「女として、男としてこうすべき」「家族とはこうあるべき」「母としてこうすべき」
そんな固定観念にしばられずに、自分らしい選択がしたい、大切な人と共に生きたい。
そう願う全ての人たちにお届けする、連載『ジェンダーの“mado”——わからないけど、話してみたい。ジェンダーのこと、わたしたちのこと』。
この連載では、日々の“モヤモヤ”を出発点に、ジェンダーの専門家や実践者の“生き方”に耳を傾けながら自然体な生き方を探究していきます。
私(編集部・貝津)もまさに、「わからないけど話してみたい」と思っているひとり。それならばまず、いろんな方と対話することから始めてみようと連載を立ち上げました。
読み終えたあと、少し気持ちが軽くなったり、「私もこんなふうに生きていいんだ」と思えたり。 あなたと社会をつなぐ“mado(窓)”のような記事をお届けします。
***
どうしても「話しづらい」というイメージが先に立ってしまう、ジェンダーのこと。でも実際には、私たちの生活のすぐそばにあり、心のどこかで「この気持ち、誰かと共有してみたい」と思っている人も少なくないのではないでしょうか。
そこで今回は、2025年TBS10月期火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を題材に、それぞれが感じたことをそのまま持ち寄りながら、気づけばジェンダーの話にも自然と触れていく——そんな“おしゃべり会”を企画しました。
当日集まったのは、ドラマの主人公とちょうど同世代の4名。「このセリフ、刺さったよね」「あのシーン、ちょっとモヤっとした」と、笑い声がこぼれたり、深くうなずき合ったりしながら、私たちの暮らしの中にある違和感や、「こうだったらいいのに」というささやかな願いが、少しずつ言葉になっていきました。
<作品紹介>
『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
現代日本の「あたりまえ」を見直す、別れから始まる二人の成長&再生ロマンスコメディ!“恋人ファースト”ゆえに自分を見失ってしまった彼女と“料理は女が作って当たり前!”な亭主関白思考な彼氏。結婚寸前だった二人だが・・・彼女からのプロポーズの答えは「無理!」「・・・完璧な俺の、何がダメだったんだ!?」原作は、第26回手塚治虫文化賞・新生賞受賞の受賞歴を持つ谷口菜津子による同名漫画(ぶんか社)。
「完璧!」が口癖の“勝男”が抱える、男性の生きづらさとは?
───もともと亭主関白な考え方の主人公・勝男が、自分の中にある思い込みに気づいて、人との関係性を見つめ直していく。その変化が、この作品のおもしろさの一つだなと感じたのですが、みなさんはそのあたり、どんなふうに感じましたか?

印象的だったのは、当たり前のように彼女に作ってもらっていた筑前煮を、会社の後輩から「自分で作ってみたらいいんじゃないですか?」と言われて、勝男が実際に作ってみるシーンです。やってみたら想像以上に大変で、気づけば深夜になっていて。そこでようやく「こんなに大変な料理を、彼女は自分のために作ってくれていたんだ……それなのに俺は……!」と、ハッとするんですよね。
そこから家のことはなんでも自分でやるようになって、料理も出汁からとるところまでハマっていく(笑)。ドラマだから、と言われればそれまでかもしれませんが、「人ってこんなに変われるんだ!」と思いながら観ていました。

さみさんの話を聞いて思い出したのが、第1話のシーンです。勝男が、彼女の鮎美に作ってもらった料理に対して、「強いていうなら……おかずに茶色が多いかな。でもこれはアドバイスだから!」と言う場面がありましたよね。あれもすごく印象に残っています。

ありましたね(笑)。ドラマ前半の勝男は、「おいおい、何言ってるんだ!?」とツッコミどころ満載のキャラクターでした。

でも本人は悪気がなく、彼女を傷つけてしまっていることにも気づいていない。そう考えると、勝男の言動って、彼自身が育ってきた環境の影響も大きいんだろうなと思いました。


というのも、大分の勝男のお父さんを観ていると、自分の祖父を思い出します。僕は地方の代々続く農家の長男として生まれたんですが、祖父はまさに勝男のお父さんのような価値観を持っている人でした。「男なら泣くな!」「男は台所に立たん」という人で。なので僕自身は、第5話で勝男のお兄さん(長男)が「男たるもの、こうすべき!」という固定観念に縛られて葛藤や悩みを一人で抱える姿に、弟の勝男が寄り添うシーンは、特に心に残りましたね。

私は、勝男の「完璧!」という口癖が、“男性の生きづらさ”をすごくキャッチーに表しているように感じました。勝男って、デートやプロポーズなど、いわゆる「男性が主導すべき」とされがちな場面で、きちんとチェックリストを作っていましたよね。もちろん、「計画通りにいって嬉しい」「思い通りに進んでいる」という素直な気持ちもあると思うんです。でもそれが行き過ぎると、「男性は女性を完璧にエスコートできて当然」「失敗は許されない」というプレッシャーにもなりかねないな、と。

本当にそうですよね。僕自身も、そういう場面に苦手意識があります。


だからこそ、マッチングアプリで椿(通販会社の社長・勝男の失恋友達)と初めて出会うシーンが印象的でした。女性側の椿が「もうお店は決めてあるから」「ここは私がお会計するね」と、ぐんぐんリードしていく。そのパワフルさによって、勝男の中にあった女性に対する固定観念がどんどん覆されていくところも、このドラマのおもしろさだなと思いました。

そうやって、いろんな人の価値観に触れていく中で、勝男の中にあった“完璧”のボーダーラインも、少しずつ下がっていったのかもしれませんね。

勝男のすごいところは、“自分でやってみる”ことを積み重ねながら、ちゃんと変わっていけるところですよね。自分が正しいと思っていることほど、相手の意見を受け取って思い込みをほどき、当たり前を見直していくのは、簡単なことじゃないと思うんです。でも勝男はきちんと「知らず知らずのうちに恋人や兄弟、職場の後輩を傷つけたり、プレッシャーを与えていたかもしれない」と立ち止まって振り返る。そして「変わりたい」と思えたこと自体が、人間関係を紡ぎ直していくきっかけになったんじゃないかな、と感じました。

最初は“化石男”なんて言われるほどでしたもんね。もともとは「男が弱音や愚痴をこぼすなんてみっともない」と思っていたのに、最終回間近では「助けて!」と言葉にできるようになって、本当にすごいなと思いました。

自動販売機の下に手が挟まってしまう場面ですね(笑)。

そうそう!コメディタッチで描かれているけれど、勝男の変化がはっきりと伝わってくるシーンで、特に印象に残っています。
“モテ”に縛られていた鮎美が抱える、女性らしさの固定観念
───勝男だけでなく、鮎美(勝男の彼女)自身も、これまで自分がとらわれていた価値観に気づき、少しずつ変化していく姿が描かれていましたよね。みなさんは、そのあたりをどんなふうに感じていましたか?

鮎美を見ていて、正直モヤモヤする場面は多かったですね。最初のころは、好きな食べ物や好きな色を聞かれても、「勝男さんだったらどう思うかな」とか、「男性ウケがいいのはどっちだろう」といった考えが先に浮かんでしまって、自分が何が好きで、どうしたいのかを相手に伝えられない。
モヤモヤすることがあるなら、もっと自分の気持ちを伝えればいいのに……!と思う一方で、それこそが鮎美が背負ってきた「女性らしさ」のプレッシャーなのかもしれない、とも感じました。「女は一歩下がるべき」とか、「我慢して男性を立てるもの」といった価値観ですね。

そう考えると、美容師の渚とバーテンダーの太平という友達夫婦の存在は、鮎美にとってすごく大きな救いだったんじゃないかなと思います。鮎美は、「女性の幸せは結婚して子どもを産むこと。そのためなら、多少の我慢や犠牲は仕方がない」と思い込んで、自分らしく生きることを半ば諦めていたんだと思います。
そんな中で渚のような、“男性の好み”や“女性らしさ”に縛られず、好きな髪型や服装、ライフスタイルを心から楽しんでいる人に出会ったこと。そして「私が本当に好きなものって、なんだろう?」と問い直せたことは、大きな分岐点だったんだろうなと感じます。

鮎美って、「自分にはいろんな道が広がっているんだ」と気づけた瞬間から、どんどん目が輝いていきましたよね。

わかります。生命力みたいなものが、はっきりと蘇ってくる感じがして。俳優さんって本当にすごいなぁと感じました(笑)。

テキーラを飲んでみたり、髪をピンクにしてみたり、男性ウケを考えない服装でデートをしてみたり。さらには、彼氏に自分の意見をきちんと伝えてみる。そういう一つひとつの小さな勇気ある選択によって行動範囲や人との交流が、自然と広がっていったんだろうなと思います。


そこからの鮎美の恋愛との向き合い方の変化も素敵でしたよね!これまでは男性の後ろについて歩いていた彼女が、失敗しながらも自分の足で立って、自分の人生を歩みたいという彼女の強い意志が芽生えていった。
勝男と寄りを戻した後も、勝男から「困ってない?」と聞かれても「大丈夫、困ってない。これは自分でやりたいの」とはっきり自分の意見を言えている。「むしろ勝男さんの方が大丈夫?何かあったら言ってね」と返すほどに変化していて、一人の人として自分の足で人生を歩める大人になりたいという気持ちが伝わってくるシーンでした。

人は変われる、という姿を目の当たりにすると、「そもそも、どうしてこんなにもジェンダーステレオタイプに縛られてしまっていたんだろう?」と考えさせられますよね。鮎美の場合、両親の不仲を目の当たりにして育ったことから「自分は、ああはならない」と、幸せな結婚を人生のゴールに据えてきた。その結果、思春期のころから「モテ」を意識した行動を選び続けてきたんだと思います。
雑誌に載っていた「女子力」や「男子ウケのいいメイク・ファッション」のページに、蛍光ペンを引いていたシーンも印象的でした(笑)。あれも、彼女なりに将来を真剣に考え、必死だった証なのだろうな、と感じます。


今振り返ると、学生時代って、異性同士の恋愛至上主義の影響がすごく大きかったように思います。モテることや、彼氏・彼女がいること自体が、一種のステータスになっていましたよね。

“リア充”って言葉もありましたね(笑)。

男子もバレンタインデーに「いくつチョコをもらったか」を気にして競っていました。

勝男と鮎美は、大学のミスター・ミスコンで優勝したカップルでしたよね。周囲から常に“完璧”を求められる立場にあった分、「彼氏ならこうあるべき」「彼女ならこうすべき」といった視線や期待を強く浴び続けてきたのかもしれない。
そうした周囲からのまなざしの中で、少しずつ固定観念が刷り込まれていったと考えると、それは二人が生まれ持った性格というより、時間をかけて形成されてきたものなのかもしれないな、と改めて感じますね。
世代や性別で対立しない「みんな幸せになって!」と思えるドラマだった


僕はこのドラマを妻と一緒に観ていたんですが、登場人物たちがすれ違いながらも、誰かを一方的な悪者にしたり、強く責め立てたりしないところが、とても観やすいなと感じました。
勝男の両親が登場するシーンでも、お父さんは家のことを何もせずに、お母さんが不満を溜め込んでいたり、お母さんも妊娠や出産の話を、悪気なく勝男の彼女に聞いてしまったり。孫のランドセルも「女の子なら赤でしょ」と決めつけてしまう場面など、いろいろありますよね。
性別や世代による価値観のギャップは確かに描かれているけれど、誰かを傷つけようとしているわけではない。「それが相手にとっては負担だったんだ」「嫌な思いをさせてしまっていたんだ」と気づければ、素直に謝ったり、自分の行動を見直したり、相手の意見を尊重しようとする。その姿勢が、観ている自分自身にも気づきを与えてくれた気がします。
そうやって対話を重ねていくことが、家族やパートナーと関係を築いていく、ということなのかもしれないなと感じましたね。

私も、勝男と鮎美が「男らしさ」「女らしさ」から少しずつ解放されていったように、性別に関係なく人として関わり合うことが当たり前になる価値観が、もっと広がっていったらいいなと思いました。そうなれば、わが家でも今より夫とも対話しやすくなるのかもしれないな、と。
今は、自分の中にある「女は、母はこうするもの」といった固定観念が邪魔をして、「わざわざ言わなくてもいいか」と飲み込んでしまうこともあります。でも本当は、そうした一つひとつを自分に問い直しながら、夫ときちんと話し合えたらいいなと思っていて。何を感じ、どんな背景の中でその価値観を育んできたのかを知ることで、お互いに性別による役割に縛られすぎず、生きていけるようになる気がしました。

こうしてみんなで話してみると、自分の中にもまだまだ固定観念があることに改めて気づきますね。私自身はそんなに縛られていないつもりでしたが、学生時代を振り返るとやっぱり“モテ”に振り回されていたなと。もしそれがなかったら、もっと自由に自己表現できていたのかもしれないですね。
普段話しにくいこともドラマがいい具合にクッションになってくれるから、率直に感じたことをシェアできて面白かったです!

勝男に初めて椿という異性の友達ができたとき、彼の世界はぐんっと広がったように感じました。私も、もし「男らしさ」「女らしさ」といった固定観念が今より薄れていったら、性別や年齢にとらわれず、もっとさまざまな人と友達になれるんじゃないかな、と思います。
そうなれば、世界の見え方も変わるだろうし、趣味が増えたり、もしかしたら住む場所さえ違っているかもしれない。そんなふうにいろいろな可能性を想像できたのも、こうしてみんなで話せたからこそだと思います。
一つのドラマについて、ここまでじっくり語り合う機会は初めてでしたが、自分にはなかった視点や気づきがたくさんあって、とても楽しかったです。ドラマへの理解が深まっただけでなく、作品そのものへの愛着も、より強くなりました。
今、社会の中にはさまざまな問題もすぐに解決には至らなくても、こうした対話を重ねることで、少しずつ前に進んでいけるのかもしれない。そんな希望を感じさせてくれる時間でした。
***
あえて“ジェンダー”という言葉を使わなくても、パートナーとの関係や家族とのやりとりなど、私たちの日常のなかには、すでにたくさんの“願い”や“違和感”が息づいてる。自然体で生きることとジェンダーは、決して遠いものではなく、日々の暮らしの延長線上でゆるやかにつながっているのだと、改めて感じさせてくれるおしゃべり会でした。
話しづらいと思われがちなジェンダーの話題も、ドラマを介して参加者のみなさんがそれぞれの言葉で、楽しそうに思いを分かち合っていたのも印象的です。
“わからないけど、話してみたい”
そんな気持ちを大切にしながら、これからも取材や座談会を通して、より身近でやさしい対話の場を育んでいけたらと思います。
ソラミドmadoについて

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media
ファシリテーター・執筆

生き方を伝えるライター・編集者
1996年生まれ。“人の生き方の選択肢を広げたい”という想いでライターになる。女性の生き方・働き方・ジェンダー・フェミニズムを中心に、企業のコンテンツ制作やメディア寄稿、本の執筆を手掛けています。埼玉県と新潟県糸魚川市の二拠点生活をしながら、海外にもよく行きます。柴犬好き。
プロフィール:https://lit.link/misatonoikikata
編集

1990年生まれ。大阪在住のライター。毎日noteを書き続けること1000日以上。日々の小さな出来事や考え事を記録し、自然体な自分とは何か? と向き合い続けている。














