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その“繊細さ”、自分の心に向けてみて。『がんばらなくても死なない』作者・竹内絢香さんの歩みに見る、自分を大切にするヒント

我慢することが偉いと思いこんでしまったり、「大丈夫」と言い聞かせて心身を削ってしまったり。謙遜の積み重ねがいつか卑下になって、自分を大切にできなくなってしまったり。

周囲の顔色をうかがうことに慣れてしまった結果、いつしか生きづらさを感じるようになっていた──こんな人、多いのではないでしょうか。

筆者もその一人です。

そんなときSNSを通じて、『がんばらなくても死なない』という漫画に出会いました。

期待に応えようとするあまり無理をしすぎてしまう、自分の希望をなかなか伝えられない……。漫画に描かれたエピソードには、たくさんの共感が。

同時に、そんな自分を受け入れるためのあたたかい言葉や体験談も添えられていて、数々の勇気をもらえました。

そして漫画を読んでいて感じたのは、作者の竹内絢香さんが自身の感情や心情を冷静にとらえ、見つめ直す力に非常に長けられているということ。苦しいときほど人は余裕をなくしてしまいがちですが、竹内さんは大変なときのご自身の心の内を繊細にキャッチし、受け入れていらっしゃるのだと感じました。

そんな竹内さんにお話をうかがった今回。

漫画家として活動するようになるまでのエピソードや、『がんばらなくても死なない』誕生の経緯、そして“作家として生きていくこと”にかける想いを通じて、心の動きをキャッチするコツや、自分を大切にするためのヒントを探りたいと思います。

「安定した生活」が何よりも大切だと思っていた

──いつごろから漫画家を目指すようになったのでしょうか?

いつか漫画家になりたいなとは、子どものころから思っていました。一方で、私の周りには「なるべく大きな会社に入って勤め上げるのがベスト」という価値観が浸透していて……。漫画家になりたいなんて、「魔法使いになりたい」っていうのと同じくらい、現実性のないことだったんです。

いつか絵で食べていきたいという夢はずっと抱いていたけれど、周りにはなかなか言えず……その想いは心の内に秘めていましたね。絶対になりたいけれど、「本当になれるのかな」という自信のなさが、常に同居している感じでした。

──子どものころの周囲の「あたりまえ」って、それが「世界のすべて」みたいに思えてしまいますよね。

そうですよね。でも、決してあきらめていたわけではなかったので、大好きな絵をずっと描き続けてきました。

私の学生時代にはSNSもなくて、漫画家になりたければ雑誌などの賞に応募して、デビューにこぎつけるのが王道の流れ。自分もなんとかその流れに乗れたらと、高校生のころには作品を応募するようになったんです。

それで賞をもらうことができて、少しずつ絵のお仕事をいただくようになりました。大学進学後にも賞をとれて、いよいよ本格的に漫画家としてデビューしちゃうぞ、というところまでいったんですけど……

──けど……?

怖くなって、やめてしまったんです。

──え! 夢が叶いそうだったのに、どうして……?

当時の担当さんに、「漫画家は売れてもつらいし、売れなかったらもっとつらいよ」と言われたんですよね。それって、どっちにしろめちゃくちゃつらいじゃん! って……(笑)。怖くなっちゃったんです。

そうなったらもう、子どものころから刷り込まれてきた価値観に飲み込まれてしまうのは、あっという間で。「どうせつらいなら、ちゃんとご飯が食べられるようにしなくちゃ」と。

漫画はこのまま趣味として続けて、普段は安定した会社で働いて、きちんとお給料をもらって生きていくのがいいんじゃないか、と考えました。それで、デビューの話は白紙に戻して、一般企業に就職したんです。

──物心つくころから時間をかけて根付いた価値観を変えるのは、難しいですよね。竹内さんのなかには「安定した人生の大切さ」が染み付いていたんですね。

そうなんですよね……。当時の私は、仕事に対して「好き」を求めちゃいけないと思っていたところがあって。つらいことに耐えて、それでお金をもらって生活していくものだと思っていました。会社員時代はとにかく「頑張らなくちゃ」と思って、忙しく過ごしていましたね。

やっと、自分の気持ちを受け入れられた

──『がんばらなくても死なない』には、会社員生活から一念発起してイギリスへ留学し、再び漫画の道を目指すことになったエピソードが描かれていますね。何かきっかけなどはあったんでしょうか?

きっかけは、おじいちゃんが亡くなったことですね。身近な人が亡くなったのが初めてだったのもあって、「人って死ぬんだ」とハッとさせられたというか。仕事が忙しくて、社会人になってからは絵もほとんど描けていなくて。「何のために生きているんだろう?」と不安になったんです。

私、小さいころからシャーロック・ホームズが大好きで、イギリスにずっと憧れていたんですよね。「いつか美大で絵を学んでみたい」という夢を、憧れの街で叶えられたらと、新卒から4年ほど働いた会社を辞めて、イギリスへ留学することにしました。

──イギリスでの生活はいかがでしたか?

イギリスにいる間は、女子寮で過ごして、自分より若い友人に囲まれて、毎日、いろいろな人の絵を見て……。とにかくインプットの日々でした。たくさんの刺激を受けたことで、「自分の絵で仕事をしたい」という想いも改めて定かになりましたね。本当に行ってみてよかったです。

当初は2年ほどイギリスで学ぶつもりだったのですが、通おうとした大学院は、蓋を開けてみたらファッション系の色がかなり強いところだったんです。「漫画家になりたい」という気持ちに自信を持てたので、これなら日本に帰って漫画だけに力を注いでみてもいいかも、と。結局、3ヶ月ほどで帰国しました。

以前の私だったら、「こんなに早く帰ってきて、中途半端だと思われたらどうしよう」なんて考えていたと思います。でも、会社を辞めて、夢に飛び込んでからは、「こうあるべき」みたいなことは考えなくなりました。やっと、自分がどうしたいのか、自分にとって何がいいのかを主眼に置けるようになったんです。

──その後、『がんばらなくても死なない』はどのようにして誕生したんですか?

会社を辞めてからイギリスへ行くまでの半年ほどの間にも漫画を描いて、賞をいただけていたのもあって、帰国後には最初の単行本を出版させてもらったりしました。でも、一冊出たからといって、全然食べていけるようにはならなくて。

更には、当時関わっていたレーベルがなくなってしまった関係で、いろいろとうまくいかないことが重なって、精神的にもかなりダメージを受けてしまったんですよね。それで、しばらく何も描けなくなってしまった時期がありました。 でも、何か描かないと生きている意味がないと思って。「自分のこと」を漫画にしてSNSで発信するようになったんです。それが、想像以上に反響をいただいて、ありがたいことに、そこからトントン拍子という感じで『がんばらなくても死なない』の出版に至りました。

空気を読み過ぎちゃう人は、自分を分析するのが上手

──自分の気持ちを漫画で表現するようになって、よかったと感じることはありますか?

自分の気持ちや悩みを漫画にしてみると、外在化されて成仏するというか。ずっと頭の中でぐるぐる考えてきたことを、客観的に見ることができてスッキリします。日記だったり、文章にしてアウトプットしてみるのも気持ちの整理に役立ちますよね。

──『がんばらなくても死なない』を読んでいて感じましたが、竹内さんはご自身の内面を見つめ直すのがすごくお上手ですよね。元から得意だったんでしょうか?

うーん。自分の気持ちを見ないように生きてきたことが、ここにきて役立ったのかもしれません。

──自分の気持ちを見ないようにしていたことが、自分の内面を見つめるのに役立つ……? どういうことでしょう?

子どものころから夢をオープンにできなかったり、いつも周囲に遠慮して、自分の希望や意見をはっきりと言えなかったり。常に「空気をよまなきゃ」と思って生きていたからこそ、周りの様子や人の気持ちを察知する力は鍛えられていたというか。

その力を自分に向けてみたら、今度は自分の気持ちや欲求を理解するのに役立った、という感じです。

──空気をよむ力を自分に向けてみることで、気持ちをうまく察知できるんですね。

そうなんですよ。だから、「自分なんて……」と遠慮してしまう繊細な人ほど、自分自身の内面を分析する力に長けていると思います。

そんなにも周りを気遣えるなら、自分のことだって大切にできるはず! と気づいてからは、私自身も気持ちのバランスを取るのがだいぶ楽になりました。

──漫画に登場する、大学時代の先生やお友達も素敵ですよね。背中を押してくれる存在が周囲にいたというのも、竹内さんがご自身の夢に自信をもって向き合えるようになった要因のひとつなのではと想像します。

漫画にもよく登場する、大学時代の恩師と黒髪の友人は、私にとってずっと憧れの二人なんです。二人の生き方や考え方が素敵なのはもちろんだし、いつも私の生き方を尊重してくれて、自信をもらえます。存在を全肯定してくれるんですよね。

彼女たちに会ったときに面白い話ができるような自分でいたいっていう気持ちも、今の私の原動力のひとつになっています。

──そういった素敵な出会いは偶然による部分も大きいのかもしれませんが、信頼できる人に出会うためのコツのようなものがあったりするのでしょうか?

これは、メンタルヘルスをライフワークにしている医師の友人に聞いたことで、統計上、出会う人の三人に一人ぐらいはいい相談相手になれるらしいんです。だから、自分が何か悩んだときに相談してみれば、三人に一人は親身になってくれる人がいるって希望を持つようにしています。

──三人に一人。意外と、いい相談相手に出会える可能性って高いんですね。でも、自分の悩みを打ち明けるのってなかなかハードルが高いですよね……。

私も以前は、落ち込んでいるとき恩師と友人にも相談ができなかったので、誰かに頼ることの難しさはすごくわかります。

でも、その後私が落ち込んでいたことを知った友人が、怒っていたんですよ。「何で言ってくれなかったんだ」って。恩師にも、「本当にしんどいときに傍で聞いてあげられなくてごめんなさい」って、謝らせてしまって。それまでは、悩みを打ち明けることで面倒をかけると思っていたんですけど、その状況を共有しないことで悲しませてしまうことがあるんだって、気づきました。

だから、今では人に弱みを見せられるようになってきたし、元気がないときには「ちょっと元気じゃないかも」と気軽に言えるようにもなってきましたね。

好きなことは、がんばりたい

──あえて聞いてみたいのですが……竹内さんが考える“がんばりどころ”は、どんなときでしょうか?

大好きなことに向き合うとき、ですかね?

たいていのことはがんばらなくても死なないけれど、やっぱり好きなことはがんばりたい。ようやく漫画を仕事にできるようになってきましたが、今も苦しいことはめちゃくちゃあります。でも、好きだから食らいつけちゃうんですよね。これからも、「漫画で食べていくこと」に関しては、自分の納得のうえでがんばり続けたいです。

──前向きに「がんばれる」ことがあるのって、いいですね。

好きなことをがんばれると、それが自分のアイデンティティになっていきます。そうすると少しずつ自信を持てるようになって、毎日を機嫌よく過ごせる。身のまわりのちいさなよろこびにも、気づきやすくなるんですよね。

先日も、「納豆ごはん、最高!」って、おいしさを噛み締めてました(笑)。だから、好きなことさえがんばれれば、生きることを楽しむパワーもどんどん生まれていく。このサイクルが、すごく自然でいいなと思います。

今は、ありがたいことに好きなことをいっぱいさせていただいています。これからさらに成果が出れば、私に元気をくれる周囲の人たちにも、ハッピーを届けられるはず。だから、もっと上手に漫画を描けるようになって、いっぱい売れて、自分も周りもハッピーにできたらと思います!

竹内 絢香

1987年富山県生まれ。大学卒業後、メーカーにて海外営業を経験。幼少期から抱いていた「漫画家になる」という夢を叶えるべく、脱サラ・渡英。帰国後は漫画家として日本で絵を描いて暮らしている。著書に『英語力0(ゼロ)なのに海外営業部です』(KADOKAWA)、『がんばらなくても死なない』(KADOKAWA)などがある。 2022年5月には、心療内科医の鈴木裕介氏とコラボして生まれた新たな著書『万年不調から抜けだす がんばらないご自愛』(KADOKAWA)も発売。

Twitter: @ayakatakeuchi56


ソラミドについて

ソラミド

ソラミドは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材・執筆

笹沼杏佳
ライター

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年からは株式会社スカイベイビーズにも所属。
https://www.sasanuma-kyoka.com/

撮影

飯塚麻美
フォトグラファー

東京と岩手を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身・明治大学国際日本学部卒業。旅・暮らし・ローカル系のテーマ、人物・モデル撮影を得意分野とする。大学時代より岩手県陸前高田市に通い、おばあちゃんや漁師を撮っている。2022年よりスカイベイビーズに参加。
https://asamiiizuka.com/