自分と向き合う。
一見簡単そうに思えて、とても難しい。性格診断のようなものを使って自己理解に努める。自分の過去を振り返り、思い浮かぶことをひたすら紙に書き綴る。いろいろな方法を試してみるけれど、どうもしっくりこない。
一通り終えるとすっきりした気持ちにはなる。でも、それだけでいいのだろうか。もっと自分の奥底にある本音の部分にたどり着けないだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、特に何もするわけでもなく時は流れていった。
最近、ひょんなことがきっかけでLetterMeというサービスを知った。LetterMeは、1ヶ月後の自分に手紙を書くというサービス。
手紙を書く紙や便箋などが入ったLetterセットが毎月家に届き、月に1回オンライン上でガイドに沿って手紙を書くLetterTimeにも参加できる。

「素敵なサービスだな」。そう思い、LetterMe公式ページを調べていると、このような文が目に止まった。
LetterMeは、私自身が30歳の誕生日に25歳の自分が書いた手紙を受け取った、その体験から着想を得たサービスです。
自分からの手紙を受け取り、忘れてしまっていた自分の思いや願いを思い出し、そこから自分のために挑戦を始めようと決意し、8年勤めた会社を辞め1人東京へ飛び出してきました。
まさに自分と向き合い、本音にたどり着いた人だ。早速、株式会社LetterMeの代表取締役である西村静香さんに取材を依頼した。
感情の記録が残る「心のアルバム」
──Letterセットは、毎月どんなものが家に届くんですか?
紙と封筒、あとは手紙を保管するためのレターボックス、LetterTimeで使うワークシートを届けています。紙の質感にこだわっていますし、結婚式の招待状なども作っている印刷会社にお願いをして、封筒や紙にLetterMeのロゴを金箔で箔押ししてもらっています。
そういう特別感のようなものを演出して、ユーザーさんには自分を大切にする感覚を抱いてもらえたらなと思っているんです。
使いかけのノートやメモ帳に自分の思いを書き綴ることも悪くありませんが、より丁寧に自分自身に向き合ってもらいたくて、専用のキットを届けることにしました。
あとレターボックスは、1年分の手紙を入れるとちょうどいっぱいになる大きさになっていて、1年に1回、ボックスにつけるカバーも送るようにしています。写真のアルバムのように、心のアルバムとして大切に保管してもらいたいと思っているんです。

──手紙を書く前後でも、自分を大切にするという感覚を抱いてもらえるように工夫されているんですね。LetterTimeでは、どのようなことを実施するんですか?
大きく分けると3つのことを実施しています。まず1ヶ月前の自分から届いた手紙を読み、次に手紙を読んで感じたことを書き出し、最後に1ヶ月後の自分に向けて手紙を書くという流れです。
ワークシートには各工程ごとのガイドが書かれていて、手紙を読んで感じていることを書き出せる欄も設けています。ワークシートを見ながら一人ですべての工程に取り組むこともできますが、それだとなかなかやらない人も多いですよね。
だから、LetterTimeに1ヶ月に1回参加して、その時間に取り組んでもらえるようにしています。
──ユーザーさんからは、どのような声がありますか?
1回きりの体験利用をされた方は、「頭や心の整理になってスッキリした」と言っていただくことが多いです。
ただLetterMeでは継続利用していただくことを推奨していて、長期間に渡ってご利用いただいている方は、「自分の頑張りを認められるようになった」、「自分を褒めることができるようになった」といった感想を述べてくれたりもします。
また「やりたいことがやれるようになった」という話をしてくださる方もいて、「所属している会社の異動希望に自ら手を挙げられた」とか、「転職の際の面接で自分の想いを語ることができた」とか。
「いつか映画の道に進みたいという想いを思い出して、一歩踏み出すことができた」という方もいました。

自分らしくではなく、自分フルネスに
──具体的なアクションにまでつながっているのは素晴らしいですね。LetterMeのビジョンは「自分フルネスな人で溢れる社会をつくる」です。自分フルネスという言葉は造語だと思うのですが、どういう意味か教えてください。
「自分らしさ」と近しい言葉なんですが、自分らしさというと自分らしさを探さなくちゃ、自分らしくいなくちゃといった、そういうメッセージに感じてしまうこともあるなと思うんです。
LetterMeで目指しているのは、自分の中から自然と溢れ出る感情や想いにつながる感覚を持ってもらうことです。だから、その感情や想いが自分らしいかどうかは考えなくていい。自分はただあるだけで、自分らしいですよね。
それを表現したくて、自分フルネスという言葉をつくりました。

──自分らしくという言葉が、かえって自分を縛り付けるというか、苦しめるみたいなことはありますね。
自分フルネスと反対の意味を持つ自分レスネスという言葉もつくっています。
これはどういう状態かというと、自分の声よりも周りの声に従ってしまっているとか、自分の役割やキャラクターに応じた振る舞いをしてしまっているとか。時間的な余裕がない、心身の不健康というのも自分レスネスな状態だと捉えています。
この反対が自分フルネスなんですが、ものすごくポジティブな状態というわけでもなくて。ポジティブでもネガティブでもないフラットな状態、自分の内側から湧き出るものに気づき、認め、自然と力が湧いてくるような状態を意味しています。
LetterMeは、自分フルネスな状態に戻れる時間を提供しているんですね。常に自分フルネスな状態でいることは難しくて、自分レスネスの状態に揺れることもあるはずです。
それを月に1回でもいいから自分自身に手紙を書くことによって、自分フルネスの状態に戻していく。そういう時間を提供しているんです。
過去の自分に申し訳ない今を過ごしていた
──LetterMeは西村さんが「25歳のときに5年後の自分に向けて書いた手紙」がもとになったサービスですよね。なぜ30歳の自分へ手紙を書こうと思ったんですか?
きっかけはものすごくひょんなことでした。友人の結婚式に参列して引出物でいただいたカタログギフトの中に、5年後の自分に手紙を書いて送るというサービスがあったんです。
「面白そうだし、これにしよう」と軽い気持ちで選び、手紙を書くことにしました。
だから5年後の自分に宛てた手紙には、大したことは書かれていなかったんですよ。
──そうなんですね。何か特別なことが書かれていたのかなと思っていました。
「この間家族で旅行に行ったけど、30歳になっても親孝行できている?」とか、「こんな友だちがいるけど、30歳になっても仲良くできている?」とか。その当時に思っていたこと、感じていたことが赤裸々に書いてあるだけでした。
でも、「そろそろ起業しているころかな?」という一文がすごく心に刺さって。
30歳のころの私は、人材会社の社員として恵まれた環境でやりがいを持って働いていたんですけど、知らず知らずのうちに自分の想いに蓋をしてしまっていたんです。
それでこのままじゃいけないなと一念発起して、8年間勤めた会社を辞めて、起業することにしました。

──もともと起業への憧れがあったんですね。
小さいころからあったみたいなんですよね。私はあまり覚えていないのですが、家族や学生時代の友だちから「昔から『起業したい』って言ってたもんな」と言われることが多くて。
自覚したのは大学生のころで、起業に活かせることが多いからという理由で人材系の企業に新卒入社しました。
──起業に憧れた理由は覚えていますか?
それほど明確には覚えていません。ただすごく田舎で育ったので、都会でバリバリと働く女性への憧れというのは、小さいころからありました。アイドルやモデルに憧れるのと近しい感覚で、かっこいいなと思っていました。
──30歳になって手紙を受け取るまでは、起業のことを忘れてしまっていたんですよね。何か別のことに集中していたんですか?
振り返れば、当時は自分レスネスの状態だったんだと思います。
子どものころから、人の目をすごく気にするタイプだったんですね。自分がどう振る舞えば周りに迷惑をかけないか、もっと言えば、良い子でいられるかに気を遣っていました。
社会人になってからもそれは一緒で、周りから何を求められているかを察知して、組織に馴染むように振る舞っていました。その結果、5年目でマネージャーに抜擢されたのですが、いっぱいいっぱいになってしまっていたんです。
外向きには笑顔で、元気に「マネージャーで活躍しています!」みたいなふうに装っていたのですが、心は疲れ果てている感じで。起業のことを考える余裕がありませんでした。

──仕事に忙殺されて、自分を見失っていたんですね。
それが5年前の自分からの手紙が届いて、期待に応えようとか、自分の役割を全うしようとか、周りのことばかり気にしていたな、自分のことを蔑ろにしているなって気づかされた。
過去の自分に申し訳ない今を生きてしまっているなと強烈に感じたんです。
だから背中を押されたという感覚よりも、後ろめたさを払拭したくて、行動を起こしたという感じかもしれません。
やればやるほど幸福を感じる瞬間がある
──手紙に関する事業で起業されたのも、手紙によって自分を取り戻せたからだったと思うのですが、後ろめたさのようなものはなくなりましたか?
そうですね、かなり少なくなったと思います。でも、起業しようと動き出した当初は、葛藤もあったんですよね。LetterMeのアイディアを思いついたときには、「もっとかっこいい事業の方がいいんじゃないか」と悩んでいたんです。
手紙はアナログで、古くさい感じもするし、もっとITとか、AIとか、今っぽい事業を考え出したい。そんなふうに思うこともありました。
これも結局、違う起業家と自分を比較していたり、自分の声よりも社会の声を聞いてしまっていたりで、自分フルネスではなかったんだと思います。
それでもLetterMeを始めることにしたのは、手紙の事業が一番しっくりくるなと思ったからでした。どれだけ考えても、“今っぽい”事業は思いつかなかった。でも、手紙の事業のことだけは考えが溢れてくる。
葛藤もあるけど、自分自身が体験したことをもとにした事業だし、やってみようと思って、LetterMeを立ち上げたんです。

──そんな葛藤もありながら、過去の自分に対する後ろめたさが少なくなっていたのはどうしてだったんですか?
ユーザーさんがLetterMeというサービスの価値にものすごく共感してくださったんですよね。「こんなサービスを探していました」「自分への手紙ってすごく大切だと思っていました」というお声をいただいて。
そういう声をもらえると、私自身が満たされる感覚があるんです。それは経済的にとかではなく、心が満たされている感じ。LetterMeをやればやるほど幸福だなと思う瞬間があるんですよ。
少なからず、今っぽくてかっこいい事業をやりたいと思うことはいまだにあります。でも、LetterMeの事業をやっていて本当に楽しくて、飽きないですし、事業を変えたいとまでは思わない。
少しブレそうになっても、ユーザーさんの声が届くと、「これでいいんだ」と自分軸に戻してもらえているなと感じています。
答えは自分の内側にしかない
──どうすれば西村さんのように、自分と向き合い、溢れ出る感情や想いとつながることができると思われますか?
既にあるってことに気づくことが大事なんだと思うんですね。自分がそうだったからというのもあるんですけど、やりたいこととか、ありたい姿とかってきっと小さなころからそんなに変わっていないはずです。
つい答えは自分の外側にあるような気がして探し回ってしまったりするんですけど、答えは自分の中にしかない。だから自分が日々感じていることだったり、自分が思っていることだったりにもっと目を向けることが大事だと思います。
「こんなことがあって嬉しかったな」「こんなことがあって悲しかったな」みたいな、どんなに小さなものでも、自分の感情や想いに目を向ける時間をつくってみると、気づけることがあるはずです。
──ポジティブなことにも、ネガティブなことにも、目を向けてそのときの感情を味わってみる。
そうですね。感情には良いも悪いもないのだと思います。フラットなんですよ。
どれも自分の中から溢れ出てくるものだから、それを認めてあげること。そのための手段は色々あると思うんですけど、自分に合うものがなければ、ぜひLetterMeを活用いただけたらと思っています。

自分と向き合うのは難しい。そんな思い込みがあったが、もっと日々の生活の中で抱く自分の感情や想いに目を向ければいいのかもしれないと思った。
嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、つらいこと。ひとつひとつじっくりと味わい、認めてあげることで、忘れてしまっていた自分自身のことについて思い出せるのかもしれない。
西村 静香(にしむら しずか)
株式会社LetterMe 代表取締役
新卒でパーソルキャリア株式会社に入社、在籍中に国家資格キャリアコンサルタント取得。約8年勤めたパーソルキャリアを退職後、株式会社uni’que/スタートアップ・アトリエ「Your」より、2020年12月に「LetterMe」をリリース。2022年4月に株式会社LetterMeを設立し「自分フルネス」の大切さを社会へ発信している。
東京都女性ベンチャー成長促進事業 APT Women6期
経済産業省・JETRO主催 「始動Next Innovator」7期 シリコンバレー選抜
ソラミドmadoについて

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media
取材・執筆

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
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撮影

東京都在住。ある一枚の写真に魅せられてフォトグラファーの道へ。
スタジオ、アシスタントを経て東京を拠点にフリーランスで活動している。