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つながりだけで、人生は変わらないけれど。コミュニティに生きる長田涼は、なぜ“つながり”を大切に想うのか

「誰かを好きになるって、その人といるときの自分が好きってことだよ」と、聞いたことがあります。

一緒にいる人によって、現れる“自分”は変わっていく。だとしたら、好きな自分でいることって、自らの手だけでは実現できなくて。周りの人たちとどのようにつながるか、が大切になるんだろうな。

そう思うと、人とのつながりが僕たちに与える影響は、とっても大きい気がしてきます。人はひとりでは生きていけない。いつでも、誰かから影響を受けている。

その影響は、良いものもあれば、悪いものもあるはず。誰かと一緒にいることで好きな自分でいられたと思えば、誰かと一緒にいることで悲しみに明け暮れる。

そんな両面がある、人とのつながり。だからこそ、より良く生きるために、僕たちは「人とどのようにつながるか」と向き合う必要があるんだと思います。

そう考えているときに、お話をお伺いしてみたいと頭に浮かんだのが、長田涼さんでした。

長田さんは、コミュニティフリーランスという変わった肩書きで、コミュニティマネジメントをお仕事にしています。

主にオンラインコミュニティにおいて、メンバーにとって居心地良いコミュニティになるよう、さまざま働きかけるお仕事。まさに、「人と人がどのようにつながるか」を日々考えるお仕事です。

そんなコミュニティマネジメントを生業にする長田さんは、なぜ人とのつながりを大切にするようになったのか。

誰かと一緒にいるって、わずらわしい面もあります。でも、大切にしたい面もある。だからこそ、向き合わないといけない。

より良く生きるため、人とどのようにつながるか。この問いを片手に、長田さんの語りを聞いてみてください。

「合うつながり」は、試行錯誤の先に。

―― 「良いつながり」って、なんなんだろうって思うんです。

長田涼さん(以下、長田):うーん……僕はつながりに関して、「良い/悪い」という言葉は使わないかもしれないですね。

―― それはどうして……?

長田:「良い/悪い」というよりも、「合う/合わない」で考えているんですよ。「合うつながり」というのは、お互いの「これって大事だよね」を分かち合えるつながり。別に、全部をわかる必要はないんです。「その感覚わかるかも」くらいでもいい。

逆に、「まったく理解できない」「理解しようとしない」状態だと、コミュニケーションが生まれないじゃないですか。その状態が「合わないつながり」なんだと思います。

―― 「合う/合わない」か……なぜ、「合わないつながり」が生まれてしまうんでしょう?

長田:強制された関係は、「合わないつながり」になりやすいですよね。家族やご近所さん、上司と部下の関係などは、わかりやすいかもしれません。

自分が選んだわけじゃなく、たまたまそうなっただけの関係性なのに、それを良くしなきゃいけないと思ってしまう。もちろん、対話によって「合うつながり」にしていくこともできますけど、無理が生まれてしまうことも多い気がします。

―― たしかに、「この人とつながってください」って決められたら、息苦しい側面もありますよね……。

長田:だから、人は成長するに従って、どんどん自分でつながりを選んでいくと思うんですよね。コミュニティに属することもひとつ。そうやって選択していったつながりは、「合うつながり」になっていくんじゃないかな。

―― 自分の意志で選ぶことが大切なんですね。でも、お聞きしていると、「合うつながり」をいきなり築くのは難しいのかも、と思いました。

長田:それはありますね。試行錯誤は必要だと思います。いろんな関係性やコミュニティでの体験を積み重ねることで、自分にとっての「合う」がわかってきますし。

最近、気持ちいいと感じた関係性にこそ、ちゃんと向き合うことが大切だと思うんです。

―― 違和感に向き合うべき、ではなく?

長田:人って、「なんか違う」には敏感になりやすいんですけど、「これ心地好いな」は、ないがしろにしがちだなぁって。違和感を言語化するのも大事ですけど、心地好さの言語化も同じくらい、いや、それ以上に大事ですよね。

「なんで、このつながりを心地好いと思うんだろう?」って考えることで、自分の「合う」が分かってくるんだと思います。

―― つながりを振り返って、言語化して、一歩一歩進んでいくしかない。人とのつながりって、そんなに簡単なものじゃないですもんね。

長田:いや、本当に! 僕も、試行錯誤を繰り返した結果、いまがありますから。

「夢中」が苦しみから救ってくれた

長田:小さい頃は、周りと関係を築くのが苦手だったんです。自分から話しかけるなんてとても無理で、外からみんなを見ているような子どもでした。

―― コミュニティマネージャーをされている長田さんしか知らなかったので、なんだか意外です。

長田:「まわりによく見られたい」って気持ちがあったんだと思います。特に、親が思う“良い子”であろうとしていたから、自分から何かをするのが怖かったのかな。

親が求めることを叶えて、良い子であり続けよう。問題になりそうな行動は起こさずに、勉強してテストの点数をとろう。そんなことばかり考えていた気がします。

―― ……窮屈には感じなかったんですか?

長田:当時は無意識でそうしていたので、息苦しさとかは感じていなくて。でも、親の期待に応えなきゃと常に焦っていました。

中学にもなると、テストも難しくなるじゃないですか。いままで通りの勉強の仕方だと、点数がとれなくなってくる。そのときは、めちゃくちゃしんどかったですね。親の期待に応える以外の在り方が、分からなかったから。

―― 親御さんや周りが思う「こう生きるべき」に合わせていたんですね……。そのもどかしさは、それからもずっと?

長田:すぐには、なくなりませんでした。でも、きっかけがあって。自分から「やりたい」って親に伝えて、テニスを始めたんです。なんで面白そうと思ったのかは忘れちゃいましたけど、初めて自分の意志で「やりたい」と言った。

それは、親や周りの意見や視線の影響が全くなくて、純粋な「やりたい」だったんです。そこからテニススクールに通いはじめて、少しずつ変わっていきましたね。

―― 初めて、心からの「やりたい」を出せたのが大きかった?

長田:そうだと思います。めちゃくちゃ楽しかったんです。夢中になるって、こんな感覚なんだって。勉強している暇があったら、テニスをやりたいと思うようになったくらい(笑)。

夢中になれることを知ったからかもしれませんね。親からの期待を弾こうとする自分が、少しずつ出てきた気がします。次第に、苦しさは感じなくなっていきました。

俯瞰から、主観へ。

―― 自分の意志で選ぶ、っていうのは、めちゃくちゃ大きな影響があるんですね。

長田:テニスを始める前も、いわゆる習い事はやっていたんです。スイミングスクールとか、音楽系のサークルとか。でも、テニス以外の記憶がほとんどなくて。どういう場所で、どういう人たちがいたか、全く思い出せないんです。

当時の僕にとって、「強制されたつながり」だったんでしょうね。そこにいる人たちと関わろうとしなかった。

―― 受け身の状態だった。

長田:きっと、親のせいにしていたんだと思います。「この場には、親が言ったからいるだけだ」って。自分から働きかけるというよりは、やりすごそうとしていたし、その場をこなそうとしていた。

それに比べて、テニススクールでは自分からコミュニケーションもとったし、友達関係もどんどん広がっていきましたね。「やりたい」という自発性があったのは、とても大きなポイントだったと思います。

―― 長田さんにとっての「合うつながり」ができていったのかな、と思うんですが、ご自身に変化はありましたか?

長田:見える世界は大きく変わりましたね。おおげさじゃなく。それまでは「真面目にやろう」とか「良い子に思われよう」とか、自分を俯瞰して行動している感覚だったんです。「これが正解なんだろう」と感じたものを選び続けていた。

でも、テニスを始めて、主観の世界の心地好さを知ったんです。周りなんて関係なく、「僕がやりたいからやる」ことの楽しさ。時間があっという間に過ぎる感覚。90分じゃ足りないし、もっとやりたい。

そんな世界を知ることができたのは、当時の僕にとって大きな変化でした。

―― 夢中を知ったことで、世界が変わったんですね。

長田:結局テニスは12年間続けたんですけど、主観の世界を知れたことは、いまにもつながっていると思います。生きていくなかで、いかに夢中になれるか。そんなことを考えるようになった原点は、間違いなくテニスに出会ったことですね。

天井の見えるカゴに閉じ込められた感覚

―― いかに夢中になれるか。長田さんにとって、大切なキーワードのような気がします。

長田:うん、そうですね。いまの活動は、夢中でやれていますし。それをずっと求めていました。……でも、「働く」で夢中になるまでは長かったですね。働き始めてから、ずっと窮屈さを感じていました。

―― テニスで感じた、主観の世界に居続けるのは難しかった……?

長田:きっと、「こう生きるべきだ」という親や周囲の目から、本当の意味で自由になったわけではなかったんだと思います。

新卒の就活でも、「ネームバリューのあるところに就職するのが良いことなんだ」と、大手アパレル企業に入社しましたし。“俯瞰する”自分に戻ってしまっていたのかな。

―― 親御さんや周囲の期待を引き受けてしまっていた。

長田:内定が出たときも、大手企業に決まった優越感は確実にありましたしね。その優越感で、自分の人生を肯定させていた感覚があります。

―― 大手企業に入って、そこで出世して、いわゆる“成功”を勝ち取る……。そんな生き方をすべきだ、と思っていたんでしょうか?

長田:どうなんでしょうね……当時、そこまで「べき」論に縛られていたかはわかりません。でも少なくとも、大手に入って、その組織で生きていく以外の道を知らなかったんだと思います。

―― そうすべき、というよりは、そうするしかなかった。

長田:あぁ、その感覚がしっくりきますね。親や周りに強制されたわけではなかったけど、自分で主体的に選んだ道でもなかった。

そこで、「働く」ってそういうもの、だと思ってしまったんでしょうね。夢中にはなれないし、義務感で動くものだって。だからなのか、その後にスポーツイベント会社、ITベンチャーにも勤めたんですけど、どこでも夢中にはなれなかったです。

―― 諦めにも近いような。

長田:そうですね。働き始めてからずっと、「カゴに閉じ込められている感覚」があったんです。天井が見えた、限られた世界のなかでしか生きられない。どうせ出られないから、やることなすこと何の意味もない。そんな感覚を持っていました。

―― 「働く」では、夢中になれないんだと。

長田:いま思えば、そういう自分でいることを選んでいたんだと思います。社会で生きていくには、夢中になることを諦めた方がいいんだ、諦めることが、社会で上手くやっていく術なんだって。

本音でいることが怖かった。

人とのつながりが、諦めの先を見せてくれた

―― 「いまの活動は、夢中でやれている」とおっしゃっていましたよね。どのように変わっていったんでしょう?

長田:コミュニティに救われたんです。いや、コミュニティというよりは、そこにいた人たちかな。その人たちのおかげで、いまの僕があると思います。

―― 長田さんのコミュニティとの出会いって……?

長田:二社目に勤めているとき、仕事外の時間で、スポーツを軸にしたコミュニティを主催していたんです。僕自身がスポーツに救われてきたので、その価値を大切にしたくて。

飲み会を開いて、交流して、ってだけのコミュニティだったんですけど、めちゃくちゃ楽しかったんですよね。それが始まりだと思います。

提供:長田涼

―― 仕事以外で、夢中になれることがあった。

長田:テニスのときと同じ、主観の世界ですよね。でも、仕事にその感覚を求めるのは無理なんだろうなと、諦めていた時期と被るんです。仕事以外で夢中になれることがあるし、それでいいか、と言い聞かせていた。

コミュニティを仕事にしたいけれど、どうせ無理だろうなって。「コミュニティで生きていこう!」とは思えなかった。

―― カゴから出たいけど、出られる気もしない……。

長田:そんな諦めの先に行きたいと強く思えたのは、WaseiSalonというコミュニティの存在のおかげなんです。

当時のWaseiSalonは自分の活動に対して納得感を追求するひとたちが集まっていました。これからの暮らしを考えるウェブメディア「灯台もと暮らし」を運営する株式会社Waseiの代表、鳥井弘文さんという方が発起人として開いたコミュニティだったんです。

―― WaseiSalonで、どんな出会いがあったんですか?

長田:WaseiSalonって、鳥井さんが「この人に入って欲しい」と思った20人に声をかけて始まったんです。僕は、コミュニティに関するイベントで鳥井さんとお話したことをきっかけに、誘ってもらったんですけど、僕以外の20人が本っ当にかっこよくて。

みんな、めちゃくちゃ「働く」に向き合っている人。納得しながら、自らの人生を切り拓いている人。

―― その人たちから影響を受けた?

長田:影響というよりは、このかっこいい人たちと人間関係を育みたいな、と素直に思ったんです。一緒にいたかった。でも、当時の僕はカゴのなかにいることを諦めていた。

そんな自分が、この人たちと肩を並べることなんてできないよなって。どうしても、一歩、いや何歩も劣っている感覚があったんです。

そこからですね。カゴから飛び出したいと、本気でもがきはじめたのは。

自分で自分の人生を引き受ける覚悟。

―― でも、そうやって飛び出そうとするのって、不安じゃないですか?

長田:うん、不安でした。コミュニティを仕事にしたかったけど、どこにもコミュニティに関する求人はなかったし。「いつまで」という期限を決めたわけでもなかったので、葛藤している時期は長かったと思います。

でも、いま思えば自信がなかっただけなんでしょうね。

―― 自信?

長田:コミュニティを仕事にしていける自信がなかった。だから、道が見えたうえで意思決定をしたかったんです。情報をめちゃくちゃ集めて、それで安心したかった。

―― そこから一歩を踏み出せたのは……?

長田:いまでも強く覚えているきっかけがあって。当時勤めていた会社で、全社会議が開かれたんです。経営に関する重要な会議。その会議で、他のメンバーたちは次々に発言するのに、僕は全く入っていけなかった。

―― あぁ……。

長田:アイデアがないんじゃなくて、アイデアを出そうとしない自分がいました。どうでもいいや、って感覚が近いですね。

それに気付いたとき、もう自分だけでは抱えきれなくて。会議が終わったらすぐ、お昼休憩をとって、渋谷のマクドナルドに駆け込んで。WaseiSalonのSlackに長文を送ったんです。

カゴに閉じ込められている話、「働く」に夢中になれていない感覚、コミュニティを仕事にしたいと思っていること、そして不安な自分。2000文字くらい、まさに書き殴ったことを覚えています。

―― 葛藤していたものを、全て出した。

長田:そうしたら、僕の想いをみんな受け止めてくれて。同じくらいの長文を送ってくれる人がいたり、飲み会をセッティングしてくれた人がいたり。

そして、最後にはみんな「長田がしたいことをするべきだ」って言ってくれたんです。

―― 主観の世界に入るための、前向きな“べき”論だったんですね。

長田:そこで初めて、道が見えていなくても行くしかないな、と思えたんです。コミュニティの求人はなかった。でも、じゃなくて、だから、腹をくくったんです。自分で道を作っていこう。コミュニティフリーランスになろう、って。

―― フリーランスになってから、カゴの存在を感じることはありますか?

長田:一度もないかもしれないですね。きっと、僕は作られた道を歩むのが向いていなかったのかな。すでにある道って、安心なんです。でも僕にとっては、窮屈さとか、つまらなさでもあった。

親や周囲の期待に応えようとして、苦しかったのもそう。僕には、自分で意思決定して、新しく作っていく生き方が合っているんだと思います。

主体的なつながりが、価値観を作り続けていく。

長田:WaseiSalonのメンバーに背中を押してもらったように、つながっている人たちから、日々影響を受けているんです。

「合うつながり」の話をしたじゃないですか。それって、「合う」んだけれど、見ている世界は絶対異なるんです。その違いを共有する、されるって、めちゃくちゃ面白いんですよね。

―― 世界観が広がっていく?

長田:そうです。「そういう世界があるんだ」ってことを知ると、選択肢も広がるし、好奇心を向ける先も多様になっていく。その積み重ねで、「次はこっちの選択をしてみよう」「あっちを試してみよう」と思える。

人とのつながりって、なにか大きなインパクトがないことも多いんです。でも、日々何かしらを受け取っている。そうやって、僕の価値観が作られ続けているのかな。

―― 価値観が「作られた」じゃなくて「作られ続けている」なんですか?

長田:うん、その感覚はあります。価値観って、一度できあがったら変化しないものじゃなくて、常に変わっていくものだと思うんです。人とのつながりによって、その変化が生まれ続ける。

そうやって、日々関わっているみなさんとのつながりから、僕の価値観が作られ続けている。人のつながりから影響を受けているのは“全て”、って言っても過言じゃないかも。

―― 人とのつながりによって、価値観が作られ続ける、か……。人と関わり合う意味が、少し見えた気がします。

長田:でも、つながりがあれば人生が変わるわけじゃないんですよ。

―― どういうことでしょう?

長田:つながりによって、人生が変わることはあります。でも、人生を変えるのは、あくまでも自分。コミュニティに属して、「合うつながり」ができたからといって、自分にエネルギーを注がないと、新しい価値観は生まれないんです。

―― あぁ、たしかに。人とのつながりにおいても、受け身だとなにも変わらない。

長田:コミュニティやつながりって、ただ提供されるものじゃない。主体的に築いていく自分がいて、初めて意味を成すんです。

そうやって築いたつながりは、自分を変えられるかもしれない可能性と、自分に注ぐエネルギーを何倍にもしてくれる。

だからこそ、コミュニティには価値があると信じて、夢中になって働けているのかな。

長田 涼(ながた りょう)
コミュニティフリーランス

スポーツ大学を卒業後、ユニクロ→スポーツイベント会社→IT企業を経て、2018年にコミュニティフリーランスとして独立。現在コミュニティマネージャーとして関わっているのは、私たちの”はたらく“を問い続ける対話型コミュニティ「Wasei Salon」、トランジションコミュニティ「グリーンズジョブ」。また、コミュニティで生きる人の対話の場「コミュニティのカレッジ」のコーディネーター、複数社コミュニティアドバイザーも務める。2022年に東京から鞆の浦へ家族で移住。

Twitter:https://twitter.com/SsfRn
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取材・執筆

安久都智史
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