自分の仕事に対して、自信をもって”天職”だと言い切れる人はなかなかいません。 でも誰もがきっと、天職だと誇れる仕事ができたらと憧れの気持ちを抱いているのではないでしょうか。
『私の天職、見つけました。』は、「天職に就いている」と胸を張って自分らしく活躍する人にインタビューを行い、「天職とは何たるか」を探る連載企画です。
今回お話を伺ったのは、株式会社LIXIL Advanced Showroom(以下、LAS)の中四国エリアで、エリアトレーナーとして働く古市さん。
キッチンやバスルームなどの住宅設備の提案を行うショールームコーディネーターの育成を行い、エリア全体の業績向上を目指しています。
前職では、子どものころからの夢であったブライダル業界で、4年間働かれていたのだそう。なぜ念願だった仕事を辞めて、LASへ入社したのか。その経緯を辿りながら、古市さんの考える天職を紐解いていきます。

古市(ふるいち)
株式会社LIXIL Advanced Showroom 中四国エリア エリアトレーナー
2017年ブライダル企業に入社。結婚式という特別な一日を支える「おもてなし」に従事。2022年に株式会社LIXIL Advanced Showroomへ入社し、ショールームコーディネーターとして住宅設備を通じた豊かな暮らしの提案に携わる。2024年より中四国エリアのエリアトレーナーに就任。現在は新人育成やエリア全体の業績向上を担い、メンバーが仕事の楽しさを見出せるよう現場をサポートしている。
ブライダル業界で、魔法をプレゼントする側へ
──前職は、ブライダル業界で働かれていらっしゃったんですよね。
そうですね。ブライダル業界で4年間働いていました。小さなころからの夢だったので、働いているときは「この仕事が私の天職だ」と思っていました。
──念願のお仕事だったんですね。ブライダル業界に興味を持たれたのは、何がきっかけだったんですか?
小学6年生のころだったと思うのですが、親族の結婚式に出席したことがきっかけです。目の前に豪華なお料理が運ばれてきたり、催し物が次々と行われたり。
目に入るすべてのものがキラキラと輝いて見えて、「魔法みたい!」と感銘を受けたんです。「私もこの幸せな空間をつくる人になりたい」と強く憧れを抱きました。
それに、結婚式を挙げていない両親のためでもあったんです。ウェディングプランナーになって、両親に結婚式をプレゼントしたいと思っていました。
──ご両親のためでもあったんですね。そこからは迷いなく、ウェディングプランナーの道へ進まれたのですか?
ウェディングプランナーになるという目標はブレませんでした。ただ、大学に進学するかどうかは悩みましたね。周りは進学する人が多かったので、自分の選ぶ道は本当に正解なのかな、と葛藤していました。
ただ、子どもでいることがすごく嫌だったんです。早く大人の世界に行きたいという気持ちが強くて、高校卒業後に就職することを決めました。

──どうして、そう思ったんですか?
校則に縛られているのが苦しかったんですよね。商業高校だったので、髪も結ばないといけないし、スカートも折り曲げられない。自分らしくいられないことが苦痛だったんです。
いまは、大人の世界のほうがルールが厳しいとわかっているのですが、当時は早く大人になって、自由になりたいと思っていました。
──その後、晴れてブライダル業界で働き始めることができて、「天職だ」と思われたわけですよね。
はい。アルバイトとして働き始めたのですが、そのころは、本気でそう思っていました。働き始めてしばらくは、配膳業務を担当していて、一卓に一名のスタッフがつく形式でした。
担当したテーブルのお客様たちが「一緒に写真を撮ろう」と言ってくれたり、アンケートのコメントに「古市さんがいたから今日は楽しかったよ」と書いてくれたり。
もちろん主役は新郎新婦なのですが、「このテーブルのお客様たちを幸せにできるのは、私だけかも」と思うくらいの熱量で働いていましたね。
──結婚式で、スタッフさんと写真を撮るということはなかなか珍しいことだなと思います。それだけ、古市さんの接客が心に響いたんでしょうね。何か工夫されていたんですか?
これといって特別なことはしていなくて。お料理の配膳、説明、下膳をするときに、お客様の目を見て、とにかく笑顔でいることを意識していました。
あとは、ちょっとしたコミュニケーションを取ることを大事にしていたくらいです。特別なことはしてなくても、お客様に喜んでもらえたからこそ、自分にぴったりの仕事だと思っていました。

LASとの出合い。“おもてなし”の答え合わせがしたかった
──そこまで熱意のあったブライダル業界から、転職を考えられたのはどうしてだったのでしょうか?
一番大きなきっかけは、新型コロナウイルスの影響です。当時はアルバイト先とは別の結婚式場で正社員として働いていたのですが、業界全体がストップするような状況に陥ってしまって。このままここで働き続けていいのだろうかと不安が募っていきました。
また、自分のライフプランを見つめ直してみると、ブライダル業界で働き続けることは厳しいかもしれないとも思ったんです。
ゆくゆくは結婚をして、子どもが欲しい。ブライダルの仕事は好きだけど、土日や祝日に休むことが難しく、子育てとの両立は難しいかもしれない。そう考えて退職を決意し、転職活動を始めていきました。
──そこで、LASと出合ったわけですね。
そうですね。一時的にスターバックスコーヒーでアルバイトをしていたこともあったのですが、そこでもまた「天職かもしれない」と思っていたんですね。
お客様の目を見て、笑顔でドリンクを提供する。カウンター越しだったとしても、一緒に居心地の良い空間をつくれることに充実感を抱いて働いていました。
転職先を探すうえでも、そういった幸せな空間づくりができて、ブライダルのような人生の一大イベントに関わる仕事がしたいと思っていました。そんな中で最初に見つけたのが、LASだったんです。
公式サイトを見てみると「おもてなし規格認証を受けている」という言葉が目に留まりました。「住宅設備の提案を行う仕事なのに、“おもてなし”ってどういうこと?」と猛烈に気になってしまって。
その答え合わせだけでもしたいと思って、選考に進みました。

──“おもてなし”の答え合わせはできたのでしょうか?
これはまだまだ答え合わせ中だなと思うのですが、当時は、一生に一度の大きなお買い物をするお客様に満足していただけるよう、丁寧に対応することなんだと理解した記憶があります。
実際、面接の際にも担当者の方はとても丁寧な対応をしてくださいましたし、内定後にマネージャーから電話で「あなたと働けるのを楽しみにしているから」と言っていただけたことも“おもてなし”のひとつなのかもしれないと感じて、入社を決意しました。
一人では得られない、より大きなやりがいを求めて
──選考の中で、“おもてなし”を実感されたのですね。実際入社をしてからはいかがでしたか?
最初は、悔しいことだらけでした。研修は充実していたのですが、覚えなければいけないことは想像以上に多くて。
お客様からお叱りを受けることもありましたし、「あなたよりベテランのスタッフがいい」と言われたこともあって、歯痒い経験を何度もしました。
でも、「絶対に負けるもんか」と悔しさをバネにしたんです。夜な夜な自分で勉強して、知識を身につけたことで、徐々にお客様の求めるものに対して適切なアプローチをしていくことができるようになりました。
新人のころに担当させていただいたお客様から後日、「古市さんに接客してもらったからLIXILの製品に決めたよ」というメールをいただいたときには、「この仕事も私の天職だ」と思いましたね。

──現在はエリアトレーナーとして、人材育成に携わっていらっしゃるんですよね。天職だと思ったプレイヤーの仕事から、支える側へ回ることに葛藤はありませんでしたか?
葛藤はありましたね。それでも、エリアトレーナーに挑戦してみようと思えたのは、ある先輩から昔もらった言葉のおかげでした。
「あなただけが100点の接客ができても、周りがそうではなかったら全体としてはどうなのかな?」
この言葉を思い出して、ハッとしたんです。プレイヤーだったときは、とにかく自分が担当するお客様に満足していただくことしか考えていませんでした。
でも、自分の知識やスキルをメンバーに共有して、より多くのお客様を幸せにできれば、一人で得られるやりがいよりも、より大きなやりがいがあるんじゃないかと思ったんです。
──エリアトレーナーとして、どのようなことを大切にされていますか?
相手の良さや伸ばせるポイントを見つけて、それをきちんと伝えることです。また、「絶対に良くなる」と相手の可能性を信じて、粘り強く寄り添うようにもしています。
「そんなふうに考えたことなかったです」「古市さんに言われたらできる気がします」と言ってもらえると、本当に嬉しいですね。
──接客での「おもてなし」が、いまは「メンバーへのトレーニング」という形に変わったように思いました。
確かに形は違いますが、プロセスは一緒ですね。相手が何を求めているのかを汲み取り、どういうゴールを設定すればいいかを考え、そのゴールの達成を目指して寄り添う。
そうやって、一緒にゴールに辿り着けた時には、心の底から喜びが込み上げてきます。だから最近は、トレーナーの仕事も私の天職なのかもなと思えてきました。

不可能が可能になるプロセスをつくっていく
──ここまでお話を伺って、転職をされても、職種が変わっても、すべての仕事に「天職だ」と感じられていることが素晴らしいなと思いました。
ウェディングプランナーとして働いているときや、スターバックスで働いているときなどは、自分に向いている仕事が天職だと考えていました。周囲の期待に応えられる仕事こそが天職だと思っていたんです。
ただ、いまの私にとっての天職とは「不可能が可能になるプロセス」なんですよね。自分にはできないと思っていたことができるようになること。「これは私にしかできないことかも」と気づけること。
その瞬間というか、そこに行き着くまでのプロセスそのものが天職なのかもしれません。
──不可能が可能になるプロセス、ですか。
不思議なことに、私は人生で度々同じような課題にぶつかるんですね。
例えば、ウェディングプランナーとして働いていたとき、お客様からウェディングドレスについて相談されたのですが、知識がなくてわからなかったことがありました。でも、素直に「わかりません」と言えずに、曖昧な返答をしてしまったんです。
同じように、素直になれず失敗したことがLASで働き始めたころにもありました。
他にも、「あなただけが100点をとれればいいの?」という言葉は、実はウェディングプランナーとして働いていたときや、スターバックスで働いていたときにも言われたことがあったんです。
同じような課題が繰り返されるのは、私がその課題にきちんと向き合わなかったからなんだと思います。自分にはできないと思い込んで逃げていました。
だから、神様が「これはきちんとやらないとダメだよ」と何度も私に課題を与えてくれたのかもしれません。
いざきちんと向き合って、課題をクリアするための努力をしたら、成長を実感することができました。その瞬間にいつも「天職だ」と思えるんです。
──自分にはできないと思い込んでいたことに、向き合えたのはどうしてだったんでしょうか?
「自分を大切にする」ということをものすごく考えるようになったからかもしれません。感覚的な話ですが、私は自分の中にもう一人の私がいるように感じていて。

──もう一人の私。
自信がなくて、不安感の強い私です。幼いころの私は、そういう性格の子どもだったんです。
親からはよく「人のためになることをしなさい」と言われながら育てられました。だから、誰かのためになることをしないと嫌われてしまうのではないかなと思い込んで、周囲からの評価を過度に気にするようになりました。
それに、私の名前は「ひまわりのように、いつも明るくいてほしい」という願いを込めて名付けられたものなんです。
でも、その名前は子どものころの自分にとって、少しプレッシャーでもあったんですよね。家族にも笑っていてほしいから、家の中でも常に明るくいなければならないと思っていました。
──明るいキャラクターを演じていたわけですね。
明るく、いつも笑顔でいる殻を纏って、自分を守っていたのだと思います。学校では「リーダーシップが強い」と言われて学級代表を務めたり、「相談するなら古市さんがいい」と言われて友だちの相談に乗ったり。
話したこともない子から「いつも笑顔で明るいよね。古市さんの笑顔、大好きだよ」と言われることもありました。ただ、内面ではいつもびくびくしていたんだと思います。期待に応えないと嫌われてしまうという恐怖でいっぱいでした。

向き合いたくない自分と向き合う
──外に見せるキャラクターと、心の中にいる自分にギャップがあって、苦しかったのではないでしょうか?
そうですね。ギャップに苦しんだことはよくありました。その苦しみが強く表面化したのが中学生のころでした。一時期、私立の女子中学校に通っていたことがあるんです。
自ら望んでレベルの高い学校に挑戦したのですが、入学して1ヶ月も経たないうちに不登校になってしまって。1年間引きこもりのような生活をしていたんです。
自分よりも頭のいい人がたくさんいたし、女子校という環境にも全く馴染めませんでした。何もかも追いつけず、置いていかれている感じがして、いつの間にか外に出られなくなっていました。
結局、公立高校へ転校したことで、また普通に学校にも通えるようになったんですけど……。

──それは大変でしたね。
振り返れば当時は、周囲からの期待というよりも、自分で自分に過度な期待をしてしまって、内面が追いついていなかったのだと思います。だから、社会人になってからは少しずつ“もう一人の私”のことも大切にしようと努力し始めたんです。
例えば、高すぎる目標を掲げてしまって失敗したときは、「よく頑張っているね」と自分に声をかけたりしています。いつも明るくて、笑顔で、周囲から頼られるような私も私なんです。
同時に、自信がなくて、不安が強い私もいる。小さいころは、殻をつくって見たくない自分の一面を見ないようにしていたんだと思います。
──それを認めることができたのは、課題が何度も訪れたから。
そうです。人生で繰り返される課題は、見たくない自分と向き合うためのチャンスだったんだと思います。そのことに気づいて、認めて、慈しむようになったことで、少しずつ課題を克服できるようになってきました。
それに、自分を守るために明るいキャラクターを演じるのではなくて、自然体でいられることが増えてきました。
エリアトレーナーになれたのも、自分で自分を満たせるようになったからなのかもしれません。期待に応えられない自分も許せるようになったことで、他人の欠点や成長途中の状態もエンパワーできるようになったんです。
自分を守るために磨いてきた明るさが、誰かを照らすものに昇華された。そんな感覚があります。
──自分が嫌われないためではなく、本当の意味で誰かのためになることをするタイミングが訪れたのかもしれませんね。
そうかもしれません。誰しもがきっと、人生で向き合いたくない自分と向き合うべきタイミングが訪れると思うんです。
そのときはつらかったり、悔しい思いもするかもしれません。すぐには向き合えないこともあると思います。でも、チャンスは何度も巡ってきます。
だから焦らず、急がず、じっくりと心が躍ることを試してみてほしい。どんな自分のことも認めて、愛してあげてください。
そのプロセス自体を楽しんでいたらきっと「天職だ」と思える瞬間が訪れるはずです。

天職というと、つい「自分に向いている仕事は?」「自分が好きな仕事は?」と考えてしまいがちです。
でも、天職は追い求めるものではないのかもしれない。どんな仕事をしていたとしても、目の前の出来事や自分自身と向き合う中で、少しずつ形づくっていくものかもしれない。
ハキハキと明るくインタビューに応えてくださった古市さんの笑顔を見ていると、そんなことを感じました。もしかすると、あなたがいま歩いている道のりの中にも、天職につながるヒントが隠れているのかもしれません。
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ソラミドmadoについて
取材・執筆

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu
撮影

写真家。東京都青梅市を拠点に活動しています。築40年の小さな平屋をDIYで改装し、庭の畑を協生農法で野菜づくりをしながら妻と子供2人の4人ぐらし。家庭内自給率(食料とエネルギー)を上げるを目標に日々邁進中。














