CATEGORY
POWERED BY
SKYBABIES
SKYBABIES

しがらみなく、自由気まま。ときにはネコのように自分優先で生きてみる|ネコ心理学者・高木佐保

散歩をしている最中に、たまにネコを見かけることがある。

道端に寝そべり、大きなあくびをしながら、日向ぼっこをしている。膝をかがめ、「おいで」と言いながら手招きしてみるけど、全く近寄ってこない。むしろ背中を高くして、こちらをじっと睨み、隙を見てさっとどこかへ行ってしまう。

「あぁ、つれないなぁ」

走り去るネコの後ろ姿を眺めながら、あいつらはいいよなと嘆く。

自由気ままで、のほほんと日々を過ごしているし、餌が欲しかったり、撫でて欲しかったりする時だけこちらに媚び、それ以外のときはプイッとよそよそしい。自分勝手だけれど、皆に愛されている。

「もしかしたら、ネコってめっちゃ自然体なんじゃないか」

そんなふうにひらめき、ネコについて話を伺える人を探していたときに見つけたのが、ネコ心理学者の高木佐保先生だった。

高木先生は、麻布大学特別研究員として日々、さまざまな実験を行い、ネコの心について研究をされている。

ネコが自然体で生きているように思える理由やネコの生き方からぼくたちが参考にできることなどを一緒に考えてもらった。

ネコは色々と考えている

ーー高木先生の著書『ネコはここまで考えている 動物心理学から読み解く心の進化』では、ネコ好きが高じてネコの研究にのめり込んでいったと書かれていましたが、幼い頃からネコが好きだったんですか?

実はもともとはイヌ派だったんです。親戚がイヌを飼っていたこともあって、普段から触れ合えるイヌが好きでした。

ネコ好きになったのは、大学3年生の頃、実家でネコを飼い始めたことがきっかけでした。自由気ままに過ごす猫の姿を間近で見ていて、その生き方に憧れの気持ちを抱いたのが大きな理由かもしれません。

ーーイヌもネコも好きということですよね。なぜネコの研究をしようと思ったのでしょう?

そもそも私は幼い頃から動物全般が好きでした。「動物の考えていることが知りたい」といつも思っていたんです。その思いはしばらくの間忘れていたんですけど、大学で心理学を学ぶ中で、動物心理学という分野があることを知って。

「動物の考えていることを科学的に解明できるんだ」と感銘を受けたんです。それに実家でネコを飼い始めた時期と進路を考え出すタイミングがちょうど重なったこともあって、動物の中でもネコの研究をしていこうと思いました。

ーー高木先生はネコの「認知」について研究されていますよね。

そうですね、認知という心の機能について研究をしています。心と聞くと感情を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、認知とは音や匂い、映像といった刺激から対象を知覚して、それが何であるかを判断する過程のことです。

さまざまな実験を行った結果、ネコは自分の名前や同居する他のネコの名前を理解すること、飼い主の声を聞いたときに飼い主の顔を思い浮かべることなどがわかってきています。

一見周りのことは気にせず、自由気ままに過ごしているように思えるネコですが、意外と色々なことを考えているんだなとわかって、実験をする度に驚きますね。

もともとは単独性の動物

ーーネコは色々なことを考えているんですね。ではなぜ人間はネコのことを自由気ままに過ごしている動物だと感じるのでしょうか?

ペットとして飼われているイエネコの祖先種であるリビアヤマネコが、単独性の動物であることが大きな理由かもしれません。単独性とは、繁殖期と子育て期以外は単独で行動することを意味します。

つまり単独性のリビアヤマネコは、他者に自分の思っていることを伝える必要も、他者の思っていることを読み取る必要も、群れで生活する動物と比較するとあまりなかったわけです。

ネコはそのような動物を祖先に持ち、基本的には単独性で他者のことを気にかけていないように見えるため、私たち人間からすると自由気ままで、のほほんとしているように思えるのではないでしょうか。

ーー本来は必要以上に、他者とコミュニケーションをとる必要がない動物なんですね。

そうです。ネコとイヌを比較すると、ネコの方がコミュニケーションシグナルの数が少ないと言われています。

コミュニケーションシグナルとは、イヌが尻尾を振って喜びを表現するように、相手に何かを伝えるための行動のことです。ネコは威嚇や求愛のためのコミュニケーションシグナルはありますが、それ以外のレパートリーはそれほど多くありません。

そのため、人間からすると自由気ままであるという印象を持たれがちなのかなと。ただネコが人間と暮らすようになってきて、徐々にコミュニケーションシグナルの数も増えてきているかもしれないと言われています。

ーー例えば、どのようなものですか?

人間は視線コミュニケーションが豊かなのですが、ネコも同じように視線コミュニケーションをすることが増えてきているんじゃないかと言われています。代表的なものだと、ネコがゆっくり瞬きをすることですね。これは愛情表現、敵意がないコミュニケーションシグナルだと考えられています。

また野良ネコと飼いネコを比べたときに、飼いネコの方が高い声を出す傾向にあるとも言われています。ネコの「にゃあ」という声は人間に対する要求行動のひとつです。ご飯を出してくれとか、撫でてくれとか。

おそらくですが、高い声を出す方が要求が通りやすいということをネコ自身が学習して、高い声を出すようになっていると考えられています。

ーーなんだか、あざといですね(笑)

そうですね(笑)。それぐらい人間のことをよく観察しているというか、どのように行動すれば自分の要求が通るのかを考えているというか。集団生活ができる社会性のようなものを身につけてきたと言えるかもしれません。

いつか“ネコの文明”ができるかもしれない

ーーネコが進化をしているということですか?

そうとも言えるかもしれないですね。人間やネコだけでなく、動物は環境によって多くのことを学び、行動を変化させます。

ネコの飼い方もここ数十年ぐらいで、かなり変わってきました。昔は放し飼いに近いような飼い方をされている家庭も珍しくなかったと思うのですが、今は室内で飼うのが当たり前になっていますよね。またネコカフェといったものもできて、同種と集団で暮らすネコも増えてきています。

こういった環境の変化が、ネコに何らかの影響を及ぼす可能性は大いにあるはずです。

ーー高木先生の見解では、どのような影響が及ぶと考えられていますか?

人間がいないと生きていけないという環境に居続けることになったり、同種と集団で暮らすことになったりするので、高い声を出すみたいなコミュニケーションシグナルのレパートリーがもっと増えていくことは考えられますね。イヌ化と言ってもいいかもしれませんが、今後イヌのように飼い主さんとアイコンタクトをとるネコが増えてもおかしくないと思います。

ーーネコがイヌのようにアイコンタクトをとってきたら、それはそれで可愛いですね。

そうですね。あとは少し飛躍した考えではありますが、ネコの文明みたいなものができることもあるかもしれません。人間は余暇の時間があることで文明が進んでいったということが言われているので、寝食に困らなくなったネコたちが集団で何かしらの文明を築くこともあり得なくはないかなと。

例えば、複数のネコが協力して飼い主の目を盗んで、好きなご飯をゲットする方法を編み出すみたいな……(笑)。想像するだけでも面白いですよね。

自分と他者の境界線を明確に引く

ーーこうやってネコのお話を伺っているだけでも、癒されるような感じがするのですが、人間はなぜネコに癒されるのでしょう?

大きな要因としては、とにかく可愛いこと。ネコの顔は、人間の赤ちゃんの顔と似たような特徴があるんですね。これをベビースキーマというのですが、人間は生得的に赤ちゃんを可愛いと感じるようになっているんです。

あと、ネコは人間と対照的な動物だと思っていて。人間は社会性が非常に高い生き物で、家族や会社という集団に上手く溶け込むためにさまざまな役割を演じていて、長い時間脳をフル回転させているんです。

認知負荷がかかると言うのですが、そのような状態だとどこかで疲れてしまいますし、さまざまなしがらみにとらわれて生きづらさを感じてしまいます。

一方で、ネコは社会性を徐々に身につけているとはいえ、もともとは単独性の動物なので、しがらみのないような生き方に見える。そういった生き方に憧れる思いをネコに投影して、癒されているのかもしれません。

ーーネコは社会性と単独性のバランスがいい生き物なんですね。

そうですね。ネコは人間のことを認識し、ある程度感情も理解していると言われていますが、人間の感情によって自身の行動を大きく変えることは少ないように思います。

イヌは比較的社会性が高い動物で、人間が悲しんでいたら近くに寄ってきて心配する素振りを見せたりしますよね。ネコもそういった一面がないわけではないですが、イヌよりは少ないと言われています。

ネコは自分は自分、他人は他人みたいな線引きがしっかりできているなと思います。

人間は社会の変化のスピードに追いつけていない

ーーネコのように社会や他者に合わせすぎないことは見習いたいなと思いました。

私もネコの生き方はすごく参考にしています。やりたくないことは断るとか、寝たいときは寝るとか。もちろん自分の都合だけで行動していたら、よくない場面も多々あるので、気をつけつつですが……。無理をし過ぎないようになったというか、自分に素直になってきたと言えるかもしれないです。

ーーもともとは自分に素直になれていなかったんですか?

自分がやりたいことだったり、自分がどう生きていきたいかだったりが全然わからなかったんですよね。就職活動のときに、周りから「自己分析をしなさい」と言われていたんですけど、自分がわかっていなかったので、本当の意味での自己分析ができなかったんです。

それが動物心理学という学問に出合って、ネコの研究をしてきたことで、これが私のやりたいことだったんだと気づけた。ネコを専門に研究している学者はそれほど多くなく、周りから見れば変わった道に進んでいるのかもしれませんが、充実感を持って働けているなと思います。

端的に言えば、私はネコのように生きたいんですよね。

ーーネコのように生きたい。

しがらみなくというか、自由気ままにというか。動物がやっぱり大好きなので、動物心理学の研究をずっと続けていきたいんです。研究者は立場が上がっていくほど、現場の実験はあまりしなくなることもあるんですけど、私は現場に出続けたいなと思っています。

ーーそういった社会の常識にとらわれず、やりたいこと、好きなことを追求していきたいということですね。

そうですね。最近は多くの人が社会の変化のスピードに合わせようとして、無理をしているように感じますが、必ずしも追いつかなくていいのかなと思います。というよりも、追いつけないものなんだと認識しておくといいと思います。

人間を含む動物は何十億年もの環境の変化に合わせてゆっくり体や心を進化させてきましたが、ここまで環境の変化のスピードが大きいのはこれまでなかったことです。

例えば、24時間誰とでもつながれる世界はほんの15年前までは当たり前ではなかったですよね。やはり他者とずっとつながれてしまう時代というのは少し疲れてしまう面もあるのかなと。

そのため、そもそも人間は社会の変化のスピードについていけないという前提を頭に入れておき、ある程度の社会性は保ちつつも、ときにはネコのように自分を優先してもらえたらと思います。

高木 佐保(たかぎ さほ)
ネコ心理学者/日本学術振興会特別研究員(RPD)/麻布大学特別研究員

1991年生。2013年同志社大学心理学部卒業。2018年京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻心理学専修博士課程修了。博士(文学)。2017年度京都大学総長賞を受賞。著書に『知りたい! ネコごころ』(岩波書店)『ネコはここまで考えている 動物心理学から読み解く心の進化』(慶應義塾大学出版会)がある。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

執筆

佐藤純平
ソラミド編集部

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu

撮影

飯塚麻美
フォトグラファー / ディレクター

東京と岩手を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身。旅・暮らし・人物撮影を得意分野とする。2022年よりスカイベイビーズに参加。ソラミドmado編集部では企画編集メンバー。
https://asamiiizuka.com/

注目記事