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何かに依存せず、自分が納得できる生き方を見つけるために。アドレスホッパー市橋さん夫妻が目指す“未来の暮らしの実験者”

“場所”は、生き方に大きな影響をもたらす要素のひとつ。

生まれ育った街の環境が価値観の形成に影響したり、住んでいる場所によって進学先や就職先の選択肢を絞ることがあったり。反対に、学校や職場の近くへ住まいを移したり。

特定の場所に生活や仕事の軸を置くことに対して、不自由さを感じずに済んでいればいいですが、ときには場所の制約によって、「あの会社は遠いから働くのは難しいかな……」なんて、選択肢が狭められたように感じてしまうことがあります。

自分の意思と反する形で行動が制限されるのは、なかなか息苦しいものです。きっとそれって、不自然な状態なのではと思います。だから“場所選択の自由”は、自然体で生きていくための重要な要素のひとつになるんじゃないかと思うのです。

そこで今回は、“アドレスホッパー”の市橋正太郎さんにお話を聞いてみることにしました。

アドレスホッパーとは、家に住まずに、各地を移動しながら生活する人。いわば、“場所にとらわれない生き方”を究極の形で実現されている人です。2017年12月から移動生活を始め、2021年にはご結婚。現在は、ご夫婦でアドレスホッピングされているとのこと。場所にとらわれない生き方のなかで得た新たな発見を、雑誌やSNS等のメディアを通して届ける発信活動もされています。

市橋正太郎さん・市橋加奈美さんご夫妻

そんな市橋さんのこれまでの生き方や、アドレスホッパーとして暮らすようになってからの心境や価値観の変化を聞いてみました。記事の後半では、奥さまの加奈美さんにも加わってもらい、結婚後に生じた変化などもお聞かせいただいています。

お話を聞いてみると、コロナ禍を経て、市橋さんご夫妻は次のステップへと一歩を踏み出している様子。新たな暮らしの実験を続けるお二人のエピソードを通して、場所にとらわれない生き方の価値や、既成概念にとらわれずに暮らしを模索する勇気、そして納得いく人生を歩むためのヒントをもらいたいと思います。

「あれもこれも叶えたい」から始まったアドレスホッピング

アドレスホッパーとは、どんな生き方をする人のことなのでしょうか?

市橋さん

よく、「移動生活」とか「家を持たない暮らし」とか、極端な言い方をされることもあるんです。でも、それはひとつの選択肢であって、家を持たないことだけがアドレスホッパーのあり方ではないと思っていて。 「場所にとらわれない生き方」をすることが、アドレスホッピングの本質だと考えています。

市橋さんは、なぜ場所にとらわれない生き方をしようと思ったんですか?

市橋さん

転職をきっかけに引っ越そうと思ったとき、そのとき自分のなかでしっくりくる暮らし方を見つけられなかったんですよね。

どの辺りがしっくりこなかったんでしょうか?

市橋さん

コストや理想の環境、仕事場へのアクセスなど、いろいろな希望を叶えようとすると、何かが片手落ちになってしまうと思って。都心へのアクセスがいいところに住みたいけれど、コストは抑えたい。週末はなるべく自然の近くで過ごしたい……という感じで、理想がいろいろあったんですけど、なかなか難しくて。

確かに、すべてを満たすのは難しそうですね……。

市橋さん

そうなんですよ。そこで思い立ったんです。「仕事がある日は渋谷のど真ん中で暮らして、疲れたら好きなところに行けるようにすればいいんだ」って。それで家を持たずに、ホテルやゲストハウスを転々とする暮らしを始めました。

なるほど……! とはいえ、お金もかかりそうだし、大変そうだなぁといった印象も抱きます。

市橋さん

それが、30日宿泊しても、東京で家を借りる場合の家賃と変わらないくらいのコストだったんですよ。このあたりは、ちょうど当時の社会背景にも背中を押されたところがありました。10年ほど前からLCCが普及して長距離移動のコストが下がっていたり、ゲストハウスやAirbnbなどが広がって宿泊場所が一気に増えたり。

たしかに、2010年代は訪日外国人数もぐんぐん増え、宿泊施設が急増していましたね。

市橋さん

スマートフォンやSNSの普及によって、情報の検索や発信が容易になったのもよかったですね。初めて訪れる場所でも困らなくて済みますし、訪れた先で出会った人とのつながりも維持しやすくなりました。

そんな背景があったので、アドレスホッピングを始めた当時はガンガン移動して、世界中に友だちをつくるぞ、というモチベーションがすごく高かったです。1年ほど経ったころにはフリーランスでリモートの仕事をすることにして、その後2年間ほどは国内外問わず、かなりの頻度で移動していました。

依存から解放されると、軽やかになれる

場所にとらわれない生き方をするようになって、どんな変化がありましたか?

市橋さん

まず、直感力と決断力が上がりました。常に自分で考えて選択をし続けるので、感覚が鋭くなるというか。

もうひとつは、何かに依存する必要がなくなり、「もしこれがダメでも、ほかがあるから大丈夫」と思えるようになったのがよかったですね。良い意味での“逃げ道”ができました。そうすると嫌われる怖さみたいなものもかなり小さくなって、出会う人と本音でコミュニケーションをとれたりする。結果的に、仕事でうまくいくことも増えました。

フットワークを軽くすることによって、心も軽やかになっていったんですね。

市橋さん

やっぱり、ひとつのコミュニティに所属していると、そこがすべてになるじゃないですか。僕も会社員時代はかなり忙しく働いていたので、逃げ場のないつらさみたいなものは感じていましたし。仕事がうまくいかないと、まるで人生が追い込まれたような気持ちになること、ありますよね。

幸い、僕自身は持って生まれた心と身体が丈夫だったので、なんとかさばいてこられたんですけど……周囲には、心を病んで仕事を辞めてしまう人もいましたし。何かおかしいなっていうのは、ずっと思っていたんです。

市橋さんが、SNSや雑誌などさまざまなメディアでアドレスホッパーという生き方を広めているのは、そうやって苦しんでいる人たちに少しでもヒントを届けたい、という思いがあるのでしょうか。

市橋さん

そうですね。20代、30代の若い人たちがアドレスホッピングという暮らしの選択肢を持ち、場所にとらわれずに生きられる人が増えたらいいなって。

おかげさまでいろいろなメディアで僕のことを取り上げていただいて、アドレスホッパーという言葉は想像以上に浸透してきた感じがあります。だから最近は、移動し続ける以外のアドレスホッピングの方法だったり、持続可能性を考えた暮らしだったり。もう一歩先の生き方を実験していきたい、と思っているところです。

生き方に合わせて、仕事の形は変えてもいい

“一歩先の生き方の実験”として、最近はどんな暮らしをされているんでしょうか。

市橋さん

ここ2年ほどで僕自身の状況や考えにも3つほど大きな変化があったんです。1つは、新型コロナウイルスの拡大。2つめが、結婚。そして3つめが、環境意識の変化です。

3つの変化が重なって、暮らし方にもいろいろと変化が生じました。まず、以前はあえて目的を持たずに移動して、偶然の出会いを楽しむ、というスタイルで暮らしていたのですが、コロナ禍で無目的な移動がしづらくなったというのがあって。最近は、ある程度目的を持った移動をするようにシフトしました。

どんな目的を持つようになったんですか?

市橋さん

なるべく「仕事を作る」ようになりましたね。いろいろな土地の生産者さんに話を聞いて、その思いを伝える発信活動をするとか。最近は、日本各地にある一汁一菜の食文化を深掘りする活動も始めました。2021年には妻の加奈美と結婚したので、料理家の彼女と一緒にやっていける活動も模索しているところです。

結婚されてからは、ご夫婦一緒にアドレスホッピングされているそうですね。加奈美さんは、場所にとらわれずに生きていくことに対して不安やハードルは感じませんでしたか?

加奈美さん

私も固定概念みたいなのを崩すのが好きなタイプで、そこまでハードルは感じなかったように思います。子どものころに転勤族を経験していたり、もともと旅が好きだったりしたのもあって、純粋に面白そうだなって。

料理家としての活動にはどんな変化がありましたか?

加奈美さん

宿泊先に確実にキッチンがあるわけじゃないですし、最初のころはあまり料理できませんでしたね。だから、仕事の予定にあわせてキッチンのある場所に滞在する感じでした。最近は「ここに泊まればキッチンがある」というのもわかってきたので、だいぶやりやすくなってきたところです。私も夫と同じで、生き方に合わせて、新しい仕事のやり方を考えればいいんじゃないかと思っているんです。

お二人とも、生き方に合わせて仕事のやり方を柔軟に変えてみよう、といった思考をお持ちなんですね。

市橋さん

そうですね。仕事を生むっていうとちょっと大ごとに聞こえるかもしれませんが……自分たちがこれまでに経験してきたことを活かして、できること、面白いことをあれこれ探しながら暮らしている感じですね。幸いにも、これまで移動生活をしてきたことで各地域の人たちとのつながりも生まれていましたし。

移動し続ける生活から、拠点に滞在する生活へ

市橋さんは、結婚されてからどんな変化を感じていらっしゃいますか?

市橋さん

明確に意識したわけじゃないですけど、長距離の飛行機移動は頻度が減りました。それと、一回の滞在時間が以前と比べて長くなりましたね。二人だと移動や宿泊のコストが二倍になるという理由もありますが、ずっと一緒にいることで孤独や寂しさを感じなくなったことが大きかったというか。

加奈美さん

基本的に24時間一緒にいるもんね。

市橋さん

ね。以前は、たくさんの人と出会ってつながりたい、という欲求があったんですけど、それは人恋しさみたいなものが影響していたと思うんです。今は結婚して孤独を感じなくなった分、次々と新しい人に出会うよりは、滞在先の地域や人と、もっと深く関わりたいと考えるようになりました。この変化は、“循環型多拠点生活”を模索するきっかけにもなりましたね。

“循環型多拠点生活”、ですか?

市橋さん

さきほど挙げた3つの変化のうちの1つでもある「環境意識の変化」にも通じることなんですが、2、3年ほど前から「自分はこの生活で、どれだけ環境に負荷を与えているんだろう」と考えるようになったんです。

バリバリ移動していたころの僕は飛行機にもめちゃくちゃ乗りましたし、ホテルではアメニティを消費することも多かった。自分が最低限のものしか持たないからこそ、消費型の暮らしになっていたんですよね。一時期は、1回移動するたびに木を一本植えたほうがいいんじゃないか、とまで考えていました(笑)。

加奈美さん

そうだったんだ(笑)。

市橋さん

転々と移動していると、利用した先がどれくらい環境に気を遣っているかは、こちらではコントロールできない。僕の生活は、ほとんどを外部委託するから実現できていることなんだなと気付かされて。これって持続可能性が低いんじゃないかと。

そこで、どうすればある程度環境的な側面をコントロールしつつ、場所にとらわれずに生きられるか考えた結果、各地に“拠点”を作れればいいのではと思うようになりました。現在は、“完全移動型”から“多拠点型”に少しずつ切り替えて、滞在先を一歩ずつ開拓しているところです。

加奈美さん

私自身、親戚の空き家問題なども抱えていて。「誰も住まなくなってしまったけれど、思い出が詰まっているから残したい」という家を活用する道としても、多拠点生活のあり方を考えていきたいんです。

いつかは、自分たちの拠点も兼ねて、宿をやってみたいなとも思っていて。これまでいろんな宿に泊まってきたからこそ、「もっとこうだったらいいのに」と感じることもありますし……それに、移動する生活って、定住している人よりも健康維持が難しいと思うんです。だから、身体にやさしい宿があったらいいな、なんて。最近はそういうことを考えたりしています。

市橋さん

それ、初耳やね(笑)。そんなこと考えてたんだ。

加奈美さん

私も、ただ付いていくだけじゃなくて、この生活に自分でどう理由付けしようかっていうのは、すごく考えていて。以前のように東京で料理の撮影ができなくても、全国を転々としながら、場所にとらわれない料理家だからこそできる仕事をしていけたらと考えています。

最近は、生産現場を見たり、地域の食材を使って料理をしたり。動画や写真を自分で撮って、発信に活かすようにもなりました。

何かに依存することなく、自分の人生を楽しめるように

場所にとらわれず、柔軟に暮らしのスタイルやお仕事の形を変化させているお二人ですが、理想の生き方みたいなものはあるんでしょうか? 

たとえば、お二人にとっての“自然体”というと、どんな状態をイメージしますか?

市橋さん

なんだろうなぁ。答えになっているかわからないけど、僕のイメージとしては、水のように生きたいと思っています。

いろいろな場所にあわせて形を変えて、収まることができる柔軟性とか。常に変化しているけれど、ときにはその場に留まることもできるところとか。流れているほうが清らかで美しい、とか。

加奈美さん

私も、水のイメージが近い気がする。訪れる場所や出会う人からたくさんのことを吸収して、いろんな色に染まって、変化していける今の生活が楽しいですね。

市橋さん

環境に合わせて自分なりに変化することと……あとは、何かに依存することなく独立した状態で自分を持ち続けるのも、僕たちの自然体につながるんじゃないかと。

依存しないことには、どんな良さがあるのでしょうか?

市橋さん

ちゃんと自分の人生を納得して生きて、心が清らかでいられる、みたいな……そういう感じかもしれないなぁ。

人生の判断を誰か別の人の価値基準に委ねたときに、後悔すると思うんです。委ねてうまくいったら、それはいいんですけど。うまくいかなかったときにはその人のせいにしてしまったり、自分で決めなかったことを悔いたりするじゃないですか。

だから最近、僕自身は加奈美の存在に依存しないようにしなきゃ、って意識することがあります。

加奈美さん

お互いが、自分の人生を楽しめるようにしないといけないよね。初めは、せっかく結婚したんだからできるだけ一緒にいたいと思うこともあったけれど……まだまだ人生、先は長いはずなので。

市橋さん

僕たちは、お互いがすごく似ていると思って結婚したんです。だからずっと一緒にいても違和感とかはないんですけど。

とはいえ、長く一緒にいると少しずつ違うところも見えてきます。僕は結構外食が好きだけれど、加奈美は自分で作ったものを食べるのが好きだったり。

加奈美さん

私はどちらかというと古いものが好きだけれど、正太郎さんは新しいものが好きだったりもするよね。

市橋さん

そうそう。

そういった細かな違いを無理に合わせるようになったら、自由が奪われて、依存を生んでしまう。自分で決断しないのは楽なことかもしれないけど、水が停滞すると淀むのと同じで、いつかほころびが生じると思うんです。

加奈美さん

そうだね。だから最近は、たまには別々に移動するのもありかも、と二人で話しています。お互いの直感力を鈍らせないためにも。ちょうど先日、1週間くらい別行動をしたんですよ。

市橋さん

結構よかったよね。これから、別の場所に行きたいと思う機会も出てくるだろうし。

無理に相手に合わせず、「自分は次、ここに行くね」って別行動するのも、いいリフレッシュになっていきそう。1ヶ月の中で1週間くらいは、別々の場所に滞在するとか。

加奈美さん

私たちはほかの夫婦よりも一緒にいる時間が長いと思うから、こうやって距離を保つのがいいのかもって。いろいろと実験中です。

お互いを尊重したいからこそ、ときどき離れる。信頼関係あってこその自然な距離感が素敵ですね。

最後に、今後の目標や、これからやってみたいことをお聞かせいただけますか?

市橋さん

よく、「市橋さんって何の仕事してるの?」って言われるんですけど、このごろ自分でも何と表現すればいいのかわからなくて。もともとマーケターだったけれど、最近はそれも違うなぁと。各地で出会った仲間と「こんなことができたら面白そう」なんて仕事を作るうちに、型や枠組みみたいなものがどんどんなくなっていきました。

加奈美さん

最近は、市橋正太郎のライフスタイルを発信して生きている感じだよね。

市橋さん

そうだね。だから僕がいちばん世の中に貢献できるのは、これからも10年、20年先のライフスタイルを自分たちなりに考えて実験し続けることなんじゃないかと考えています。場所にとらわれない生き方の価値も、もっと探っていけたらいいですね。

“フューチャリスト”っていう言葉があるかはわからないけど、”未来の暮らしの実験者”として、生き方のヒントを届けたり、新しいモノやサービスが生まれるきっかけを作っていけたらうれしいです。

市橋正太郎さん
ライフスタイルイノベーター。Address Hopper Inc.代表。
1987年兵庫県生まれ。京都大学卒業後、IT企業勤務を経て、2019年に同社を創業。2017年末より家を捨て、非定住のライフスタイルを始める。移動暮らしを身近な選択肢にするため「アドレスホッパー」と名付け、広く発信。2021年に料理家、加奈美と結婚し、循環と食をテーマに各地を移動。未来の暮らしを先駆けて実践する先進生活者のアイデアを広く社会実装するため、KDDI総合研究所主導の共創プログラム「Future Gateway」を創設、運営を行う。WOTAエヴァンジェリストとしても活動。
https://www.instagram.com/addhopper/

市橋加奈美さん

循環を考える料理家。夫婦でアドレスホッピングしながら、移動の利点を活かして各地の生産者を訪ねるフィールドワークの実施など、料理と移動の両立に挑戦。身体の声を聞き、自分にも地球環境にも優しい料理を研究。指宿鰹節アンバサダーとしても活動中。
https://www.instagram.com/kanami_hoppingfufu/


ソラミドについて

ソラミド

ソラミドは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材・執筆・撮影

笹沼杏佳
ライター

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年からは株式会社スカイベイビーズにも所属。
https://www.sasanuma-kyoka.com/