自分の仕事に対して、自信をもって“天職”だと言い切れる人はなかなかいません。
でも誰もがきっと、天職だと誇れる仕事ができたらと憧れの気持ちを抱いているのではないでしょうか。
『私の天職、見つけました。』は、「天職に就いている」と胸を張って自分らしく活躍する人にインタビューを行い、「天職とは何たるか」を探る連載企画です。
今回登場いただくのは、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社で、現在は主に自動調理鍋『オートクッカービストロ』向けの調理プログラムとレシピの開発を担当する広田 起子(ひろた ゆきこ)さん。
「食」に対する純粋な興味を原点にキャリアをスタートした広田さん。しかし、しばらくの間は「食卓に直接関わる仕事」とは異なる道を歩むことになり、長年モヤモヤを抱えてきたといいます。
それでも現在は、念願だった“調理家電”の開発部門で、ユーザーの声に応えるレシピづくりなど、まさに「自分らしく働く」毎日を送っています。
広田さんが「これは天職かもしれない」と語るようになるまでの道のりには、どんな出会いと葛藤、そして情熱があったのでしょうか。

大企業でモヤモヤを抱えながらも、食卓への情熱は消えなかった
──大学では食品関連の研究をされていたと聞きました。
はい。大学では食品系の学科で、お米の品種別の酵素に関する研究をしていました。食への興味はずっと強く持っていて、中学のころから、家庭科の教科書に掲載されている「食品成分表」を眺めるのが大好きだったんです。「油って大さじ1でこんなにカロリーあるんだ!」とか、「同じ重量なのに、食品によって栄養成分が全然違うんだな」といった発見があるのが面白くて。
就職活動では食品メーカーを目指していたのですが、私は氷河期世代だったのもあって、なかなか内定をもらえず……そんなとき、大学の学部の推薦枠で、当時の松下冷機(現・パナソニック)に応募できるチャンスがあったんです。話を聞いてみると、冷蔵庫の食品保存の研究に携わる仕事とのことでした。「そういう観点から食品に携わる仕事もあるんだな」「食に関わる仕事としてはズレていないな」と思って応募し、入社できることになりました。
──入社後はどんなお仕事をされていたんですか?
最初は主に冷蔵庫の食品保存の研究開発に携わっていて、急速凍結機能や、パーシャル室(温度設定が約-3℃に設定された冷蔵庫内の保存スペース。引き出し状になっていることが多い)での保存技術、青色LEDを使った新技術などを担当しました。でも、もっと直接「食べること」に関わる仕事をしたいなという気持ちがずっとどこかにあって……。私の場合は結局、料理や食卓そのものに関わりたかったんですよね。それで、調理器の開発を担当する部署に異動希望を出したりもしていたのですが、なかなか実現しなくて。ずっと「このままでいいのかな」とモヤモヤを抱えながら仕事をしていました。

──転職を考えたりもしたんでしょうか?
転職を考えたこともありましたが、ちょうど結婚や出産といった大きなライフイベントが重なっていた時期で。環境を大きく変えるよりも、今の職場で安定した基盤を築くことを優先し、現状維持を選択をしました。
そんな中で、育休から復帰後に職場の先輩に誘われて行ったテーブルコーディネートの教室に、大きな衝撃を受けました。身近な家庭料理が、食器やクロスの使い方次第でレストランのような見栄えになるんです。この体験を通じて、「やっぱり私は食卓に直接関わる仕事がしたいんだ」と実感しました。なんなら、「このままテーブルコーディネートを仕事にできたらいいかも」という思いもあり、それから7年間、教室に通いました。
10年越しの夢。調理家電の開発部門へ異動
──それまで通り会社で働きつつも、やりたい仕事に近づくために少しずつ行動を始めたんですね。
はい。でもその後もなかなか異動の機会には恵まれず……。1回目の育休から復帰して4年ほど経ったころ、2回目の産休・育休に入るタイミングで、「このままでいいのだろうか」と真剣に考えるようになりました。
とはいえ、今後どんな道を選ぶにしても、いつか自分のやりたい仕事に近づくためには、何かしらの実績を積んでおくことが大切だと感じて、フードコーディネーターの資格を取得しました。料理コンテストにも積極的に応募していましたね。ちょっとした自慢なのですが、じつはテレビの親子料理コンテストで優勝して、カナダ旅行券をいただいたこともあるんですよ(笑)。
──すごい! 育休中で大変な中そこまで情熱を注げるなんて、本当に料理や食に関わることがお好きなんですね。
2回目の育休復帰後は、頑張って積んだ実績を武器に、社内チャレンジ制度で調理家電の部署(調理器技術部 調理ソフト課 ※現 技術戦略部 調理器調理ソフト課)に異動を希望しました。そのころには、松下冷機とパナソニックが合併してしばらく経っていたこともあり、以前よりも異動の実現に期待できそうな状況でした。それで異動希望先の技術部長や人事部長と面談をした結果、受け入れてもらえることになったんです。10年近くモヤモヤを抱えつつ仕事を続けてきたので、夢が叶って本当にうれしかったです。

──ついに念願の異動が叶ったのですね! 異動後は、どんなお仕事を担当されたんですか?
最初はミキサーの開発に携わり、主にミキサー向けのレシピ開発を担当しました。これが本当に楽しくて! アイデアが次々出てきて、夢中で取り組みました。異動後は残業も増えたのですが、残業する日としない日をつくってメリハリをつけたり、市のファミリーサポート制度を活用しながら、育児とのバランスをとっていましたね。ミキサー以外にも、フードプロセッサーやスロージューサーなどの開発にも携わりました。
その後異動から7年ほど経った2020年に、自動調理鍋「オートクッカービストロ」の開発を担当することになりました。私は商品仕様の検討から発売までの3年間にわたりプロジェクトに携わり、各機能をどのように組み合わせて加熱したらおいしい料理ができるのか、主に調理科学的なアプローチからの開発を担いました。
自動調理器はまだ市場が小さいながらも、確実にニーズがある分野です。そのなかで、当社のオートクッカーは圧力調理と撹拌を両立させるという、他社にもない仕様に挑戦したのですが、実現までには本当に苦労の連続でした。
発売直前に、安全性を高めるために急遽調理プログラムを変更する必要があったりもして。夜遅くまで関係者が集まって解決策を練り続けました。あのときは本当に大変だったけれど、チームで壁を乗り越えてなんとか発売までたどり着いた経験は、今でも糧になっています。
私たちのチームのメンバーは、みんなオートクッカーのことが本当に好きで、誇りを持って開発に関わっています。プライベートでもみんなオートクッカーを使っているんですよ。それくらい商品に愛着があるし、ユーザー視点での改善案もどんどん出てくる。「この商品を良くしたい」という思いがすごく強いんです。

好きなことが、誰かの役に立つ実感
──現在は、アップデートのレシピ開発が主な業務ということですが、具体的にはどんなことをされているんですか?
オートクッカー用のレシピと調理プログラムを、毎月4から5品ほどアップデートしています。レシピはスマートフォン用アプリで見ることができるものです。たとえば「ご当地レシピ」として、47都道府県それぞれの郷土料理や名物料理をテーマにしたメニューを展開したり、最近は食品メーカーさんとのコラボにも積極的に取り組んでいるんですよ。それと、パナソニックの調理機器開発に携わっている調理科学の専門部隊「Panasonic Cooking @Lab」の一員として、オートクッカーの価値を伝える発信活動なども行っています。
共働き家庭や単身世帯が増える中で、オートクッカーのような商品は必ず役に立つはずです。だからこそ、レシピ開発だけでなく、他社さんとのコラボやSNSでの発信にも力を入れて、「調理をもっと楽しく、ラクに」感じてもらえるようにしたい。そして、いずれは自動調理器を炊飯器のように、どの家庭にもある必需品にしていきたいと思っています。
──ずっとやりたかった「食べること」に関わる仕事にたどり着いて、とてもいきいきと働かれているのが伝わってきます。
ありがとうございます。ちなみに、レシピに使っている写真はほとんど自分たちで撮影していて、テーブルコーディネートの知識や経験も活かすことができているんですよ。食器選びや盛り付けに夢中になっていると、メンバーの子たちから「広田さん、いきいきしてますね」って言われます。
↑広田さんが実際にコーディネートしたレシピ写真たち
──テーブルコーディネートのスキルも活かせているんですね! 「やりたい仕事」にたどりつくためにコツコツと積んできた経験がどれも存分に発揮されていて、素敵です。では、広田さんがお仕事をするうえで、大切にしていることは何ですか?
まず大前提として、「やっていて楽しい」と思えることはやっぱり大事だと思っています。私自身、調理器のことを考えるのも、レシピを提案するのも本当に楽しいし、夢中になれるんですよね。でも、それだけだとただの“趣味”や“エゴ”で終わってしまうと思うんです。もちろん、自分の好きや得意を活かすことは大切ですが、それだけでは仕事としての価値にはならない。
だから私は、「困っている人たちが、どうなりたいのか」をいつも意識しています。たとえば、「忙しくて料理する時間がない」とか、「もっと手軽においしいものを食べたい」とか。そういった“今の姿”と、“本当はこうありたい”という理想との間にあるギャップを、私たちがどうやって埋められるのか。「こういうのが欲しかった!」と言われるために何ができるかを常に考え、言語化されていない潜在的なニーズを探れるよう努力しています。
──「楽しい」はもちろん大切だけれど、それだけではエゴになってしまう。ハッとさせられる言葉です。
私自身、調理ソフト課に来て間もないころは、自分の好きなレシピを一方的に提案してしまっていたかもな……と反省する瞬間もありました。でも、オートクッカーの開発に関わって、お客さまが何を求めているのか、どういう使い方をしてほしいのかというマーケティングの視点も含めて深く考えるようになったときに、自分の「好き」だけじゃなく、「必要とされていること」を提供できるようになってきた気がしています。
実際に、アプリ上でレシピに寄せられるユーザーのコメントで「こんなレシピ待ってました!」といった内容を書いてくださる方がいて。自分が考えたレシピが誰かの楽しい食卓の助けになっているんだと思うと、ものすごくうれしいです。大好きなレシピ開発の仕事がお客さまにも受け入れられていると実感できるようになってから、この仕事が天職かもしれない、と感じられるようになりました。
最近では娘たちがアプリに出ている料理の写真を見て「これ、ママが盛り付けたの?」とか「すごいね!」と言ってくれたりもして。自分が頑張っている姿を、家族に見せられているのも幸せですね。

天職は、自分の“好き”と“誰かの喜び”が重なる仕事
──これまでのお話にも散りばめてくださっていますが、改めて広田さんが考える天職とは、どんなものなんでしょう?
このインタビューのお話をいただいたときに改めて「天職ってなんだろう?」と考えてみました。そのときに、“天職”と“適職”は違うのかなと思ったんですよね。
適職を「得意なこと」や「向いていること」とすると、天職はそういった適性に加えて「情熱を持って取り組めるかどうか」がすごく大事なんじゃないかな、と。そして、それが誰かのためになっていると実感できたとき、天職だと胸を張って言えるものになるんだと思います。
──まさに広田さんは得意な「料理」を仕事にし、情熱を持って取り組まれていますね。そして、そのお仕事の数々が、オートクッカーユーザーの食卓を支えています。では最後に、広田さんがモヤモヤを抱えていたあのころのご自身に声を掛けるとしたら、どんな言葉を伝えたいですか?
「迷っても立ち止まっても大丈夫。あなたが選んだ小さな挑戦が未来のあなたを支えるから、一歩ずつ進んでみて」と伝えたいですね。
今になって振り返ってみると、「あれは全部、伏線だったんだな」と思えるんです。
以前の私は自分で考えて動く力も、自信もなかったし、「大企業だから」「福利厚生がいいから」とか、そういう表面的な理由で踏みとどまっていました。それでも、異動できない悔しさがあったからこそ、テーブルコーディネートを頑張ってみようとか、料理コンテストに出てみようとか、資格を取ってみようとか、たくさんの行動や挑戦につながって……。そして今となっては「この会社に踏みとどまっていて本当に良かった」と、心から感じています。
今の若い世代は、転職に対してもっと柔軟で積極的ですよね。「転職=悪いこと」では、まったくないと思います。でも、もし「今の仕事はなんとなく違うけど、ここでやれることもあるかもしれない」と思えるなら、まずはその場所で、自分にできることを探してみるのもひとつの方法ではないでしょうか。

広田さんのお話から何度も感じたのは、「好きなことをすぐに仕事にできなくても、あきらめずに動き続けることの強さ」でした。
自分が心から望む仕事にすぐに就けなかったとしても、目の前の仕事に取り組みながら、小さな挑戦を続けていく。その積み重ねが、10年越しの“伏線”を見事に回収する未来につながっていったのです。
もしかすると今、かつての広田さんのように、「このままでいいのかな」とくすぶっている人もいるかもしれません。
異動も転職も簡単には叶わない。育児や介護など、生活の事情がある。そんなときは、まずは今の場所で、自分にできることを少しずつ探してみるのもひとつの方法です。
広田さんのように「行動すること」「学びを重ねること」が、きっと未来への扉を開いてくれるはず。あなたにも、「こんな仕事がしたかった」と心から言える日が訪れることを願っています。
広田起子(ひろたゆきこ)さん
パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 技術戦略部 調理器調理ソフト課 係長
2002年松下冷機株式会社(現:パナソニック株式会社)に入社。食品ソフト開発として冷蔵庫を中心に食品保存の研究開発に従事。2013年6月より調理器技術部 調理ソフト課(現 技術戦略部 調理器調理ソフト課)に在籍。ジューサー、ミキサー、フードプロセッサーなどの回転機商品やコーヒーメーカーなどを手がけ、2020年より自動調理鍋『オートクッカービストロ』の開発に携わる。オートクッカー発売後は主にアップデートレシピの開発などを担当し、更に活動の幅を広げている。
取材

ああでもない、こうでもないと悩みがちなライター。ライフコーチとしても活動中。猫背を直したい。
Twitter: https://twitter.com/junpeissu
執筆

大学在学中より雑誌制作やメディア運営、ブランドPRなどを手がける企業で勤務したのち、2017年からフリーランスとして活動。ウェブや雑誌、書籍、企業オウンドメディアなどでジャンルを問わず執筆。2020年からは株式会社スカイベイビーズにも所属。
撮影

光と影の間にある、静かな美しさを写し取る。
そんな写真を追い求めています。
「陰翳礼讃」に通じる、光と影が織りなす情緒。
華やかな「ハレ」の瞬間よりも、日常に息づく「ケ」の時間。
作り込まれた演出よりも、自然のままの佇まい。
何気ない日々の中に宿る空気感を、大切にしています。
ありのままの一瞬を、そっと切り取るように。
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