肩書きを脱いで、歌って踊って芝居をする。生活に根ざした自己表現の喜び|自然体な「自己表現」に向き合う vol.3-上原紗英さん(ミュージカル演出家)
幼いころは空想を自由に羽ばたかせ、物語をつくり絵本を描くのが大好きでした。真っ白い画用紙にお気に入りのクレヨンで線を描く。でもその楽しみは、大人になるにつれ徐々に遠ざかってしまいました。
「周りからどう思われるだろう」「もっと上手な人はたくさんいるし……」。他人と比べることで自分の作品を推しはかり、いつしか心の中に「表現活動は才能のある人だけが続けられるもの」という固定観念がべったりと張り付いてしまったようです。
様々な表現活動をする人に取材し、自分らしく生きていくための“自己表現”とは何たるかを探る連載企画「自然体な 『自己表現』に向き合う」。
張り付いた固定観念を剥がしたい、そう考えていた折に出会ったのが、NPO法人コモンビートでミュージカルの演出を手がける上原紗英(うえはら・さえ)さんです。コモンビートとは、表現活動によって個性が響きあう、多様な価値観を認め合える社会を目指すNPO法人のこと。年齢・性別・国籍・障がいの有無を問わずさまざまなバックグラウンドを持つ100人の市民が、100日間の稽古を経てミュージカルの舞台に立ちます。
「コモンビートは、歌、踊り、芝居の経験が無くても『やりたい気持ち』があれば誰でも参加できるんです」とにこやかに話す上原さん。その背景には、技術や才能を飛び越えた大切にしたい“表現活動のあり方”がありました。
今回は、出演者100人それぞれの個性を引き出しながら演出を手がける上原さんに、日々どのような想いで自己表現と向き合っているのか、お話を聞きました。
100人100通りの「人生図鑑」を観ているようだった
── そもそも、ミュージカルとはどのように出会ったのですか?
大学時代にミュージカルサークルに入ったことがきっかけです。幼い頃からダンスやピアノをやっていて、表現活動が身近だったこともあり、自然と興味を持ちました。表現活動と一口に言っても、写真や文章、絵、楽器などいろんな形があると思うのですが、ミュージカルは自分の身体そのものを使って表現します。指先を伸ばしたり、腰をそらしたり、一挙手一投足に観客が沸く。舞台の上でその臨場感を肌で感じられる楽しさに魅了されていきました。
── なるほど。そこからどんどんミュージカルの世界へのめり込んでいったのですね!
ただ一方で、オーディションなどの競争をくぐり抜け、ようやく舞台に立てる厳しい世界でもあります。所属していたサークルでは週7日練習があったので、毎日必死に食らいついていました。もちろん努力を重ね、技術を磨くことで得られるやりがいもあります。で
すが、自分より才能のある子が入ってくれば、希望の配役や関わりたい作品からはこぼれ落ちてしまう。「こんな役を演じたい!」「この作品がやりたい!」といった想いがなかなか形にならない日々が続き、徐々にフラストレーションが溜まっていきました。
── 好きな気持ちだけでは舞台に立てない、競争の世界の中で表現を続けていく難しさがひしひしと伝わってきます……。
そんなときに出会ったのがコモンビートでした。これまでサークル仲間とだけ切磋琢磨してきたこともあり「これを機に広い世界でやってみてもいいかも」と思い切って応募してみることにしたんです。結果的に、“100人の市民が100日間のプログラムを通じてミュージカルの舞台に立つ”という新しい表現活動のあり方に触れることが、自分の中の固定観念を壊すきっかけとなってくれました。
── というと?
コモンビートでもオーディションは開催されるのですが、合否を決めるものではありません。あくまで全員が出演する前提で「この人は、どの役が合っているか」「この人が一番輝ける歌やダンスはなんだろう」と、“その人らしさ”を見極めるためのプログラムの一部なのです。演出家(スタッフ)は、一人ひとりの個性をもっとも輝かせられる配役をする。出演者はミュージカル経験の有無に関わらず、自分らしさを表現できる配役が得られる。高みを目指す競争の世界にいたからこそ、こんな作品づくりがあるんだ!と衝撃を受けました。
── 合否によって配役を決めるのではなく、全員一人ひとり違った個性を輝かせることが目的のオーディションだったのですね。
何より一番刺激を受けたのは、自分以外の99人の出演者たちとの出会いです。コモンビートは18歳から出演できるのですが、当時大学生だった私は最年少の世代で、最年長は50〜60代の方たち。多様なのは年齢だけでなく、性別・国籍・障がいの有無を問わずさまざまなバックグラウンドを持つメンバーがいました。
狭い大学の中だけで活動していた当時の私にとっては、多様な人たちとフラットな関係で一つの作品づくりに取り組む日々がとても刺激的で、「こんな生き方もあるんだ」「そんな考え方もあるんだ」と、まるで『人生図鑑』を観ているようでした。
100人いたら、100通りの生き方がある。
100人いたら、100通りの自己表現のあり方があっていい。
それを身をもって実感できました。
── 他の出演者との関わりは、演者としてだけでなく、上原さんの人生においても大きなターニングポイントだったのですね!
そうですね。そこで出会った大人たちに「やりたいことは、今すぐやったほうがいいよ!」と背中を押されて、諦めていた海外留学に挑戦する決意ができたり、そこからご縁がつながって、コモンビートのスタッフ(演出家)として携わることになったり。自分が楽しくミュージカルを続けられる方向へ、ずんずんと人生が動き出していきました。
演出家として悩み抜き、自分の鎧を脱いだ先に見えたもの
── 現在はコモンビートの演出家として活躍されていますよね。演出を手がける上で大切にしていることを教えてください。
その人がありのままの自分を堂々と表現できるようになるには、どんな声かけやサポートが必要だろう、と日々頭をフル回転させながら演出を行っています。出演者の中には、運動や人前で歌うことが苦手な人もいます。技術的なことだけでなく、自分に自信がなかったり、人とのコミュニケーションが苦手だったり、それぞれ悩みながら「壁を乗り越えよう」「殻を破ろう」と必死に汗を流しています。
そうしたとき歌やダンスの技術指導だけでは不十分で、一人ひとりの人生や考え方に寄り添いながら、細やかなコミュニケーションを取ることが大切になってきます。舞台の上で「その人が、その人らしく表現する」ための変化を促すのが私の仕事です。舞台づくりというより、人づくり。そんな感覚の方が強いかもしれませんね。
── 出演者一人ひとりと向き合う根気強さや、本質に切り込んでいく勇気も必要になってきそうですね。
なので、最初はとても悩みました。出演者の中には自分より年上で人生経験が豊富な方もたくさんいます。腕の角度や歌の発声はいくらでも指導できる。でも個性を引き出すというのは、そういうことではない。
「もっと自信をつけたい」「コンプレックスを克服したい」「内気な自分を変えて積極的に人とコミュニケーションを取りたい」といった自身と向き合うためのサポートが必要となったとき「人生経験の少ない20代の私に何ができるのだろう。どうやってみんなをサポートしたらいいか、声かけをしたらいいかわからない……」と、煮詰まってしまって。悩み過ぎてみんなの前で言葉が出てこなくなってしまったほど。上手くやろうとするほど空回って、そんな自分が周りにどう見られているのか怖い。とにかく苦しかったですね。
── それは苦しい時期ですね……。どのように乗り越えたのでしょう。
乗り越えたというより「きちんとしたことを言わなければならない」と思っていた固定観念を手放さざるを得なくなったというか。みんなの前に立って話し始めたら急に涙が出てきちゃったり、うまく伝えられないもどかしさをそのまま言葉にするしかなかったり。
そういう不器用でかっこ悪いありのままの自分がポロッとこぼれ落ちた瞬間があったんです。でも意外にも出演者からは「本音で話してくれた気がした」「また一緒にやっていきたい、ついて行きたいと思えた」と言ってもらえて、そのとき「ああ、一番大切なことは、これだったんだな」と気づけました。
── 演出家としても、大きなターニングポイントを迎えた瞬間だったのですね。
それからは、みんなに「自分らしく!」と声をかける前に、まずは自分自身が、誰よりも自分らしく自己表現をしようと心がけるようになりました。
演出家として何か立派なことを言わないと、きちんとメッセージを伝えられないとダメだ!と焦って自分を見失っては、それこそ伝えたいことから逸れてしまう。力を抜いて鎧を脱いだ先に、ありのままの自分でいることの本当の意味を学びましたね。
生き方そのものが、自己表現だと思うから。
── 大学時代のサークル、コモンビートの出演者・演出家を経て、上原さんご自身の中で徐々に「自己表現の捉え方」が変わっていった様子がうかがえます。
特にコモンビートに関わってからは、ガラッと変わりましたね。幼い頃から大学時代までは「表現者たるもの、舞台でどれだけ上手に表現できるかが大事!」と思っていました。それこそ、才能や技術がものをいう世界なのだと。もちろんプロの世界はそうかもしれません。
でも多様な人たちに囲まれて改めてミュージカルと向き合ってみると、表現の醍醐味は「もっと自分の生活に根差したところにあるんじゃないか」と思うようになっていったんです。
── 自己表現は、「もっと生活に根差したところにある」ですか。
はい。そもそも、人は誰しも表現者だと思っていて。相手にどんな声をかけるのか。どういうコミュニケーションを取るのか。何を好きに、嫌いになるのか。そして誰とどこで生き、どんな人生を選択するのか。
そういう生活の一つひとつのシーンを切り取っても「自己表現」だと思うんです。
── なるほど。
コモンビートの出演者の中にも、「ここでは企業や家庭での肩書きを脱いで、一人の人として舞台に立ちたい」とおっしゃる方がたくさんいるんですよ。
どうしても日常生活の中で、「母としてちゃんとせねば」「社会人としてしっかりせねば」と気負ってしまうこともあると思うんです。でも人生には「母・父として」「社員として」という役割を全うするだけでなく、“一人の人としての自分”を表現する喜びや楽しさを味わう時間があってもいいはず。「母・父として」「社員として」ではなく“人として”自分を表現したい、と。
そうやって才能や素質とは関係ないところで表現活動の意味を捉え直すことができたとき、初めてありのままの自分を表現できる。ありのままの自分で生きられるような気がするんです。
── 素敵ですね。生活と表現活動が地続きであるからこそ、ハードルがグッと下がるというか。技術や才能とは異なるところで自己表現の楽しさを見いだせそうです。
私にも「あの人は才能があるから、特別だから舞台に立てるんだ」と憧れたり諦めたりした時期があるので、表現の世界に足を踏み入れにくい気持ちもわかります。でも何かを達成したり、失敗したり、他人より上手かったり、下手だったり、そういう尺度だけで表現を推しはからなくてもいいと思うんです。
常に100%の力で頑張らなくてもいい。しんどいと思ったら休んでもいい。そのときどきで、自分にとってちょうどいい距離感を見つければいい。私自身そう捉えているからか、ミュージカルでどんなにつらいことがあっても、これまで一度もやめたいと思ったことはないんですよ。
生き方そのものが、自己表現だと思うから。これからも自分らしい生き方を通じて、表現の楽しさを伝えていけたら嬉しいですね。
上原さんのお話を聞いて、ふっと気持ちが軽くなりました。表現活動は才能や技術という物差しだけで測らなくてもいい。そもそも「ありのままの自然体な自分」で生きることそのものが、自己表現なのだから。そう気づかせてくれた上原さんの言葉に、これまで生きてきた道のりが、ほんの少し誇らしく思えました。幼い頃に手放したクレヨンをもう一度手にとってみたい。私たちはもっと、生活に根ざした表現活動を楽しんでみてもいいのかもしれない。そう思えたインタビューでした。
SAE UEHARA(上原紗英) さん
NPO法人コモンビート ミュージカルプロダクション プログラム・演出監修
幼少期からバレエとピアノを習い、中高ではダンスに没頭した表現大好き人間。大学入学時からサークル活動でミュージカルに没頭する中、大学2年生の冬にコモンビートのミュージカルプログラムに出会う。多様な大人との出会いに衝撃を受け、一度きりの人生、やりたいことをやり切る!とアメリカへ留学。その後アメリカの教育系NPO Up with Peopleにて世界から集まった若者と共に半年間のショーづくりとボランティア活動に参加する。帰国後、NPO法人コモンビートで100人100日ミュージカル®️プログラムの演出を担当。現在はプログラム・演出監修として、100人の個性を引き出す作品・プログラムづくりに邁進中。
好きなものは辛い食べ物、悩みは少食であんまり食べられないこと。
https://www.facebook.com/sae.uehara
https://www.instagram.com/common_beat
ソラミドmadoについて
ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media
取材・執筆
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世代・年齢・性別・国内外問わず人の「生き方」を聴き「名刺代わり」となる文章を紡ぎます。主な執筆テーマは、生き方/働き方/地域。人と人、人と想い、想いと想いを「結ぶ」書き手でありたい。
プロフィール:https://lit.link/misatonoikikata
企画・撮影
東京と岩手を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身。旅・暮らし・人物撮影を得意分野とする。2022年よりスカイベイビーズに参加。ソラミドmado編集部では企画編集メンバー。
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