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自己肯定感至上主義に疲れてしまった人たちへ贈る。自分の心を大切にする“自己存在感”の育み方(辻秀一先生インタビュー)

気づけば、“自己肯定感”という言葉が頻繁に聞かれるようになっていました。自己肯定感を高めることで、前向きに生きられる。なんだか気持ちが上がらないときは、自己肯定感を高めていこう。そのためにはこんな行動をしよう。

たしかに、自己肯定感を高めて生き生きと過ごすことができれば、それはとても素晴らしいことです。

でも、そもそも人って、自己肯定感を高めなければならないのでしょうか……?

本当は、人の命はただそこに在るだけで尊いはずのものなのに。

こんなふうに、自己肯定感と、それを正義だと信じてやまない世間の風潮に対してモヤモヤを抱いていたとき、『自己肯定感ハラスメント(フォレスト出版)』という本に出会いました。数々のトップアスリートのメンタルトレーニングをサポートしてきたスポーツドクターである辻秀一先生の著書で、自己肯定感至上主義から抜け出して自分らしく生きるための考え方が解説されています。

辻先生が提唱されているのは、“自己存在感”を育むこと。

今回は辻先生にインタビューし、自己肯定感に囚われることなく前向きに生きるためのコツや、自己存在感の大切さ、そして自己存在感を育む方法についてお話を伺いました。

辻秀一 先生

スポーツドクター/株式会社エミネクロス代表

北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。 人の病気を治すことよりも「本当に生きるとは」を考え、人が自分らしく心豊かに生きること、 すなわち“人生の質=クオリティーオブライフ(QOL)”のサポートを志す。 その後、スポーツにそのヒントがあると考え、慶大スポーツ医学研究センターを経て、 人と社会のQOL向上を目指し株式会社エミネクロスを設立。 応用スポーツ心理学をベースに、個人や組織のパフォーマンスを最適・最大化するメンタルトレーニングを展開。 スポーツ・芸術・ビジネス・教育の分野で多方面から支持を得ている。『スラムダンク勝利学(集英社インターナショナル)』をはじめ、『自己肯定感ハラスメント(フォレスト出版)』、『自分を「ごきげん」にする方法(サンマーク出版)』『個性を輝かせる子育て、つぶす子育て(フォレスト出版)』、『「機嫌がいい」というのは最強のビジネススキル(日本実業出版社)』など著書多数。

https://doctor-tsuji.com

より上位の欲求を満たすために生まれた、自己肯定感

──最近、“自己肯定感”という言葉が一人歩きし、結果的に自己肯定感を高めることができず自信を持てなくなったり、疲れてしまったりする人が増えていると感じます。今回は、そんな人たちに向けて、辻先生が提唱されている“自己存在感”について紹介し、前向きに生きるための気づきを届けたいと思っています。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。さっそくですけど、自己肯定感、私は嫌いです(笑)。

──おお、そうなんですね……!! 辻先生が自己肯定感に疑問を抱くようになったのは、なぜだったのでしょうか?

私は、学生時代に勉強を死ぬほど頑張って、内科医になりました。そして医師としてがむしゃらに働いていましたが、どんなに頑張っても、もっと優秀な先生が周りにいるし、患者さんは亡くなってしまうことがある。それで30歳を過ぎたころから、どこか息苦しさを感じるようになってしまって。そんなときに、『Patch Adams(パッチ・アダムス)』という映画に出会いました。実在のドクターであるパッチ・アダムスの奮闘を描いた伝記映画で、テーマは“Quality Of Life”。この映画を通して、私は人生に“質”があることを初めて意識するようになったのです。彼は「人生の質を決めるのは自分の心の状態である」「幸せかどうかは、自分がそう感じるかどうかで決まる」といったことも言っていて、それらの言葉に突き動かされた私は、生き方や哲学、パフォーマンス工学など、さまざまな分野の本を読み漁り、勉強しました。そして行き着いた考えが、「認知的思考では心の状態を整えることができず、人生の質を大切にすることが難しい」ということでした。

──認知的思考、ですか……?

簡単にいえば、生命維持の目的を超えて、より高い上等な結果を求めようとする思考のことですね。脳機能が高度な進化を遂げた、人類特有の思考だといえます。

40万年の歴史のなかで、人類は進化し、文明が発達しました。一方でそれによって、勝つことを求め、儲けることを求め、人からよく思われることを求め……と、“自己肯定”を追求するようにもなりました。日本の教育が、認知的思考をさらに煽ったというのもあるでしょう。テストで良い点をとり、偏差値の高い学校へ進学することを目指すカリキュラムだからですね。

しかし、どんなに頑張ろうと上には上がいるし、勝ち続けることはできません。その結果、どこか満たされない状態となり、息苦しさを感じ、ストレスを溜め込むことになる。

このように現代の人は、認知的思考によって「自己肯定感を高める」ことに囚われているといえます。しかしそれでは心が安定することはなく、人生の“質”を保つことも難しい……ということで、私は“自己肯定感”に疑問を抱くようになりました。

──高度な脳機能を持つ人間だからこそ、「ただ生きる」ことを超えて、より上位の欲求を満たすために自己肯定感を追求するようになったのですね。

自己肯定感は、常に何か外側の指標に基づいて評価され、高い低いと判断されるものです。偏差値も、容姿も、いいねの数も、年収も、スポーツの戦績もそう。本来、自己肯定とは「あるがままの自身を受け入れ、肯定することが大事」という意味のはずなのですが、認知的思考が働くことでより上の状態を求めるあまり、「周囲より劣ってはいけない」「成功体験を積まなければならない」といった強迫観念が生まれてしまいました。その結果、苦しむ人が増えたのです。

とはいえ現代を生きる人間である以上、今の社会のなかで生きていかなければなりませんし、認知的思考を手放すわけにもいきません。認知的思考によって便利な社会、優れた技術が発展してきたことも確かですし、スポーツで勝利を掴み取るアスリートの姿は、多くの人に感動を与えてくれます。認知的思考を捨ててしまえばいい、という話ではないのです。

そこで、人生の質を大切にするために必要になってくるのが、“非認知的思考”であり、“自己存在感”という別の視点を持つことです。

非認知的思考を働かせて、自己存在感を持つ

──非認知的思考と自己存在感について、詳しく教えていただけますか?

自己存在感とは、自分の内側に“ある”、つまりただ存在している感情などに目を向け、自分を見つめ、自分を知り、自分という存在を実感することです。そうやって、あるがままの自分を理解することで、自分自身を大切にできるようになり、自分らしく、自然体に生きることへとつながります。自己存在感は高めるものではなく“持つ”ものであり、そこに評価は必要ありません。

そして自己存在感を持つために必要なのが、非認知的思考です。非認知的思考は、自分自身の心や感情に目を向ける思考のこと。外側に目を向け、比較や評価を繰り返していく認知的思考に対し、内側に目を向けて自分の心や感情を大切にするのが非認知的思考というわけですね。

利き手で箸を持ち、反対の手で茶碗を持つように、思考にも役割があります。現代社会ではメインの思考は認知的思考になるといえますが、同時に非認知的思考も働かせながらバランスをとることで心が整い、ストレスを溜めにくくなります。

──非認知的思考を働かせて自己存在感を持つには、どうすればいいでしょうか?

自分のなかの“ある”に目を向ける、思考の習慣をつけることが大切です。どんなことでもいいので、日ごろから自分の内側にアクセスすることを意識的に繰り返していく。こうすることで脳の中に情報伝達のための神経細胞であるシナプスがつくられ、非認知的思考が習慣化していき、自己存在感が育まれます。

たとえば、まずは「好きなこと」をとにかく書き出してみましょう。ここで注意してほしいのが、「得意なこと」ではないという点です。得意は人と比べるものなので、認知的。好きは自分の中に“ある”ものなので、非認知的です。

難しく考えすぎる必要はないんですよ。「好きな食べものは何?」と聞かれたら、誰でも内側に思考が向きますよね? 自分の好きな食べものを聞かれて、Googleで検索したり、ChatGPTに聞いたりする人はいないと思います。「好きな色は?」「好きな季節は?」「好きな音楽は?」「好きなスポーツは?」「好きなファッションは?」など、何でもいいからまずは自分の“好き”に目を向けてみる。好きなことを考えると、それだけでちょっとご機嫌になれたりもして、生きるエネルギーが生まれてきます。

感情は自分固有の存在であり、エネルギーの源

──自分の内側に目を向けることが苦手な人は、ついつい座禅や瞑想などのわかりやすいアクションに頼ってしまいがちな気がしますが、そういったことをせずとも、日ごろの心がけによって非認知的思考の習慣はつけられるということですね。

そうです。あとは、感情を言語化する訓練もぜひやってもらいたいですね。

認知的思考に染まった人に「あなたにはどんな感情がありますか?」と質問を投げかけてみると、「ボーナスをもらったとき」「プロジェクトが成功したとき」などの言葉が返ってくることがあります。でも、これらは自分の感情ではなく“できごと”の話です。それでもっと自分の気持ちに目を向けてくださいと言うと、今度は「きれい」「おいしい」といった言葉が出たりする。これも自分の感情ではなく、物事の状態を示す形容詞です。そうではなく、きれいな景色を見て「ワクワクする」、ボーナスをもらって「うれしい」、というのが感情です。

感情というのは自分固有の存在であり、生きるためのエネルギーの源です。ネガティブな感情を持ったっていいんです。日ごろから感情を言語化する習慣をつけておくと、自分の感情を冷静に受け止めることができるようになるため、感情に振りまわされることが減ります。その結果、ご機嫌に過ごせる度合いが増えていきます。

──日ごろから自分の感情を言語化する練習を重ねることで、自分の気持ちを理解し、受け止め、心の状態を整えられるようになるのですね。

ビジネスマンには、会議で進捗共有だけではなく「どんな感情を持っているのか」をぜひ話し合ってほしいし、子どもたちには「学校で何があったの?」ではなく「それであなたは何を感じたの?」と、日常的に問いかけてほしいですね。

そうやって非認知的思考を磨き、自己存在感を持つことで、感情に振り回されることなくやるべきことに集中できるようになり、それが自然と結果にもつながっていきます。また、自分を大切にできると心に余裕が生まれ、周囲の人も大切にでき、人間関係の質も高まっていく。自己存在感を持ち、ご機嫌な日々を過ごすことで、自己肯定感にしがみつかずとも、エネルギーを持って自分らしく生きられるようになるのです。

今、世の中には解決力や記憶力のスーパースターであるAIがあります。人間はどんなに頭が良くたって、量や内容ではもうAIには叶いません。だったら、人間には人間にできることを……ということで、”質”の部分を大切にするべきであり、そのためにも心をはじめとした自分の内側をマネジメントするスキルが、これからの世の中を生きていくためにさらに重要になっていくと考えています。まだまだ、自己存在感を大切にする考え方はマジョリティではないかもしれませんが、非認知的思考を磨けば自然と周りにも同じような価値観を持つ仲間が集まり、輪が広がっていくはずです。一人でも多くの人が自己存在感を持ち、自分らしい生き方を実現できることを願っています。

──非認知的思考を磨き、自己存在感を持つことが、現代の認知の社会を自分らしく生き抜くためのエネルギーになっていくのですね。認知的思考ばかり働かせがちだった私たちも、まずは今回先生に教えていただいた「好き」や「感情」を言語化していく練習から始めれば、非認知的思考を磨いて自己存在感を育むことができそうです。日ごろから、自分の内側にアクセスする習慣をつけていきたいと思います。ありがとうございました!


辻先生の著書『自己肯定感ハラスメント(フォレスト出版)』では、今回教えていただいた自己存在感を育むための第一歩のほかにも、さまざまな視点で非認知的思考と自己存在感の大切さが解説され、意識付けのコツについても詳しく書かれています。この記事をきっかけに自己存在感の考え方に興味を持った人は、ぜひ辻先生の著書をご覧ください。

ソラミドmadoについて

ソラミドmado

ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材

安井省人
株式会社スカイベイビーズ代表取締役/クリエイティブディレクター

クリエイティブや編集の力でさまざまな課題解決と組織のコミュニケーションを支援。「自然体で生きられる世の中をつくる」をミッションに、生き方や住まい、働き方の多様性を探求している。2016年より山梨との二拠点生活をスタート。
note: https://note.com/masatoyasui/

執筆

笹沼杏佳
ライター

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年からは株式会社スカイベイビーズにも所属。
https://www.sasanuma-kyoka.com/

撮影

飯塚麻美
フォトグラファー / ディレクター

東京と岩手を拠点にフリーランスで活動。1996年生まれ、神奈川県出身。旅・暮らし・人物撮影を得意分野とする。2022年よりスカイベイビーズに参加。ソラミドmado編集部では企画編集メンバー。
https://asamiiizuka.com/

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