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ないから、考える余地がある。知恵を絞った暮らしが生む、“手放す豊かさ”とは

都心から電車に揺られて90分。京急線の終点にほど近い、とある駅。広い空と鳥のさえずりに癒やされながら、約束した場所に歩いて向かう。地図を見ると、反対の方角に歩けば数分で海に出るらしい。帰りに海でも見て帰ろうかな、そう思っていると急に現れた。

家だ。いや、家と呼ぶには小さい。車輪も付いているし。いや、でも家だ。

念のため電話してみると、かわいらしいドアが開いた。

ようこそ!

今回取材させていただく、相馬由季さんだった。

相馬さんは、タイニーハウスと呼ばれる家で暮らしている方。家といっても、イメージする家とは大きく異なります。まずは、小さい。圧倒的に小さいです。

取材班と相馬さんを入れた4人で、いっぱいいっぱい。このスペースで、相馬さんはパートナーの方と暮らしている。その暮らしは、いわゆる「豊かさ」とは異なる気がします。

だって、「豊かさ」ってものをたくさん持っていることでしょう? だからこそ「豊かさ」を目指してみんな頑張っているんでしょう?

……いや、分かっています。そんな「豊かさ」を追い求めているだけでは、虚しくなってしまうことを。でも、急に手放すことなんてできない。いきなり、持たない生活をする勇気はない。

だから、相馬さんにお話をお伺いしたいと思ったんです。手放す豊かさ。そんな不思議なものの正体を、相馬さんと共に探っていきます。

小さな家からの問いで、大切さを選んでゆく

いまの暮らしを考え始めた一番大きなきっかけは、大切な人の死でした。人生って儚い。だったら、社会の目や評価とかじゃなく、私にとって本当に大事なものを大切にしようと。自分の豊かさを追求しようと思ったんです

そう決意して知ったのが、タイニーハウスの存在。小さな家を自ら作り、シンプルな生き方を目指して、人生の本当の豊かさを見つめ直す。

家賃やローンを払う“当たり前”。動かせない家に住む“当たり前”。そんな枠組みから自由になる暮らしに、相馬さんは心惹かれたんだそう。

日本での実践者はいなかったから、アメリカまで見に行ったんです。そうしたら、本当に小さな家で暮らしていた。しかも、幸せそうに。素直に、すごいなって思いました。こんな暮らしをしている人がいるんだなんて

小さなスペース。家賃・ローンが存在しない。動く。それら全てが、当時の相馬さんにとって、“当たり前”を覆す象徴のよう。帰国後、自分もタイニーハウスに住みたいと、作り始めるのは自然なことでした。

そして完成したのが、タイニーハウス「もぐら号」。完成までの2年間、さまざまな気付きがあった。相馬さんは「家からいろんな問いをもらうんです」と語ってくれました。

スペースが限られたときに、本当に残したいことってなんだろう。ものを持っていけないとなったときに、本当に大切にしたいものってなんだろう。もぐら号を作る過程は、そんな問いと向き合う時間でした

これは本当に大切なものだな、この機能はいらないな、これって本当に必要だっけ、これって私の豊かさだっけ。なんでもあるから、豊かな暮らしができる……と思っていましたが、限られているからこそ、見つけることのできる豊かさがある。

なんでも持っていけないし、なんでも付けることができないから、自ずと私にとって大切なもの・ことが選別されていくんです。自分と問答して、大事なものを残していく。タイニーハウスは、そんな対話を生み出してくれますね

家を作ったら、なんでも作れる気がしてきたんです

自分の豊かさってなんだろう。そんな問いと向き合って完成した、もぐら号。実際にタイニーハウスで暮らしてみて、どんな変化があったんだろう。相馬さんは、「うーん」と悩んだ後、笑顔でこう答えてくれました。

生きるベースが幸せになった、と思います

生きるベース。どういうことだろう。

まず目に入るものが全部、私の好きなものなんですよ。それって、とてもエネルギーをもらえること。毎日の居心地が良いですね

たしかに、好きなものに囲まれていると幸せな気持ちになる。お気に入りのマグカップでコーヒーを淹れて飲むだけでも幸せなんだから、身の回り全てが好きなものだったら、とっても居心地が良いんだろうな。

そう考えながら、かわいい雑貨やキッチンを見渡していると、相馬さんが「もうひとつ」と付け加えてくれた。

このもぐら号で暮らしていたら、頑張り過ぎなくてもいいのかな、って思えるようになったんです。それが一番大きかったかもしれません

お話をお聞きしていると、相馬さんは20代の頃、「人生でなにかを成し遂げないといけない」という焦りを感じていたんだそう。なにかがなにかは分からない。けれど、追われている感覚。ずっと、そんな焦りと付き合ってきた。

買うのが当たり前の家を、自分の手で作ることができた。そうしたら、他にもなんでも作れる気がしてくるんですよね。家具でも食べ物でも、作れる気がしてくる。そういう頭になったら、すごく楽になったんです。あ、生きていけるなって

消費者から生産者へ。家を作ったことで、相馬さんは焦りから開放された。

自分が楽しいと感じたり、心地良いと感じたり。そんな暮らしを追求していけば、必然的に、本質的な人生の幸せが残るのかな、と思っています。社会の評価を気にしなくても生きていける。そう考えられるようになりました。

なんだか、もぐら号を作り上げたことで、相馬さんが人生の手綱を握り直したように感じます。家と同じように、人生も自分の手で作れるんだ。そんな気付きが、相馬さんを自由にしたんだろうな。

とりあえず、やってみないと!

相馬さんからは、エネルギーを感じます。それは、なんだか生命力のようなもの。自分の暮らしを自分で作る、という生き物としての営みを積み重ねたからなのかな。

自分も、そんな暮らしをしてみたい……とは思うものの、ちょっと不安もあります。自分には無理なんじゃないかと。

相馬さんに正直な不安をお伝えすると、「私は後先考えないタイプだったんですけどね」と前置きして、話し始めてくれました。

こんな暮らしを実際にしている人がいるんだ、と知ることはとても大切だと思うんです。私もアメリカに行って、タイニーハウスに住む人と話せたのは大きかったし。そこで知り合った人に相談することもあるんですよ。先人の暮らしを知る、っていうのは大事ですね

相馬さんがお話してくれたのは、ペットについて。相馬さんは猫を飼いたかったけれど、タイニーハウスでペットを飼うことのイメージを持てなかったから、アメリカの知人に相談したんだそう。

そうしたら、なんとタイニーハウスのなかで犬3匹・猫2匹を飼って暮らしている人がいるとのこと。しかも、ペットを飼っている人は一人じゃなくて、何人も。

家の外にドッグランを作ったり、部屋のなかにキャットタワーを作ったり。なんとかしている人は、いっぱいいるんだなって。そう思うと、自分もできそうな気がしてきませんか?

相馬さんご自身も、いろんな人に相談されるらしい。こんな暮らしがしたいけど、どうしよう……。あんな生活がしたいけど、不安……。相談をもらったとき、相馬さんはこう答えているんだそう。

とりあえず、やってみれば!

あぁ、この「とりあえず」が大切なんだろうな。やってみないと、その暮らしが自分に合っているかどうかも分からないし。例えば、地方移住したいと思い続けていたとしても、実際にやってみて初めて、これは合うけどこれは合わないが分かる。

やってみて、そこで得た感覚をもとにチューニングしていけばいい。

いきなり今の生活を捨てるのは難しいから、少しずつ試せばいいと思うんです。ミニマルな暮らしに憧れるのなら、実家とかトランクルームに荷物を送って、1,2ヶ月暮らしてみるとか。

試してみた後に、やっぱり「私は大豪邸に住みたい!」と思ったのなら、それを目指す。案外心地が良かったら、小さな部屋に引っ越してみる。とりあえず、やってみないと!

どのアイスが美味しいかなんて、食べてみないと分からない。だったら、気になるアイスは一口だけ食べてみればいいのか。美味しかったら食べればいいし、不味かったら次からは買わなかったらいい。

自分に合った暮らし探しは、一歩を踏み出せば案外進んでいくものなのかもしれません。

ないから諦めるんじゃなくて、ないから考える

タイニーハウスって、その人の人生を映す鏡なんです。一足踏み入れただけで、「この人はこういう人なんだ!」って分かる。生き方や人生を反映しているのが、本当に面白くって。

相馬さんが、目を輝かせて話してくれました。たしかに、もぐら号に入ったときの印象と、相馬さんのお人柄には通じ合うものがある気がします。可愛らしくて、それでいてエネルギーにあふれていて……。なるほど、家が人生を表す、か。

それはきっと、タイニーハウスを作る過程で、その人の工夫や知恵が注ぎ込まれているからなのかも。その人の“色”と言ってもいい。ただ作ればいいんじゃなくて、試行錯誤が必要になる。だから、“色”が現れるんだと思います。

そんなことをお伝えすると、「本当にそうですね! みんな工夫していますから」と相馬さん。お話をお伺いしていたテーブルも、相馬さんがご自身で作ったんだそう。

タイニーハウス用のテーブルなんて売ってなかったから。自分で作るしかなかったんです。でもだからこそ、私の好きなテーブルになりました。意外と作れるもんですね!(笑)

……なんだか、「足りない」ことが可能性に思えてきます。自分の色を塗ることができる、可能性。

限られたもので幸せにする方法を模索しているんです。ないから諦めるんじゃなくて、ないからどうするかを考える。ないならないで、知恵を絞るんです。それって、人間らしいなと思いますね。

なんでも揃う環境だと、知恵を絞らなくても生きていける。そこには、自分の色を塗るスペースは生まれない。「足りない」からこそ、工夫が生まれて、自分らしさがにじみ出る。

そうか、“手放す豊かさ”って、こういうことか……!

足りないから、自分らしく生きられる。その一見すると矛盾しているような暮らしから、いろんなことを感じました。

ものを持つことを、本当に望んでいるのかな。社会からの評価って、本当に大切にしたいのかな。そんな自問自答を重ねることで、自分が思う自分らしさに出会うんだと思います。

相馬さんは「みんながみんなタイニーハウスに住むべきとは思わない。人には人の心地良い暮らしがあるから」とおっしゃっていました。

きっと、今回の取材はひとつの問い。相馬さんがもぐら号から受け取ったのと同じように、相馬さんから問いをいただいた気がします。

「あなたの心地良い暮らしってなんだろう?」

そんな問いに答えるため、まずはいろんなことをやってみようかな。


ソラミドについて

ソラミド

ソラミドは、自然体な生き方を考えるメディア。「自然体で、生きよう。」をコンセプトに、さまざまな人の暮らし・考え方を発信しています。Twitterでも最新情報をお届け。みなさんと一緒に、自然体を考えられたら嬉しいです。https://twitter.com/soramido_media

取材・執筆

安久都智史
ソラミド編集長

聴いて書いたり、読んで編んだり、語り合ったり。「青春」と「できずとも繋がる働く」が探究テーマ。妻がだいすきです。
Twitter: https://twitter.com/as_milanista

撮影

大舘由美子
フォトグラファー

東京都在住。徳島県出身。青空と海と自然が大好き。
地元の写真舘に勤務した後上京。
アシスタントを経て、現在人物撮影を中心にフリーランスで活動中。

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