働かないことで見つかるものもある|人生に必要な「余白」を考える vol.2 東 信史さん
働く日々に“余白”を設け、よりよい生き方を模索する場づくりに取り組む人をインタビューする連載「人生に必要な“余白“を考える」。今回は一般社団法人キャリアブレイク研究所で理事を務める東 信史さんにインタビューしました。
「キャリアブレイク」とは、一時的に雇用などから離れる離職、休職、休学など、キャリアの中にあるブレイク期間のこと。欧州やアメリカでは、一般的な文化のひとつです。
そんなキャリアブレイクという文化を日本にも広めようと、2022年10月にキャリアブレイク研究所は設立されました。キャリアブレイクに関する研究をしつつ、「むしょく大学」という大学を運営したり、「月刊無職」というマガジンを発行したりしています。
「一時的に働かないことを『キャリアブレイク』として肯定的に捉えてほしい」と語る東さん。キャリアブレイク研究所の理事を務めることになった経緯を辿りながら、むしょく大学でやっていること、受講生の変化、キャリアブレイクがもたらすものについて伺いました。
働かないことを肯定的に捉える文化
ーー東さんは、キャリアブレイクをしていたことがあるんですか?
実は、ないんです。転職は経験していますが、離職や休職でしばらく過ごしていたことはありません。
ーーそうなんですね。それなのに、なぜキャリアブレイク研究所の理事を?
友人の紹介で出会った代表理事の北野から、キャリアブレイクという言葉を教えてもらったことがきっかけでした。
それまで離職や休職のことを悪いことだとは思っていなかったのですが、欧州やアメリカでは「自分の人生を見つめ直す時間」と肯定的に捉える文化があると知って、衝撃を受けたんです。
それを日本に広めていきたいと北野が話していて、お手伝いができるならやってみたいなと思い、立ち上げに関わることにしました。
ーーご自身にはなかった価値観に触れて、衝撃を受けたわけですね。
そうですね。昔からそういう価値観がひっくり返るような瞬間が好きなんです。一般的には「キャリアにブランクがあるのはあまりよくない」という風潮がありますよね。
でも社会も、働いている人も「キャリアブレイクをすることは良いことだよね」と捉えるようになったら、とても面白いなと。イキイキと生きる人が増えるんじゃないかなという期待もありました。
ーーどうしてイキイキと生きる人が増えると思われたんですか?
キャリアブレイクを知るよりも数年前、20代後半から30代前半ぐらいのときに、ぼくは周りの人たちに「とりあえず仕事を辞めたら?」とよく言っていたんです。
転職を経験したことがあるからだと思うのですが、知人から「会社に行きたくないんだよね」とか、「もっと他に自分に合う仕事がある気がする」とか、相談されることが多くて。
ーー仕事を辞めるように促していた。
冗談半分ですけどね。「とりあえず仕事を辞めたら?」と問うと、その人が本当に仕事を辞めたいのか、辞める決断ができないのはどうしてなのかを探ることもできて。
誰かに言われて辞められるのであれば辞めたらいいし、「いや、そうは言っても、一緒に働く人たちはいい人なんだよ。ただ仕事内容が……」みたいな話が出てきたら、課題が解決さえすれば続けたいのかもしれないし。「次の仕事が見つかるかわからなくて不安で、辞められない」と話す人もいました。
ーー実際、仕事を辞める人もいたんですか?
いましたね。仕事を辞めた人には、友だちが働いている会社がみんな楽しそうに仕事をしていたので、そこに連れて行ったりしていたんです。
実際その会社に就職した人も何人かいて「楽しく働ける会社って本当にあるんだ」と言っていたり、しばらく働いた後に「新しくやりたいことが見つかった」と別の道に行く人もいたり。
そういう姿をずっと見ていたので、一時的に仕事から離れるキャリアブレイクという文化を広めていければ、自分のやりたい仕事に就いて、イキイキと生きる人も増えるんじゃないかなと思いました。
無職の人には話せる相手も、場も少ない
ーー「キャリアブレイク研究所」の設立と共に、「むしょく大学」を開校されていますよね。なぜ“大学”だったのでしょうか?
キャリアブレイクをしている人たちの経験や考え方には価値があるんじゃないか、それを共有し、学び合うことができるんじゃないか。そういった仮説をもとに学びの場を作ろうと思いました。
またプログラミングスクールやデザインスクールなど専門的なスキルを学べ、資格の取得が目指せるような学びの場は、すでに世の中にたくさんあります。
それよりも前段階の、何を学びたいか、何を考えたいかを探ったりできる学部やゼミ、サークルなどの多様な場があればと思い、「大学」をモチーフにすることにしました。
ーーむしょく大学では「供養学部」と「自由研究学部」の2つの学部を設けています。どちらも聞き馴染みのない学部ですが、具体的にはどのようなことをしているんですか?
供養学部は「これからの準備として過去やいまの気持ちを整理する学部」です。焚き火を囲んでの対話、ジャーナリングなどを主に行っています。
自由研究学部は「様々な講師との学びの時間を通じてやりたいことを探したり、実際にやってみる学部」です。自分がやってみたいことを1か月間自由に研究してもらい、やってみてどうだったのかを発表してもらっています。
通常の大学とは違い、片方の学部だけでも、両方の学部に入ることもできます。
ーー「自由研究学部」は一般的な大学のゼミに近いものなのかなと思いました。一方で「供養学部」は活動内容も、名前もユニークで、なぜ作ろうと思ったのかが気になります。
僕らも当初は自由研究学部だけしか考えていませんでした。でもむしょく大学を開校する半年前ぐらいから始めていた「無職酒場」をきっかけに、供養学部も必要なんじゃないかと思ったんです。
無職酒場は、無職であれば無料で飲み食いができるポップアップイベントで、むしょく大学開校前までに5回ほど実施をしました。当時は働いていないことには価値があるという文化を広げようにも、その価値とはなんだろうと言語化ができずにいて。
「まずは無職であることに金銭的な価値をつけて、無料で飲み食いできるようにしてみよう」と思って、始めてみたんです。
また自分がキャリアブレイクをしたことがなかったので、実際どうなんだろうと当事者に話を聞いてみたいなと。無料でやれば、たくさんの人たちが来て、色々とお話を聞けるんじゃないかなと思っていました。
ーーどのような話が聞けたんですか?
それが、話に割って入ることができないぐらい参加者同士で盛り上がっていて。予想に反して、お話はあまり聞けませんでした。
でも、その様子を外から見ていて、働いていない人たちは時間はあるけれど、話せる相手も、場も少ないんだなと気づいたんです。
仕事を辞めるまでには、たくさんの葛藤があっただろうし、ストレスやフラストレーションが溜まっていたりもする。でも周りは仕事をしている人が多いから、なかなか時間が合わないし、実際会うことができても、後ろめたさを感じてしまったり、気を遣ってしまったりして素直な気持ちは話せない。
だから自分のやりたいことをやってもらうためには、まずは対話や内省をして、いまの気持ちを整理していく必要もあるのかなと思いました。
溜まっている自分の気持ちと向き合うという意味で、「供養学部」と名付けたんです。
“文化中毒”から感性を回復させていく
ーー受講生のみなさんはどういった理由でキャリアブレイクをしているのでしょうか?
大きく分けると、4パターンあります。1つ目は出産や育児、介護などご自身やご家族のために一時的に仕事から離れるタイプ。2つ目は労働環境や人間関係が合わずに、仕事から離れるタイプ。
3つ目は“文化中毒”と僕らは呼んでいますが、仕事と自分の心との乖離があるために、仕事から離れるタイプ。4つ目は海外留学や独立をしたいなど、どちらかと言えばポジティブな理由で、仕事から離れるタイプです。
20代後半から30代前半のライフイベントを迎える人、第二新卒と言われる人たちが多いですが、中には40代、50代で今後の人生について考えたいという人もいます。
ーー“文化中毒”とは、どういう意味なんですか?
例えば、休職中でむしょく大学に通っていた受講生が「何が好きかわからない」とおっしゃっていたことがあって。仕事をしているときは、好きなこと、やりたいことを考えていると、仕事に集中できなくなる。だから自分の好きなこと、やりたいことに蓋をして、忘れるようにしていたんだそうです。
そのように、仕事や会社の文化に順応するために自分の感性が鈍くなってしまっている状態のことを“文化中毒”と呼んでいます。
ーーなるほど。キャリアブレイクは、文化中毒から抜け出すためでもある。
そうですね。文化中毒から抜け出すためでもありますし、“感性を回復させていく”ためでもあります。自分一人だとわからなかった好きなこと、やりたいことを他の参加者さんたちと話し合うことで、「私もそれが好きだった」「昔はやりたいと思っていた」と思い出す。
また発表する場が設けられているので、実際に体験し、どう感じたのかを他者に共有することもできる。そうやって自分の感性を回復させることができたのがすごい良かったと言ってくださる方もいます。
ーー感性を回復させることで、具体的には受講生さんにどのような変化が起こるのでしょうか?
「何が好きかわからない」とおっしゃっていた受講生さんは、自由研究学部の授業に何度か参加してくれました。
1回目は、身近な人の役に立ちたいというところから、お米農家である実家のホームページを独学で制作して、その成果を発表。「会社では依頼された仕事をこなすばかりだったけれど、自分で考え行動したことで、誰かの役に立つことができてよかった」とおっしゃっていました。
2回目は、自分の好きと向き合うというテーマで自由研究を行い、3回目は、「自分の軸は食なんだ」と定まってきたようで、YouTube上で食に関する情報発信をするようになりました。
最終的には休職から復帰して会社員として働きつつ、自由研究をしていく中で出会った自然栽培の野菜を取り扱う八百屋さんに通い詰めて、食と教育について学びを深めているようです。
自分の人生の選択を面白がってくれる人
ーー何が好きかわからないというところから、自分の好きなことを追求していくようになるのは大きな変化ですね。そのような変化があるのであれば、キャリアブレイクをしてみたいと思う方もいると思いますが、仕事から離れることに恐怖心を抱いてしまい、なかなかできないという人も多いような気がします。
そうですね。会社員の方も、フリーランスの方も、一時的とは言え、仕事から離れることに恐怖心を抱く人は多いです。社会的にもそれをよしとする風潮はまだありませんし、休むことに罪悪感のようなものを抱いてしまう場合もあるのかなと。
また将来が不安でキャリアブレイクを選ぶことができない人もいますね。ただ明らかに一度仕事から離れた方がいいなという人もたくさんいるように感じています。
ーーそれはどんな人ですか?
単純に身体が疲れ切ってしまっているとか、愚痴や不平不満ばかりを言っているとか。視野が狭くなって何かに固執してしまっている人も一度離れてみた方がいいのではないかと個人的には思いますね。
ーーそういう人たちが恐怖心を乗り越えるためにはどうすればいいんでしょうか?
恐怖心をなくすことはできないと思うんです。いままでずっと続けてきたことから離れようとするわけなので、少なからず不安はつきまとってきます。
ただ、ぼくらは「自分の人生の選択を面白がってくれる人」と呼んでいるんですけど、周りに自分を信頼してくれていたり、応援してくれたりする人がひとりでもいると、挑戦しやすくなるとは思っていて。
「仕事をしばらく休もうと思っている」と言ったときに「いいね」と背中を押してくれるような人がいれば、安心するし、勇気も湧いてくる。
多くの人は「次はどうするの?」「お金は大丈夫なの?」と心配してしまいますが、そうすると本人の不安は余計大きくなってしまうと思うんです。
ーー確かに「次はどうするの?」「お金は大丈夫なの?」と言われると、やっぱり次を決めてからにしようかなと思ってしまうかもしれません。
そう思ってしまいますよね。もちろん次を決めてから仕事を辞めるというのもいいと思うのですが、キャリアブレイクという選択も考えてもらいたい。
休んでもいいし、やりたいと思っていることに挑戦してもいい。何をすればいいのかわからなければ、「自分の人生の選択を面白がってくれる人」と一緒に考えてみてもいい。
キャリブレイクの経験者の多くは、働き出してしばらく経ってから「あの期間があって良かったな」と振り返ります。キャリアブレイク前やその際中はどちらかと言えば、葛藤や不安が常にあって、本当にこれでいいのかと悩んでいる。
だから、一人で抱え込まず、仲間と共有し合うのがいいのかなと思います。
いつもの自分から離れてみる
ーー多くの人たちのキャリアブレイクに携わってきた東さんが考える「人生の余白」とはなんでしょう?
仕事に限らず、過ごしている場所や、日頃やっていること、付き合っている人間関係……。そういういつもの自分から離れてみることが「人生の余白」かなと思います。
ーーいつもの自分から離れてみる。
周りの影響を受けて自分というものは形成されていると思うんです。誰しもが、この場所で、この人たちといるときの自分はこういう人間でいるべきだ、みたいな振る舞いを無意識的にしてしまう。それがずっと続いていくと、人生の選択肢も限られたものになってしまうのかなと。
いつもの自分と離れてみると、新しい自分の一面を知ることができたり、どこにいても、誰といても変わらない自分の軸に気づけたりする。そうすると、それまでには想像もしていなかった道が切り拓かれていくんじゃないかなと思います。
ーーいつもの自分から離れてみることで、自分の“余白”が広がるのかなと思いました。
そうですね。その空いたところに何かしらが入ってくるのかもしれません。
いつもの自分から離れてみるときに、意味がありそうなことだけをしないようにしてほしいなとも思っていて。むしょく大学の授業を行っている中で、授業の時間ももちろん大事なんですけど、それとは違う時間もすごく大事だなと最近は感じています。
例えば、2泊3日の滞在型のプログラムを行ったときに、当初組んでいたプログラムをやらずに、みんなでカードゲームをしたり、雑談をしたりしたこともあるんですね。
そういう一見意味がなさそうな時間から「自分は負けず嫌いだったな」とか、「人と話すのが好きだったな」とか、気づくもの、見つかるものもあると参加者が言っていたんです。
だから、もしキャリアブレイクをするとしたら、何か意味があることをしなければ、価値のある時間を過ごさなければと無理に思わなくていい。
「これをして何の意味があるんだろう。でも、やってみたいからやってみるか」みたいなことにぜひ挑戦してみてもらえたら、見つかるものがきっとあるはずです。
東さんのお話を聞きながら、自分が意図せずキャリアブレイクをしていたときのことを思い出していました。新卒で入った会社を、あと先考えずに3年間で辞め、熊本の震災ボランディアに行ったり、フィリピン留学をしたりしていました。
「早く次の働き口を見つけなければ」「こんなことをしていていいのだろうか」。葛藤や不安もありましたが、周りにはぼくの選択を面白がってくれる人たちがいて、サポートを受けながら徐々に進みたい道が決まっていったのでした。
その後、当時の経験を活かせるような仕事に就くことはありませんでした。でも、キャリアブレイクという選択をしたことでいまの自分がいることは確かです。
もしあなたが仕事に対してモヤモヤした気持ちを抱いているなら、キャリアブレイクという選択もぜひ考えてみてください。
東 信史
キャリアブレイク研究所理事
1985年1月生まれ佐賀県出身。ファシリテーター・ワークショップデザイナーとして活動。2014年に「まちとしごと総合研究所」を京都で設立し、住民主体のまちづくり事業に携わりながら「ひとりじゃできないこと、みんなでやる」をテーマに活動を拡げる。2022年には「キャリアブレイク研究所」を設立し、一時的な離職や休職を肯定的に捉える文化を日本で拡げるための活動に挑戦している。23年5月、妻の出産にあわせて愛知県岡崎市に引越し、現在は子育てと新しいまちでの暮らしづくりを楽しんでいる。
ソラミドmadoについて
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大阪在住。フリーランスで、コーチングやカメラマンなど関わる裾野を広げています。自分がご機嫌でいられる生き方を模索中。多様な在り方を受け止め、一緒に考えられる人でいたい。
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