「人と仲良くなりたいのに、一歩引いてしまう」
「相手の顔色を気にしすぎて疲れる」
「嫌われたくなくて、本音を言えない」
そんな悩みを抱えている人は少なくありません。
周囲への気配りができることは素晴らしい長所です。一方で、その優しさゆえに、自分自身をすり減らしてしまう人もいます。
今回は心理学者の舟木彩乃さんに、気を遣いすぎてしまう人の心理や、人との距離の縮め方、自分を守るためのコミュニケーションについて伺いました。
舟木彩乃さん
心理学者(筑波大学大学院博士課程修了/ヒューマン・ケア科学博士)。公認心理師・精神保健福祉士。官公庁カウンセラー。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」(筑波大学大学院専攻長賞受賞)。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。最新刊『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)。

「嫌われたくない」の裏側にあるもの
──人と仲良くなりたくても一歩引いてしまったり、気を遣いすぎてしまったりする人は、どのような心理状態にあることが多いのでしょうか?
多くの場合、「過剰適応」の状態にあると思います。過剰適応というのは、相手の期待に応えよう、不快にさせないようにしようとするあまり、自分のエネルギーを過剰に消耗してしまう状態です。
人との関係性を悪くしたくない、嫌われたくないという思いが強すぎると、自分よりも相手を優先することが当たり前になってしまいます。その根底には、嫌われることに対する恐怖や、「ありのままの自分には価値がないのではないか」という不安、つまり自己肯定感の低さが隠れていることが少なくありません。
──自己肯定感が低くなってしまうというのは、どうしてそうなりやすいのでしょうか?
これは本当にケースバイケースです。生まれ持った気質もありますし、育った環境など、さまざまな要因が重なっています。
ただ、幼少期に親の機嫌を損ねないように常に顔色をうかがっていた経験や、「これができたら褒められる」「良い子でいたら愛される」といった条件付きの愛情を感じながら育った場合、大人になっても「他者の評価=自分の安全」という感覚を持ちやすくなります。こういった心理が、人の顔色を気にしすぎることにも繋がるというわけです。
また、学校や職場で「自分の何気ないひとことがきっかけで関係が壊れた」と感じるような経験があると、その記憶がトラウマのように残り、過剰な警戒心として働き続けることもあります。そうした経験を通して、「また同じことが起きたらどうしよう」というアラートが常に鳴り続ける状態になってしまうのです。
──周囲に気を遣いやすい人には、どんな共通点がありますか?
責任感が強く、真面目で、他者視点が発達している人が多いですね。一方で、自分の感情や「本当はどうしたいのか」という内なる声を後回しにしてしまう傾向があります。それが長く続くと、自分の気持ちがわからなくなってしまうこともあります。
例えば、「今日のお昼何食べたい?」と聞かれても、本当に自分が食べたいものがわからない。いつも周囲に合わせることが当たり前になっているので、自分の希望を考える習慣そのものが薄れてしまうのです。
「どこでもいいよ」「任せるよ」が増えていくのも、単に遠慮しているだけではなく、自分の気持ちを表現すること自体にエネルギーを使うようになっているからかもしれません。
──いわゆるHSPや繊細さとの関係はあるのでしょうか。
関係していると思います。HSPの人は、環境の刺激や他者の感情を深く処理する特性があります。そのため、必然的に「気がつきすぎる」状態になりやすいんですね。例えば光や音、人混みなどに強いストレスを感じる人もいます。蛍光灯の光が苦手だったり、コピー機の音が気になったり、人が多い場所にいるだけで疲れてしまったり。そうした感覚過敏の特性を持つ人は少なくありません。
ただし、HSPは生まれ持った気質である一方で、気を遣いすぎる行動には、後天的な学習や環境も大きく影響しています。
──疲れやすかったり、落ち込みやすかったりと、繊細な人は日頃悩むことも多いと感じますが、気遣いができることの良い面はどんなところでしょうか?
たくさんあります。まず、職場や人間関係の中で起きそうなトラブルを早めに察知できることです。空気の変化や違和感を敏感に感じ取れるので、リスクマネジメント能力が高いとも言えます。
また、傷ついている人や困っている人に気づき、そっと寄り添うことができるのも大きな強みです。これは高い共感力があるからこそできることです。
気を遣いすぎる人は、自分ではその特性を欠点のように感じているかもしれません。でも本来は、社会を円滑にするための貴重な力です。まずは「直さなければいけない欠点」ではなく、「活かし方を考えるべき才能」だと捉えてほしいですね。
人との距離を縮めるには「完璧」をやめる
──誰かと仲良くなりたいと思っても、遠慮してなかなか距離を縮められない人も多いと聞きます。気を遣いすぎる人が、人と心の距離を縮めるにはどうしたらいいでしょうか。
完璧なコミュニケーションを目指さないことです。気を遣いすぎる人は、無意識のうちに「完璧な自分を見せなければ」と思っています。でも、人との距離を縮めるために必要なのは、むしろ不完全な自分を少し見せることなんです。
弱音や失敗談を少しだけ話してみたり、「実はこういうところが苦手なんです」と伝えてみたり。そうすると相手も安心して、自分の弱さを見せられるようになりますし、結果として、お互いの距離は近づいていきます。
もちろん、何でも話せばいいわけではありません。どこまで話すか、どこから先は話さないかという感覚は経験の中で身につけていくものです。ただし、「弱さを見せたら嫌われる」と思い込む必要はないと思います。
──コミュニケーションで意識するとよいことはありますか?
相手を100%満足させようと思わないことです。会話はキャッチボールです。とはいえ、毎回ストライクを投げなければいけないわけではありません。
人の相談を聞くときも、「何かアドバイスしなければ」と思わなくて大丈夫です。ただ「そうなんですね」と受け止めるだけで十分な場合も多いんですよ。
後から「あんなこと言わなければよかった」と反省する人もいますが、実際には相手はそこまで気にしていないことがほとんど。多くの人は、自分自身のことで精一杯ですから。だからこそ、コミュニケーションに完璧を求めなくてもいいと思います。
──舟木さんご自身が心がけていることはありますか?
私はコミュニケーションを「準拠枠の照合」だと思っています。準拠枠というのは、その人の価値観や物事の見方のことです。
同じ言葉を使っていても、言葉の定義や背景にある経験は人によって違います。だから、自分の言ったことが100%相手に伝わるとは思っていません。逆に、相手の話も100%理解できているとは思わないようにしています。誤解や摩擦はあって当然なんです。
わからないことがあれば聞く。文脈を確認する。「こういう意味で合っていますか?」と確かめる。それがコミュニケーションだと思っています。
また、人間関係においては100%の自己開示はしません。人は環境や立場によって変わります。どれだけ信頼している相手でも、時間が経てば関係性が変わることがあります。たとえば同僚に、上司に関するネガティブな話題を共有したとして、数年後にその同僚と上司に揺るぎない絆が芽生えていた……なんてことがあるかもしれない。そうなったら、今後は自分と同僚の関係が少しギクシャクしてしまう可能性もあります。
どんなに信頼できる相手でも、リスク管理として、自分を守るための余白は残しておくようにしています。

自分を守るために必要な「俯瞰」と「境界線」
──気遣いできる自分を大切にしながらも、心をすり減らさないためには何が大切でしょうか。
まずは、自分の状態を俯瞰して見ることです。
私たちは体調が悪かったり、寝不足だったり、嫌なことが続いていたりすると、物事を必要以上にネガティブに解釈してしまいます。例えば、メールの返信が遅いだけで「嫌われているのではないか」と思ってしまうことがある。でも、それは単に忙しいだけかもしれません。
「今の自分は疲れていないか」「客観的に見られているか」を確認する癖をつければ、ネガティブな感情に振り回されることも減ります。
もうひとつ大切なのは、バウンダリー(境界線)を引く意識です。
共感力が高い人ほど、人の問題を自分の問題のように抱え込んでしまいます。「冷たい人」と思われるのが怖くて、自分の心をすり減らしてまで相手に寄り添ってしまう人もいますが、優しさと抱え込みは別物です。それが相手の課題なのか、自分の課題なのかを切り分けて考え、時には関わらない勇気を持つことも大切です。
──それでも、人付き合いに疲れてしまった時はどうしたらいいでしょうか。
私は「感覚の引き算」をおすすめしています。
五感に入る情報が多すぎると、人は疲れます。スマホの通知もそうですし、SNSもそうです。だから、まずは情報を減らすこと。例えばスマホの電源を切る、静かな場所で一人になる、自然に触れる、お気に入りの飲み物をゆっくり味わう、誰の目も気にしなくていい場所に身を置くなど……。
そうやっていろいろ試して、自分が疲れたときに回復できた成功体験をたくさん集めておきましょう。自分なりの回復方法の引き出しを増やしておけば、気疲れしている時間も最低限で済むようになっていきます。
あなたの人生の主役は、あなただから
──ここまでお話を聞いて、「相手は気にしていない」「完璧を目指さなくていい」など、勇気をもらえる言葉がたくさんありました。とはいえ、やっぱり「嫌われるのが怖い」と思ってしまう人には、どんな言葉をかけますか?
全員に好かれようとすることは、24時間365日、他人の人生の脇役を演じ続けるようなものです。
でも、あなたの人生の主役はあなた。自分の人生の主役は、自分なんです。
そして、もしあなたを嫌う人がいたとしても、それはその人自身の課題であって、あなたの価値とは関係ありません。よく“2:6:2の法則”と言われますが、10人いたら2人はあなたを嫌うかもしれないけれど、他の2人はそのままのあなたを好きでいてくれる。残りの6人はどちらでもありません。
だからこそ、そのままのあなたを大切にしてくれる人に、自分の温かい気持ちを使ってほしいと思います。
──「自分の人生の主役は自分」。心に響きました。人の目を気にしすぎていたら、もったいないですね。
気遣いができる人は、心理的安全性が求められる現代の組織において、最高のチームプレーヤーになれる可能性があります。
人の小さな変化に気づけたり、体調や気持ちの変化を察知できたり。困っている人に声をかけるのも得意です。そうした力は、職場やコミュニティにとって欠かせないものです。
ただし、自分を犠牲にしてまで頑張る必要はありません。まずは自分自身を大切にしながら自己肯定感を育み、その優しさを周囲にも向けていくこと。そのバランスが大切なのだと思います。
──自分自身を大切にしながら、自己肯定感を育む。
自己肯定感と言っても、他者からの評価に頼るということではありません。自分の快・不快に素直でいられること。そして、ダメな自分にも「まあ、こういう時もあるよね」と丸を出せることが自己肯定感につながります。
人は誰でも失敗しますし、落ち込む日もあります。それを責め続けるのではなく、人間だからそういう時もあると受け止められること。また、他人の目を意識しながらも、自分の軸を持てていること。他人か自分か、どちらか一方ではなく、その間にあるちょうどよいバランスを保てている時、人は自然体でいられるのではないかと思います。
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今回のお話を伺いながら再認識したのは、「気を遣いすぎてしまうこと」は、決して悪いことではないということでした。
気を遣える人は、人の変化によく気づきます。困っている人に手を差し伸べたり、場の空気を和らげたりできる人でもあります。その優しさは、職場や家庭、友人関係など、さまざまな場面で誰かを支えているはずです。
一方で、その優しさが自分自身に向かないまま、人のためだけに使われてしまうと、いつの間にか疲れ切ってしまいます。
「相手はどう思うだろう」と考えられるのなら、「自分はどう感じているだろう」と考える時間も同じくらい大切にしていい。そんなメッセージが、今回のインタビューには込められていたように感じました。
人を大切にしたいと思う気持ちと、自分を大切にすることは、本来どちらかを選ぶものではありません。
誰かへの気遣いと同じくらい、自分の快・不快にも耳を傾けること。その積み重ねが、自分らしく人と関わるための第一歩なのかもしれません。
舟木さんの著書『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)では、職場で起こるさまざまな対人関係の悩みについて、心理学の視点から解説されています。
「なぜ人に気を遣いすぎてしまうのか」「人との関係に疲れてしまうのはなぜか」をさらに深く知りたい方は、手に取ってみてはいかがでしょうか。

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ソラミドmadoについて
取材・執筆

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年から株式会社スカイベイビーズ(ソラミドmadoの運営元)に所属。2023年には出産し一児の母に。お酒が好き。















