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120%以上の出力で「生きている意味を全部使える」仕事│私の天職、見つけました。Vol.3高橋香織さん(初生雛鑑別師)

自分の仕事に対して、自信をもって”天職”だと言い切れる人はなかなかいません。

でも誰もがきっと、天職だと誇れる仕事ができたらと憧れの気持ちを抱いているのではないでしょうか。

『私の天職、見つけました。』は、「天職に就いている」と胸を張って自分らしく活躍する人にインタビューを行い、「天職とは何たるか」を探る連載企画です。

今回登場いただく高橋香織さんは、テレビで見た職業を“これだ!”と感じ、販売職から転職。技術を一から学び、資格と職を手にしました。

その仕事とは、『初生雛(しょせいびな)鑑別師』。

孵化したばかりの鶏の雛の雌雄を判定する、日本発祥の資格であり専門職です。

高橋さんにとって初生雛鑑別師の仕事は、自分の持つ能力や特性を100%活かしきれるものだといいます。最短・限界突破・トップを目指す…そんな言葉が次々に溢れ出しましたが、その前向きさはどこからくるのでしょうか。高橋さんの仕事ぶりや生き方を伺うと、これぞ天職といえるエピソードが満載でした。

1時間で5000羽以上を鑑別!チームで動く初生雛鑑別師の仕事

──高橋さんの職業である初生雛鑑別師は、鶏の雛の雌雄を見分けるのが仕事…という認識ですが、日本にどのくらいいて、どのように仕事をされているのでしょうか。

おっしゃった通り、生まれたてのヒヨコ(初生雛)の雌雄をいくつかの方法…羽毛や生殖器の確認で素速く鑑別し、分けていく仕事です。公益社団法人畜産技術協会による日本独自の民間資格で、国内で活動しているのは現在80名ほどでしょうか。国内では複数人でチームを組んで孵化場などと契約します。海外で働く人もおり、私も派遣されてスウェーデンで働いたことがあります。

──チームで働くんですね。日々の働き方はどのようになっていますか?

時間はまちまちですが、鑑別後の出荷までに雛にワクチンを打ったり箱に詰めたりする作業があるので、我々の作業はその前、早朝が基本です。現在は週4日働き、時間は例えば今日は7時から12時でしたが、早いと5時から始まることもあります。今契約している孵化場は羽を見るだけで判別できる種類の鶏なので、私は1時間に5000〜6000羽ほど分けていますね。肛門鑑別という方法だとヒヨコを掴んで糞を絞り、生殖突起を押し出して見る必要があるので、もう少し時間がかかります。

──毎日チームで万単位のヒヨコを見分けているんですね。目がいいとか、身体的なものは重要ですか?

視力がいいことにこしたことはありませんが、メガネで矯正して1.0あれば大丈夫です。私自身はもともと視力が良くて2.0ほどありました。パッと四つ葉のクローバーが見つかるような、瞬時にピントを合わせる能力も高いんですが、そういう力があると活躍できますね。年齢的には30〜40代がピークともいわれますが、私のチームには70代で働いている方もいらっしゃいます。

「この世界ならトップが取れる」迷いなく鑑別師になることを決断

──もともと、テレビ番組で鑑別の仕事をしている人が紹介されて興味を持ち、転職を決めたとか。何がそこまで高橋さんを突き動かしたのでしょうか?

4年間従事したジュエリーの販売職は、経験を積むとともに自分じゃなくてもできると感じるようになりました。動物はもともと好きでしたが、私自身の得意分野が活かせるに違いないとすぐにピンときたんです。

──マイナーな世界ですが、収入のことや就職先の心配はされなかったんですか?

テレビで紹介されているということは、それを仕事にしている方がいるということなので気にしませんでした。ただ誇張はあるかもしれないと思い、すぐに鑑別師協会に問い合わせて資料を取り寄せ、ネットも使って情報収集をしていきました。海外で生活する夢も持っていたので、その機会があることにもひかれましたね。私は何かの物事を始めるときは悩んでやらない、ということも多いんですが、これに関しては何の迷いもなかったです。家族や職場の人に特に反対はされませんでしたが、鑑別師は視力など、身体的な部分で若いほどいいとされている世界でもあります。年齢や鑑別師とは無関係な前職を見て「どうしてこの世界に」と思われたようで、むしろ養成所の面接で「やめておいたほうがいい」と止められたくらいでした(笑)。

撮影:内藤雅子

──鑑別師の仕事がなぜ高橋さんにとって天職なのでしょう。先ほどおっしゃった得意分野が活かせるとは?

私、細かい作業が好きで、指先が器用だという自覚はずっと持っていました。目もいいし、あとは何かを判断して素速く分けることがとにかく得意です。手を速く出すことなんかも自信があります。中・高の校内の百人一首大会はどちらも優勝していますし、郵便局のアルバイトで番地ごとに年賀状を分けていくという作業も、職員の方より速かったですね。そういった得意分野すべてが当てはまる仕事でした。普段は1位を取りたいとそこまで思わないんですが、「ここでならトップを取れるんじゃないかな」という気持ちがあったくらいです。

──実際はどのあたりで向いていると確信できましたか?

テレビを見た瞬間ともいえますが、その次に実感したのは養成所時代です。無鑑別という雌雄の雛が混ざった状態から鑑別を行ったとき、歴代でも相当速いタイムで100%分けることができたんです。100%間違わずに分けること自体なかなかできない人もいる中で、私は一度達成したあともかなりの頻度で100%を出すことができていました。何年かに一人、天才的に上手な人が現れるそうなんですが、私はその一人だとみなしてもらえたんです。

──本当にトップを取っていらっしゃる…!さらりとおっしゃいますが、苦手分野やここは努力した、という部分はなかったのでしょうか?

技術的には最初の段階です。肛門鑑別法では雛を掴んで糞を絞り出さないと生殖突起を見ることができないんです。私は糞を出すことがうまくないなと気づき、他の人が先に進んでいるときも立ち戻って習得しました。

──いわゆる才能だけではなく、努力もかなりされた様子が伺えます。

でも私、自分は努力ができない人だと思っているんですよ。周囲から見ると努力なのかもしれませんが、好きなことをやっているだけ。この業界に入るときは、「大会で1位を取ろう」「いや取れる」という感覚でした。そして1位を取るために必要なこととして、足りないことを補ったり、修正したりというのは当たり前のことであって、私にとっては努力という感覚ではなかったです。

最短で結果を求め、常に限界超えを意識して自分を高めていく

──初生雛鑑別師として、どのような部分に誇りを持って仕事をされていますか?

食卓を支えているという感覚はありますが、そんなに難しくは考えてはいないですね。ただ本当に好きなことを仕事にできて、自分の特性を活かせているのは楽しいし、ストレスがありません。自分の好きなことを全部網羅したもので仕事ができているという状態は、自分が生きていることの意味をすべて使えている気がするんです。人って、自分の得意なことを仕事や生活でぜんぜん活かせてないということも結構あると思うんです。私はそれができていて、そういう仕事を選べたこと自体が私にとっては誇りかもしれません。あとはやはり、その技術で一番を取って、それを提供できていることでしょうか。

──高橋さんはアクセサリーづくりや器のスタイリングなど、鑑別師以外の分野でも活躍されていらっしゃいますが、そちらはどのような感覚なのでしょう?

ヒヨコの鑑別って、それに集中しないとできないタイプの人と、感覚でやれる人がいるんですが、私は後者なんです。作業中はむしろ頭の中がとてもクリアで自由。無心で素速くヒヨコを分けてはいるんですが、それ以外に空いた脳の部分ではクリエイティブなことを考えていられるんです。何事も労力を少なく、最短で結果を出したいという意識があるので、作業中でも脳の使える部分を使っている状態です。

高橋さんは手づくりのアクセサリー販売や、食器のスタイリングなど、クリエイティブな感性を活かして幅広く活躍されている。

──無駄にされている瞬間がまったくない様子ですが、欲求というか、その意欲の高さはどこからくるのですか?

仕事中に別のことを考えているというと鑑別に集中してないんじゃないのとか、余裕がある人みたいに思われるんですが、そうじゃないんです。ヒヨコに関しては常に120%の力でやろうと決めて、130%まで出そうと思っているくらい真剣です。そうじゃないと限界値が上がらないので。自分の中ではこれ以上もうできないと思える、さらにその上の段階で仕事をやろうとしています。そうするとアドレナリンが出るのか、すごくいいひらめきが生まれるんです。だからいい考えが浮かぶときって、鑑別で限界を突破しているときなんですよ。私としては常に限界を超える仕事をしたいと思っていて、そうすることでヒヨコ鑑別も、それ以外もいい結果になっていくんです。でもそういうことを語るとちょっと変態として扱われるんですけどね(笑)。

──通常は120%も130%も出せる人はなかなかいないと思います(笑)。

もちろん頑張ってもできていない日もあるかもしれません。それに、スピードや精度が永遠に高まるとも思っていません。でもそうしようとすることが重要なんですね。それを裏付けるようなこともあって、数年前に鑑別中に聞いていたアップテンポの曲を、この前久しぶりに聞いて作業してみました。当時はテンポに合わせて鑑別するのが大変だったのに、ずいぶんゆっくりした曲に聞こえ、余裕で作業ができました。これって高めようと努力した結果、能力が上がっていることだと思います。自分にとっての限界を常に意識してやることで、自分のパフォーマンスって必ず上がるんだなと思うし、だからこそ日々限界を超える意識は常に持ってやっています。

やってみることを自分に「許す」ことで世界は変わる

──高橋さんにとっての天職の定義とは。

人には「天職」と「使命」があって、私の場合はヒヨコ鑑別は自分に向いている天職で、ものづくりや何かを発信することは、自分がやっていくべき使命のように感じています。どちらにしても、その両方にはワクワクがついてきますが、自分の心が高揚していれば何でもうまくいくので、それを仕事に活かせるのが一番いいことではないでしょうか。「こういう仕事をしたい」と思うのは大事なんですが、自分がまず何にワクワクするのかをよく知った方がいいと思います。結果的に仕事で苦しい思いやうまくいかないことがあっても、ワクワクポイントが一つあれば続けられるし、モチベーションになるし、天職になるかもしれません。

──ちなみに、ヒヨコ鑑別の場合はどこにワクワクされましたか?

それはもう、ヒヨコのふわふわに尽きます!本当にかわいくて、肛門でさえもかわいくて見ているだけでワクワクします(笑)。それだけじゃなくて、鑑別師として自分があとどれだけ成長できるかということも、常にワクワクしているポイントだと思います。だから大会に出て技術を高め合うことも好きだし、技術者同士で楽しさを共有したいので、上手い人にはどんどん出てきて欲しいですね。私に伝えられることも、なんでも教えたいです。

撮影:内藤雅子

──得意なことや好きなことだけをやるのは、憧れていてもできない人がいると思います。高橋さんはなぜできたのでしょう?

自分に好きなことやるのを「許した」からです。

──許す、とは…?

よく人は「自分はやりたいことができていない」と言ったりします。でもそれって、例えば誰もやってはいけないといっていないのにやっていないだけ、やろうとしていないだけ、ということはありませんか?そういうときは「できていない」のではなく、自分自身で行動や意識にストップをかけ、やることを「許していない」状態だと思うんです。誰も止めていないなら、自分がやろうとすればやれるはずなんです。私自身、周囲に鑑別師になることを止める人はいなかったし、興味のないことには慎重派なのにこのときは本気でやりたい、と思ったからこそ、一歩を踏み出しました。それこそ、自分にやることを許したという状態です。そして困難なことに直面しても、その都度その考え方で動くことで解決策も生まれました。

──なぜその境地に至ったんですか?

大きな出来事でいえば、スウェーデンで仕事をしていたとき、派遣先で全員が解雇になってしまったんです。それでも仕事をやり続けたかったので鑑別師として独立し、現地で踏ん張っていたら仕事が広がり、複数の国で働く経験もできました。「やれば何でもできるんだな」という感覚を味わったんです。今では究極、地球の上にいれば大丈夫、と思っているくらいです。

だから何としてもやりたいことなら、やればいいんです。結果的に駄目なこともあるかもしれないけれど、仕事は選ばなければ何でもあります。だったらまずはやりたいものはやればいい。そしてそこにワクワクが伴っていれば、形になっていくと思います。「できないかも」と思わずに自分を許し、やってみてください。それにプラスしてワクワクも胸の中に常にキープしておくと、自然に内側から出てきて何かのご縁につながったりするので大事にして欲しいですね。

──そういう自分自身をキャッチアップする力も重要かもしれません。

そのとおりです。何か感情が動いたとき、その瞬間に気づけば最短最速で動くことができますよね。最近アーユルヴェーダ(インド・スリランカ発祥の伝統医療。生活全般にアプローチを行う)の考え方を取り入れたりしているんですが、水の入った器の底に生まれた泡が感情だとしたら、通常なら沸き上がってきて弾けた瞬間に気づくけど、入れ物が透明なコップなら、泡ができた時点でそれが見える……という話があるんです。そんな風に、直感というか、感情が発生することに敏感になれるように生きていたいと思っています。じゃあどうやってコップを透明に保つのかというと、究極的には食事や生活で気持ちや身体を健やかに保つことに行き着くのかなと思います。

──すべてはつながっているんですね。仕事に限らず、この先の目標はお持ちですか?

あまり未来のことは考えないタイプなので、1日1日をとにかく大事に生きていこう、そう思っています。

撮影:内藤雅子

──常に120…いや130%を目指して、ということですね。仕事そのものから、心の問題まで、幅広くとても興味深いお話が聞けました。ありがとうございました。

・ ・ ・

鑑別師の仕事はまるでアスリート。でも心に関するお話は人生の師から聞いているよう…と、話せば話すほど、さまざまな顔が見えてくる時間となりました。

目の良さや手速さ、器用さといった高い能力を持っていた高橋さんにとって、初生雛鑑別師は最初からこれが天職だとわかって選びにいった仕事だといえます。そして今も現状に満足せず技術を磨き続け、現時点の最高値を超え続けようとする姿はストイックそのものです。

異業種への転職や海外での失職・独立など、はた目には波乱万丈に見えますが、「ワクワクが大事」「やりたいからやる」「駄目ならほかに仕事は何でもある」と、心のハードルをむやみに上げずに挑んでいた様子が伺えます。自分の心をそんな風に保つことこそ、天職をまっとうするには何よりも大切なのかもしれません。

もし「将来的に鑑別師としての仕事が減れば、別の職業を名乗ることもあり得る」という高橋さん。クリエイティブな才能もお持ちゆえに、この先どのような人生を切り開いてゆかれるかも興味深いところです。何を選んでも高橋さんならどんな仕事も「天職」としてしまうに違いない、そんな風に感じさせてくれる方でした。

『私の天職、見つけました。』シリーズでは、今後も自分の仕事に誇りを持って働く人たちの姿を紹介し、天職とは何かを探っていきたいと思います。次回もお楽しみに。

高橋香織さん

大学を卒業後は百貨店やファッションビルを展開する企業で販売の仕事に従事。成績もよく仕事は順調だった。鑑別師を目指してからは自分を高めることと結果を出すことにこだわり、鑑別のスピードや見分けの正確さなどを追求。大会での優勝経験もある。

スウェーデンに派遣され、海外生活を楽しんでいたが7年目に派遣先の都合で解雇に。その後フリーランスとして独立し、ヨーロッパ各国で鑑別師として活躍。8年間を海外で過ごし、帰国して現在に至る。

鑑別の仕事の傍ら、手先の器用さを活かしたアクセサリーづくりと販売、食分野でのプロデュース等、クリエイティブな活動も意欲的にこなしている。

https://www.instagram.com/bono1225

ソラミドmadoについて

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ソラミドmadoは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材・執筆

魁生佳余子

ライター。編集プロダクションを経てフリーランスに。さまざまなジャンルの情報誌や企業の媒体でエディトリアルライターとして制作に携わる。現在は主にライターとして分野を問わず執筆するほか、バスケットボールではカメラマンとしても活動。また、漫画家のアシスタントとしての顔もある。

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