絵を描いていたのですが、駐車場に車を停めては、画材を広げて描くということをしていたので、まあ大変で。次第に、友人の家や旅先で知り合った人の家に入り浸るようになったんですね。

その中で、自然の恵みを受けながら生活している人をたくさん見て、私も取り入れるようになったんです。例えば、湧き水で生活したり、ホタテパウダー(ホタテの殻から作られた粉末)で食器を洗ったり。そんな生活を続けていると、美味しい水を飲めることや、ご飯を食べられることだけでも感動するようになりました。自然の恩恵を受けているからこそ生きられるし、生きていることは当たり前のことじゃないんだと。

そして、旅で出会った人の多くが、私がただ“いる”ことを喜んでくれたんですよね。絵描きだからではなく、「アニーちゃんがいてくれて良かった」って。そういう人たちに出会えたおかげで、生きているだけでOKなんだって思えるようになったんです。

生きていることさえクリアしたら、それ以外は加点方式で全部プラスになる。だったら、何を描いても、どんなアーティストでいてもいい。そう思えるようになってからは、さまざまなスタイルで絵を描く自分のことも受け入れられるようになり、「できる時にできることをやろう」と強く思うようになりました。

「すべき」を外すと、いつのまにか描けている

── できる時にできることを、とは?

私にとって、自己表現をするうえでの最大の障壁は「これしかできない」「こうすべき」っていう思い込みなんですよね。その思い込みは外せたと思っても、また別のところから出てきてしまうもの。今も向き合っている最中です。その思い込みを自分から外すことを意識して、その場その場で最適な表現をしていきたいなと思っています。

例えば、ある時、息子さんを亡くされた方のお友達から、心の癒しや励ましになるような絵を描いてほしいと依頼されたことがありました。私はそれまで、写実的な絵しか描いてこなかったのですが、その想いに応えるにはきっと抽象的な表現が合う気がしたんですよね。だけど、そういう表現をほとんどしたことがなかったから、私にはできないんじゃないかと思ってしまって。

でもそこで、「できない」という気持ちを紐解いてみると、本当は「怖い」という気持ちが根底にあることに気づいたんです。ダサいものを作って、その方をがっかりさせてしまったらどうしようって。でも、それをできないという言葉で片づけてしまうのはもったいない。もしかしたらいいものが作れるかもしれない、と自分を信じて初めての“写実的ではない絵”に挑戦してみました。すると、想像以上にいい作品ができて「私、描けちゃったんだ」って後になって自分で驚いたんです。

亡くなった息子さんとご家族の思い出を抽象的に表した絵

そういうふうに、自己表現とは「これしかできない」「こうすべき」という殻を一つひとつ外していく過程のことだと思うんです。殻を外すには自分を信じてやってみるしかないけど、それができたら、表現の幅が広がって、もっと自分を自由にさせられると思います。実際、できることが増えたいま、自己表現を楽しめている自分がいます。

── 旅を通して自分自身を認められるようになり、のびのびと表現するようになったアニーさんのお話を伺っていると、まさに自然体に近づいていっているように感じました。

完全に自然体になれているかと言われると、そうではないかもしれません。人に見られることを意識しているときもあるし、描いている途中、何かを意図していることもあります。思い通り進まず、唸りながら描くことも多いから……。

── では、アニーさんにとって「自然体な自己表現」ってどんなものだと思いますか?

こうやって描かなきゃと意図せずに、作品を完成させた後に「あ、描けちゃったんだ」って思える状態のことだと思います。

旅をしていると、夕日や空を眺めているだけで、自然と「ありがとう」という言葉が溢れ出てくる瞬間があるんですよね。自然体って、そうやって何かが溢れ出てくる状態だと思っていて。絵も同じで、息をするように絵を描いて、「あ、こんなの描けたんだ」って後から溢れ出てくるのが、自然体な自己表現って言えるんじゃないかな。

今までそんな感覚になったことは、まぐれみたいにほんの数回程度ですが、いつかはその境地にいたい。ただ、自然体にしなければと意識すると遠ざかってしまうので、自分の心に忠実でい続けたいと思います。車旅を始めてもうすぐ2年。そろそろ定住して、旅で得たインスピレーションをアウトプットすることに専念したいと考えているところです。その中で「あ、描けちゃったんだ」と思える瞬間が増えていく予感がしています。

アニーさんの言っていた「あ、描けちゃったんだ」という感覚。自分にもその経験がなかったか、取材後、改めて過去を振り返ってみました。

綺麗な景色を見て、感謝の言葉をひたすらに綴った日記。
出産直後、その時の感情を忘れまいと書いた将来の我が子宛ての手紙。
真剣な眼差しで遊ぶ我が子の姿を、慣れない手つきで描いた似顔絵。

想像以上にたくさんの瞬間が思い浮かび、自分でも気づかないうちに自然体な自己表現ができていることに驚きました。そしてどの瞬間も、私には「これしかできない」と考えることなく、「この感情を忘れなくない」という思いのまま、自分の好きなやり方で表現していたことに改めて気づかされました。

自然体な自己表現は、そうやって後になってから気づくもの。心が動いた瞬間を逃さず、その時の自分にできるやり方で表現することを続けていると、いつのまにか表現することがもっと自由に、純粋に楽しめるものへと変わっていくのかもしれません。

アニー・玲奈・オーバマイヤーさん

アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ京都で育つ。幼少期より誰かの誕生日やお祝い事に似顔絵を贈っていたことの延長で、大学卒業後、絵描きになる。生まれてきただけであなたは価値があるという思いを込め、似顔絵ブランド『“Dear Precious,” 「かけがえのないあなたへ」』をスタート。Instagramからオーダーを請け負う形で、結婚式のギフト用に特化した似顔絵を制作してきた。2021年には自分らしく生きる人にその理由を問う作品集兼インタビュー集『LAMPPOST』の制作を開始。翌年にはクラウドファンディングで資金を募り、出版を果たした。現在は車にベットと画材を積んで日本各地を周りながら、創作活動を続けている。

『LAMPPOST』について

『LAMPPOST vol.1 -生き方は働き方』

「あなたはなぜ、あなたらしく生きることができるのですか?」
迷いや悩みとの付き合い方。成功・失敗とは何なのか。職業、年齢、ジェンダーに偏らず、異色の25組30人に問いかけたインタビュー本兼作品集。他人の言葉の中に、自分を知るヒントはある。

現在は『LAMPPOST vol.2』を制作中。vol.1は、自分らしく生きるための「なり方」に焦点を当てているのに対し、vol.2では、自分らしく生きるために日々どんな「あり方」でいるかに焦点を当てている。日々の出来事や目の前の事象をどのように整えているか、自分らしくいるために心をどのように整えているかを問う内容。発売時期は未定。

『LAMPPOST』:https://annielenaobermeier.stores.jp/
アニーさんInstagram:https://www.instagram.com/annielenaobermeier/

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

企画・取材・執筆

上野彩希

岡山出身。大学卒業後、SE、ホテルマンを経て、2021年からフリーランスのライターに。ジャンルは、パートナーシップ、生き方、働き方、子育てなど。趣味は、カフェ巡りと散歩。一児の母でもあり、現在働き方を模索中。

X:https://x.com/sakiueno1225

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