自分の仕事に対して、自信をもって“天職”だと言い切れる人はなかなかいません。
でも誰もがきっと、天職だと誇れる仕事ができたらと憧れの気持ちを抱いているのではないでしょうか。
『私の天職、見つけました。』は、「天職に就いている」と胸を張って自分らしく活躍する人にインタビューを行い、「天職とは何たるか」を探る連載企画です。
今回登場いただくのは、医師、研究者でありながら、週168時間まるごと生徒に寄り添う伴走型オンライン塾「168塾(いろはじゅく)」の代表を務める難波諒太朗さん。医師としては認知症診療に携わり、研究者としては脳科学と教育をつなぐ研究を行う。さらには「168塾」の代表として生徒一人ひとりに寄り添い、それぞれの学習の課題や目標に合わせた指導を行っています。
こうした多岐にわたる仕事を一体どうやって成り立たせているのか。これまでに直面した葛藤や困難をどう乗り越え、何を得てきたのか。そして、難波さんにとっての“天職”とは——。お話を伺いました。

難波諒太朗(なんばりょうたろう)
株式会社sharedの代表取締役/医師/研究者
1998年生まれ、栃木県宇都宮市出身。独学で東北大学医学部に現役合格後、医学生時代は家庭教師や塾講師として延べ数千時間に及ぶ指導に没頭。「成績アップの鍵は授業以外の時間の過ごし方にある」という気づきから、週168時間まるごと生徒に寄り添う伴走型のオンライン塾「168塾」を立ち上げる。戦略設計と日次の伴走コーチによるWサポート体制に加え、学習記録アプリ「168 share」を独自開発し、誰も取り残さない教育環境の実現を目指している。
また現在は、東北大学附属病院で認知症診療に携わり、東北大学大学院加齢医学研究所で脳科学の研究も行っている。
168塾公式ページ:https://juku.168style.co.jp/
医学生が見つけた「塾の本質」
──難波さんは、東北大学医学部在学中に168塾を立ち上げました。キャリアとして最初に意識していたのは医師だったそうですが、そもそもなぜ医学の道に進もうと思ったのでしょうか?
幼少期から理科に強い興味があって、宇宙の図鑑を読んだり、科学館に行ったりするのが大好きでした。医学に興味を持ったのは、中学生のころ。科学雑誌『Newton』に出合い、その内容に釘付けになったんです。
なかでも特に惹かれたのが、生命科学の分野でした。人体はどうやってできているのか。細胞とは何なのか。人間とロボットは何が違うのか。そういったことを知るのが純粋に面白くて、親に頼んで毎月定期購読するほどのめり込んでいました。
──生命科学の中でも医学の道に進もうと思われたのは、何か理由があったんですか?
一つ目のきっかけは、中学2年生のときに職場体験で病院に行ったことです。そこで、学問として興味を持っていた医学が、現場で実際に人の役に立っているのを目の当たりにして、強く心を打たれたんですよね。医師というキャリアを漠然と意識し始めたのは、そこからです。
もう一つ大きな転機になったのは、高校1年生の文理選択です。医師のほかにも、宇宙飛行士や弁護士といった選択肢に惹かれ、正直かなり迷いました。それでも過去を振り返ってみると、やっぱり医学への興味が一番強かった。だから理系を選び、医学部を目指すようになったんです。
──医学部には現役で合格されたんですよね。
そうです。ただ、かなり苦労しましたね。
経済的な理由から進学先は国公立の医学部に限られていたのですが、地元栃木には該当する大学がなくて。医学部受験を前提に教えてくれる塾も、OBからの情報もまったくなかったんです。そんな環境で塾に行っても受からないだろうと考えて、独学で受験に臨むことに決めました。
自分に合った教材すらわからず、何度も本屋に足を運んでは教材を買い替えたり、わからないなりに毎週細かくスケジュールを立ててみたり。模試の結果を分析してA4用紙にまとめ、得意分野と苦手分野を整理しながら試行錯誤を重ねていました。それでも成績はなかなか伸びず、現役合格できるかどうか本当にギリギリのラインでしたね。
結局、何が正しい勉強法だったのかは最後までわからないままでした。

──やっとの思いで医学部に合格したのですね。それにもかかわらず、どうして教育事業で起業することになったのでしょう?
大学入学後に始めた塾講師や家庭教師のアルバイトが想像以上に楽しくなり、のめり込んだことがきっかけです。
最初は単なるアルバイト感覚だったのですが、自分の受験期の経験や勉強法を生徒に伝えると、成績が目に見えて伸びていったんですよね。その変化が面白くて、どんどん没頭していきました。塾の授業は2,000回近くしましたし、家庭教師でも100人ほどの生徒を担当しました。医学部の授業より、アルバイトのほうが忙しかったくらいです(笑)。
気づけば、かつて自分が抱いていた「正しい勉強法とは何か」という問いを、本気で探究するようになっていました。
──医学部での勉強も大変なはずなのに、ものすごい熱量ですね。
お金を払って学びに来てくれている以上、その子の人生に責任を持ちたい。そのくらいの覚悟で向き合っていました。
ただ、続けるうちにある限界を感じるようになったんです。第一志望に合格するにせよ、成績を上げるにせよ、塾の授業だけでは達成しきれない、と。
まず感じたのは、科目数の限界です。僕が教えられるのはせいぜい1、2科目ですが、国公立大学の受験では最大8科目を受けなければいけません。1、2科目教えているだけでは、全体の成績はなかなか伸ばせないんですよね。
もう一つは、時間の限界です。1週間は168時間ありますが、僕が関われるのは多くても週3時間ほど。全体の2%にすぎないんです。その時間だけで、生徒の人生の責任を負うのは難しいと感じました。
──その「限界」を超えるための糸口は見つかったのでしょうか?
僕が着目したのは、「授業以外の時間の過ごし方」でした。成績が伸びる子は、授業外でも復習や宿題を習慣的にこなしている一方で、授業だけで終わってしまう子は、なかなか成果が出ない。さらに、家族関係や友人関係のストレス、睡眠や生活リズムの乱れが、学習意欲に直接影響しているということも見えてきました。
生徒が目標を達成するには、週に3時間の授業だけでなく、24時間×7日、つまり168時間すべてに目を向けて伴走する必要がある。目標設定から日々の過ごし方まで、毎日寄り添う。それこそが、塾の本質なんじゃないかと思ったんです。
168塾の構想が生まれたのは、そのときですね。
せっかく与えられた命。価値あるもののために本能のまま突き進む
──168時間寄り添うという発想は斬新ですね。その構想を形にできる自信は、どこで得たのでしょうか?
当時、僕が家庭教師をしていたM君との出会いが大きなきっかけとなりました。その子は勉強をほとんどせず、テストは赤点続き。進級すら危ぶまれていた生徒でした。お母様から「留年を阻止してほしい」と依頼を受け、週に1回2時間、カフェで数学を教え始めることになったんです。
基礎問題から一つずつ丁寧に教えていくと、少しずつやる気が出てきて、宿題にも取り組むようになりました。でも、やはり2時間の指導だけでは限界があって……。
そこで既存のアプリを活用して、24時間進捗を共有できる仕組みを試験的につくったんです。お母様にも相談してiPadを購入してもらい、僕の考えていた「授業外の時間もすべてサポートする」構想を形にしていきました。
──結果はどうだったのでしょう?
それが想像以上にうまくいったんですよね。M君は人に見られている環境が合っていたようで、宿題の量は10倍近くに増え、成績も一気に伸びました。留年を阻止できたのはもちろん、最終的には数学で学年1位になり、周りから「数学の王」と呼ばれるようになったそうです。
授業以外の時間に寄り添うことの価値は必ずある。そう確信し、もっと多くの生徒にサービスとして届けるために、168塾の立ち上げに向けて本格的に動き始めました。

──168塾を立ち上げることを決めた後も、医学部での勉強は続けられていたんですよね?教育事業だけに振り切ろうとは思いませんでしたか?
医師になることは目標としてブレていなかったので、その選択肢はありませんでした。ただ正直、葛藤はあって……。医学部に入った時点で、家族や親戚が少なからず期待してくれているんだろうな、という感覚はあったんです。医学以外のことに時間を使って、周囲の期待を裏切らないか不安でした。
でも親に相談すると、「自分のやりたいことをやりなさい」と言ってくれたんです。「医学部に入ったこと自体が強みだし、免許を取れば一定の保障にもなる。無理に一本に絞らなくていいから、やりたいことに挑戦しなさい」と。
その言葉に背中を押されて、医学部をストレートで卒業することと、168塾の立ち上げ、その二つに同時に向き合う覚悟が固まりました。
──なぜそこまでの情熱を注げられたのでしょう?
僕も最初から、強い情熱を持っていたわけではありません。ただ、目の前のことに真剣に取り組むうちに、少しずつ探究心が芽生え、課題を解決したいと思うようになっただけなんです。
大学でさまざまな人と出会い、自分の人生について考えるようになったことも大きいですね。せっかく与えられた命だから、後悔はしたくない。限りある時間をどう使うか考えたときに、自分にとって価値のあるものにしたいと思うようになったんです。
当時の自分にとって「価値あるもの」とは、まさに目の前の生徒が目標を達成するのを支えること。そして、幼いころから興味を持ってきた医学を深く学び、それを現場で役立てることでした。
先に立ちはだかるかもしれない壁のことはあまり考えず、本能のまま突き進んでいましたね。
「全部叶える」を可能にした、150%の集中力と仲間の存在
一番は、とにかく時間が足りなかったことです。5、6年生になると病院実習が始まりますし、医師国家試験の勉強もしなければいけない。それでも、当時教えていた生徒一人ひとりにはきちんと向き合いたかったし、168塾の仕組みもブラッシュアップしていきたくて。
やりたいことはたくさんあるのに、時間がどうしても足りない。制限があるなかで、全部が叶えられる方法を模索していました。
──それは具体的にどういうふうに乗り越えられたのですか?
とにかく、切り替えを意識していました。昔から気持ちの切り替えは得意で「この時間はこれをやる」と決めたら、150%の力を注いで集中していたんです。
実習が終わったらそのことはいったん頭から切り離して、168塾のことだけを考える。国家試験の勉強も同じで、過去20年分の過去問を分析して「やらなくていいこと」は徹底的に排除し、とにかく「合格に必要なこと」だけを集中的に勉強しました。その結果、本来なら1〜2年かけて取り組む勉強を2か月ほどで終わらせることができ、なんとか無事に合格できたんです。
──……相当な集中力ですね。
あと、168塾のメンバーが僕一人だったことも大きな壁でした。
現在は、「168時間、生徒に寄り添う」という想いを体現するサービスとして「168 share」を展開していますが、当時はその理想をどう形にすればいいのか、まだ見えていなかったんです。
僕が思い描いていたのは、学習計画の作成や進捗管理だけでなく、日々の勉強内容や小さな気づき、そのときの気分まで共有できる仕組みでした。頭の中の構想を手書きの指示書にまとめてはみたものの、プログラミングの知識がなかったので、本当にそれが実装できるのかどうかもわからないままだったんです。
今振り返ると、想いだけが先走っていたなと思いますね。

でも、そうやって模索を続けていると、不思議と助けが現れるんですよね。途中から、教育学部出身と工学部出身のメンバーが参画してくれて、それぞれの視点でアイデアを磨き上げてくれました。頭の中にあった構想が、少しずつ現実のシステムになっていったんです。
そうして、学習ログや日々のやりとりを一元管理できるアプリ「168 share」が、ようやく完成しました。

──仲間との出会いがあって、難波さんの想いが実現できたのですね。
本当にそうですね。やりたいことを実現しようとすると、どうしても自分の不得意な部分や、超えなければならない壁が出てきます。でも、自分ができることを少しずつ広げていけば、できない部分は誰かが自然と補ってくれる。そんなことをこの経験を通して学びました。
僕の得意なことは、頭の中にある考えを言葉にして伝えることでした。その部分を伸ばしてきたからこそ、メンバーが自然と集まってくれたのかなと思っています。

──「医師になる」というもう一つの目標も無事に叶えられたのでしょうか?
はい。医学部は無事ストレートで卒業し、2年間の研修を経て、認知症診療を専門とする医師になることができました。現在は、東北大学病院をはじめとする複数の医療機関で、週4日ほど診療に携わっています。
それと並行して、大学院の医学博士課程で脳科学の研究も続けています。認知症は脳の病気ですし、目の前の患者さんにより良い医療を届けるには、やっぱり学び続けることが大事だと思っていて。
それに、脳がどうやって情報を記憶したり処理したりしているのかという知見は、168塾での指導にもすごく活きてくるんです。医師としても、教育に関わる者としても、研究は土台になるものだと感じています。
診療と研究をしながら、それ以外の時間はほとんど168塾の生徒のために使っています。アプリ上にきた質問に答えたり、生徒と面談をしたりと関わっている時間は、毎日ですね。忙しくはありますが、自分のやりたいことは全部できているかな、と思っています。
すべてをやるからこそ、すべてのキャリアが強化される
──そうやってすべてのキャリアに向き合うなかで、とくに168塾には多くの時間を注がれていますよね。あらためて、やりがいを感じるのはどんな瞬間ですか?
生徒と第二の家族のような関係を築けることと、その子の変化を間近で見られることです。
168塾では、週に一度、必ず面談の時間を設けています。といっても勉強のことを堅苦しく聞くわけではなくて、学校や部活での出来事、体調の変化、友人関係、親との関係まで、日常のあらゆることをフラットに話しています。授業以外の要素がすべて勉強に影響しているからこそ、1週間をいろんな角度から一緒に振り返っていくんです。
そうやって細かなことまで共有しているので、家族には言いづらいことも相談しやすい関係は築けているかなと思います。その子の人生に参加させてもらって、伴走しているような感覚ですね。
──その感覚は、他のキャリアではなかなか得られないものなのでしょうか?
実は、医師としてのやりがいとも通じるところがあるんです。認知症の診療は、ただ薬を処方するだけではなくて、その方がどんな生活を送り、ご家族からどんなサポートを受けているのかを知るところから始まります。そこから、どう過ごしていくのが良いかを一緒に考えていく。
相手が生徒か患者さんかの違いはありますが、その人の168時間まるごとに目を向け、人生をより良い方向へ支えていくという点では同じなんです。
168塾の場合も、生徒のコンディションを把握したうえで、さまざまな角度からサポートをしていきます。実際に成績が上がっていく変化を目の当たりにできたときは、本当に幸せだなと思いますね。

──医師、研究者、そして168塾での活動をすべて同時並行で行うことのよさは何だと思いますか?
全部をやっているからこそ、全部が強化されているなと感じますね。
これまでずっと脳科学の研究をしてきたので、生徒がどうすれば目標を達成できるのかを、脳科学の視点から考えられるようになりました。生活サイクルや睡眠のリズムについて具体的に指導できているのも、医学的な知見があるからです。
また、168塾で積み上げてきたアプリ開発の経験やノウハウは、医療の現場にも活きています。たとえば認知症の患者さんは、頻繁なスケジュールで薬を投与する必要がありますが、それをどうシステム化すれば安全かつ効率的に医療が回るのかを考えるようになりました。現在はまだ開発途中ですが、学会発表も行っています。
単なる臨床医にとどまらず、別の視点から医療の仕組みを変えていける人でありたい。そう思えるようになったのも、168塾での経験があったからですね。本当にすべてがつながっているなと感じます。
居心地のよさの「解像度」を上げる
──難波さんにとって、3つのキャリアすべてが天職なように感じます。
そうだと思います。ただ、僕自身はあまり「仕事をしている」という感覚がないんですよね。
僕にとっての天職って、仕事という枠を超えて、自分がやりたいことに熱中できている生き方そのものなんですよね。「よし、やるぞ」と気合いを入れなくても、気づいたらそのことを考えていて、いつの間にか夜になっている。そんなふうに没頭できるものが見つかったら、天職といっていいんじゃないかなと思います。
社会人になる前から、僕は自分のやりたいことにできるだけ忠実に、後悔しないように生きてきました。それがたまたま、お金をもらって「仕事」という形になっただけだと思っています。
──でも、熱中できることって、そう簡単には見つからないですよね。
最初は誰もがそうだと思います。僕も単なるアルバイトとして始めましたが、目の前の生徒に真剣に向き合っていくうちに、課題が見えてきたり、やりがいを感じたりして、気づけば熱中していました。
大切なのは、とにかく目の前のことに真剣に取り組んでみること。それが少しチャレンジングで、居心地が悪く感じたり、困難にぶつかったりしても、僕は挑戦したほうがいいと思っています。

──居心地のよさよりも挑戦するほうがいい、と。その理由は何でしょうか?
今、居心地がよいと感じている環境も、これまでの経験や知識があってこそだと思うんです。つまり、経験値が変われば、居心地のよさの定義も変わってくる。
挑戦には、困難や葛藤がつきものです。でも、そこはいったん目をつむって、自分のできることを少しずつ広げていく。そうすると、見える世界が変わってきて、「こっちのほうが生きやすいな」と思える瞬間が出てくるはずです。居心地のよさの解像度もどんどん上がっていくんじゃないかなと思います。
だから、今の自分で居心地のよさを定義せず、無理のない範囲で、これまで知らなかった領域に一歩踏み込んでみてほしい。困ったときはきっと誰かが助けてくれるし、どんなことでも真剣に向き合っていれば、振り返ったときに「やってよかった」と思えるはずです。
──興味があるものがあっても、自分には合わないんじゃないかと思って足踏みしてしまうこともありますが、難波さんの言葉でまずは真剣にやってみようと思えました。最後に、今後の展望について教えてください。
まずは、168塾のアプリ「168 share」をアップデートしていくこと。そして、「授業以外の時間に寄り添うことこそが大切」という考え方を、もっと多くの人に知ってもらいたいですね。
僕自身の生き方としては、これからも子どものような心を忘れずにいたいと思っています。自分のやりたいことに正直に、後悔のない選択をしていく。小さいころから続けてきたその姿勢を、これからも大切にしたいですね。
今は医師と研究、そして168塾の経営をしていますが、数年後にはもしかしたら新しいことにも興味が湧いているかもしれません。でも、それでいいんです。いつ命が尽きても後悔がないように、自分に忠実に生きていくつもりです。

難波諒太朗(なんばりょうたろう)
取材前の私は、興味のあることに出会っても「自分には合わないかもしれない」「うまくいかなかったらどうしよう」と考えてしまい、つい足踏みしてしまうことがありました。
しかし、難波さんのお話を聞くなかで、興味を持ったことにはまず真剣に向き合ってみようと少しずつ思えるようになったのです。なかでも心に残っているのが、「一歩踏み出して挑戦すれば、居心地のよさの解像度が上がっていく」という言葉。
今感じている心地よさの先には、より自分に合った働き方や生き方があるのかもしれません。挑戦の先にある不安ばかりに目を向けていた自分に気づき、これからは少しずつ、自分の可能性にも目を向けていきたいと思うようになりました。
目の前のことに真剣に向き合うなかで、自分にできることや強みを一つずつ拾い上げ、磨いていく。その姿勢を続けていけば、いつか振り返ったときに「気づけば仕事になっていた」と思える場所に辿り着いているのかもしれません。
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ソラミドmadoについて
企画・取材・執筆

岡山出身。大学卒業後、SE、ホテルマンを経て、2021年からフリーランスのライターに。ジャンルは、パートナーシップ、生き方、働き方、子育てなど。趣味は、カフェ巡りと散歩。一児の母でもあり、現在働き方を模索中。
編集

1990年生まれ。大阪在住のライター。毎日noteを書き続けること1000日以上。日々の小さな出来事や考え事を記録し、自然体な自分とは何か? と向き合い続けている。















